第376話 実験台の末路

 ──……少しだけ、時は遡る。


 具体的には、デクストラの魔の手によって望子とイグノールが転移された後辺りまで。


 レプターからの叱咤を受けて気を引き締め直し、それぞれのやり方で必ず来たる魔族との衝突に備えて魔力や神力の充填に集中したり、改めて決意や覚悟を強く持ち直す中で。


「はァ……」


 カリマは、一行全員に割り振られていた個室のベッドに横たわりつつ落ち込んでいた。


 ウルと似て勝気な彼女としては珍しい、とても憂いげな表情で溜息までこぼしている。


 望子が拐われてしまった──という事実に対して素直に気落ちしているのもあるのだろうが、カリマの憂いの本質はそこにはない。


(もし拐われたのがミコじゃなく、ポルネだッたとしたら──……アタシもみてェに喚いてたンだろうな。 それこそ自分テメェが間に合わなかッた事を棚に上げて……情けねェ話だ)


 そう。


 あの時、拐われたのが望子ではなく彼女にとっての最愛であるポルネだったなら、きっと自分もフィンと同じくキューに当たり散らしていたのだろうと、ポルネと望子に順位をつけてしまっていた自分を恥じていたのだ。


 どちらも大切であるのは間違いないのに。


「……はあァ──」


 これじゃ、あのイカれた人魚マーメイドの思考と大差ないじゃないかと再び溜息をこぼした──。


 ──その瞬間。


「──カ〜リマ♪」

「ッ!?」

「そんなビビんなくてもいいのに」

「あ、あァ、そうだな……」


 いつの間にか音もなく忍び込み、いつもとは違う猫撫で声と共に覗き込んできたフィンの登場で、カリマの心臓は明らかに跳ねた。


 今は味方だと分かっていても、やはり以前ズタボロにされた記憶が残っている影響か。


 思わず触脚を青白く染め、臨戦態勢に移ってしまったカリマに非はないと断言出来る。


 ……どう見ても何か企んでいる様子だし。


「……何か、アタシに用でもあるのか?」

「あぁまぁ、ちょっとね」

「……?」


 だからこそ、おそるおそるといった具合に何用かと問いかけたところ、どうにも歯切れの悪い──というよりは何かを勿体ぶる様な態度をフィンが見せたせいで、より一層の疑問符を浮かべる事となったカリマに対して。


「実はさ、キミかポルネのどっちかを相手に試したい事があってね。 良ければになってくれない? 駄目ならポルネに頼むから」

「は、はァ……!?」


 さも何でもない事であるかの様な軽い声音で、カリマかポルネのいずれかを新しい技の実験台にしたいのだと、カリマが断るならポルネに頼むだけだと両手を合わせるフィン。


 何も知らない者が見れば、ただ単にお願いしているポーズに見えるのだろうが、その紺碧の双眸に宿る狂気や凶暴性を身を以て理解しているカリマからすると恐怖でしかなく。


(ローアが化けてるとかは……ねェか流石に)


 また、『実験台』などという柄にもない言い方をしている事から、よもや研究中毒者が姿を変えているのではとさえ疑ってかかりたくなってしまっていたが、そもそもローアなら姿を偽りなどせず無許可で投薬くらいするだろうし──と思い直し、首を振ってから。


「……分かッた。 アタシが、やるから」

「じゃあ決まりね、せーのっ」

「え──」


 ポルネに手を出されるくらいなら、と最終的に決心したカリマからの受け入れを示す返答に、フィンは満足そうに──されど瞳の奥を闇で染めたまま愉しげに腕を振り上げて。


────────────────────


 時は、現在へと戻る──。


 外側も内側も漆黒の雷雲によって何も見えない状態にある中、術者であるラスガルドにだけは外側からも雷雲の内側が見えており。


(……時間制限タイムリミットがあるのは間違いなさそうだな)


 鸚鵡螺化石アンモナイトに起きた、とある変化──殻の渦巻き模様が中心へと向けて次第に消えていっている事──から、やはり時間制限タイムリミットありきの姿なのだという事を見抜いただけでなく。


(加えて言うなら、あの海皇烏賊スキュラは命を落としていない。 フィンが奴の首を刎ねた様に見えたのも、おそらくは魔力や神力を本体に近づけた分身ドッペルの首を刎ねる事で代用したのだろう)


 更には、フィンがカリマの首を刎ねた様に見えたあの一連の行動についても、おそらくと前置きつつも水の魔力で顕現させた分身ドッペルの首を刎ねる事によって本来の発動条件である筈の『術者の死』を満たし、カリマの死を回避したのだろうという確信をも抱いていた。


(だとすれば、やはり時間切れの代償は避けられぬ死である筈。 放って置けば危殆に瀕する事はなくなる──……と言いたいところだが)


 しかし、それは逆に言うと時間切れになった場合の代償は十中八九カリマの死である筈であり──死でなければならない筈であり。


 このまま放置しておけば、あと数分も経たぬ内に死ぬのだからリスクも無いと言える。


 ……が、この城に居なければ──。


(聖女カナタの存在だけが気懸りだな。 この二人の強化具合を鑑みるなら、あの聖女も死者の蘇生手段を会得していても不思議ではない)


 そう、あの聖女もフィンやカリマと同じ様に覚醒していると考えるのなら、あちらの場合は神聖術が更なる高みへと昇華し、それこそ死者蘇生の一つくらい可能となっていてもおかしくない──そう推測した彼の結論は。


(……確実に、肉体と魂を滅しておくべきか)


 時間切れを待たぬ、カリマの完全な消滅。


 肉体か魂、片方だけでも残っていれば蘇生させる事が出来てしまう程の力を手に入れているかもしれないと考えたが故の結論──。











 ──……を、実行せんとした瞬間。


『ん〜……どーん! っし、やっと晴れた!』

『ドコニ居ヤガンダ、アイツハ──』


 フィンが轟かせた強烈な爆音波で──ラスガルドには見えていた為、驚いたりする事はなかったが──漆黒の雷雲は一瞬で霧散し。


 かたや傷一つない身体を『ぐ〜っ』と伸ばして、かたや風と雷で傷だらけになりながらもラスガルドの行方を目で追おうとした時。


「悪いが散ってもらうぞ──『闇光染影ダク・レイ』」

『グ、ギァ……ッ!?』


 フィンの超聴覚さえ反応出来ぬ程の、ラスガルド自身の影から鸚鵡螺化石アンモナイトの影への高速移動の後に放出された、その強固な殻をも撃ち抜く直線状かつ極大な薄紫の光線が直撃。


 当然の如く、カリマが悲鳴を上げる中。


『──あぁ、なんだ』

(……何?)


 ラスガルドの聴覚は、フィンが小さく呟いた意図の掴めぬ言葉を聞き逃しこそしなかったが、その真意をフィンに問うよりも早く。


『クソ、ガ……全部、オ前、ノ、思イ通リジャネェ、カ……アァ痛ェ、凄ェ痛ェガ──』

「!? 何だ──」


 今度は死に体の鸚鵡螺化石アンモナイトからも、やはり意味不明の言葉が漏れ出し──フィンのそれに比べれば、まだ理解は及ぶが──ラスガルドがフィンから鸚鵡螺化石アンモナイトへと視線を戻したその瞬間、巨大だった筈の殻が一瞬で収縮。


 されど、その膨大な魔力と神力を保ったままである事の証たる煌々とした輝きを纏い。


 ギョロッとした眼球を向けたかと思えば。


『仕方ネェヨナ! ミコノ為ナラヨォ!!』

(まさか、自爆を──)


 敢えて自ら収縮する事により圧縮されていた膨大な魔力と神力が、その決意と覚悟を秘めた叫びと同時に解き放たれ、それが彼女の生命の爆発だと悟った時にはもう遅く──。


 ──彼の視界の全てが、青白く染まった。

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