第375話 挟撃する太古の力

 ──鸚鵡螺化石アンモナイト


 それは地球における中生代末期、約六千六百年前まで存在したとされる頭足類であり。


 烏賊や蛸の先祖となる絶滅種である。


 そんな生ける化石が今、フィンとカリマの魔力を共鳴させ、そして掛け合わせる事によって、カリマの肉体を触媒として顕現した。


 大きさとしては流石に巨龍だった時のイグノールや、未完成だった時の恐化きょうかを纏ったウルたちにこそ及ばないが、それでも見上げなければ全貌が明らかにならない程ではあり。


 ……ともすれば、ポルネより更に水の邪神ヒドラに近しい存在となってしまっていた。


 ただ只管、邪悪な存在に──。


『うんうん、いい感じじゃんか! これならキミの攻撃も多少は通るかも! ね、カリマ!』

『気安ク言ッテクレヤガル……』


 だが当のフィンは、さも善行を積んだとでも言わんばかりの笑みを浮かべつつ、カンカンと恐れもせず殻を叩いて彼女の変化を称賛し、それを受けた鸚鵡螺化石アンモナイト──もといカリマが口の様な部位から青黒い溜息を吐く中。


(……意識はある様だが、とても勇者の仲間が持つ力とは思えん。 それこそ邪神が如き──)


 受け応えしているという事は最低限の意識は保てていると見受けられたが、だからといってまともな力とはどうしても思えず──自身が魔族である事は一個置き──まるで彼の創造主たる魔王コアノルが、かつての召喚勇者や最強の亜人族デミと並んで強く警戒していた邪神の様な姿や力ではないかと訝しむ一方。


『よーっし! そんじゃあ──いくよっ!!』

『オォヨ……ッ!!』

「っ!!」


 何かを実行せんとするフィンのかけ声、それに呼応するカリマの返答がラスガルドの耳に届いた次の瞬間、目にも留まらぬ亜音速にて背後に現れたフィンに目を剥きながらも。


 フィンとカリマ、そしてラスガルド。


 三人の間にある距離を常に一定に保とうとする、その動きの意味を彼は一瞬で悟った。


(──挟撃か)


 前門の海竜モササウルス、後門の鸚鵡螺化石アンモナイト


 所謂、挟み撃ちの形である。


 これまではフィンとラスガルドが一対一で向き合う中、毒にも薬にもならない青白い斬撃をカリマが差し込んだり差し込まなかったりといった中途半端な戦況が続いていたが。


 巨大な鸚鵡螺化石アンモナイトとなった今のカリマは百を優に超える数多くの触手と、その邪悪なる魔力と神力に相応しい極大な質量を乗せられる様になった青黒い光線の弾幕を可能とし。


『当たるかどうかなんてキミは気にしなくていいよ! ましてや同士討ちの心配もね!!』

『言ワレルマデモネェ……!!』


 フィンは今まで通りの速度と音撃で、そしてカリマは今までよりも圧倒的に増えた手数と質量で以てして、ラスガルドを追い詰め。


『誰かに試すの初めてだけど! 最初が魔王軍幹部だなんて幸運ラッキーだよね! キミはどれくらいってくれるかな!? あぁいや違うか──』


 あろう事か、この連携を生物相手に実行するのは今回が初めてだと曰いつつ、もっと試したいから出来るだけ抵抗してくれと随分な上から目線の冗句を吐いたと思えば、フィンはラスガルドではなくその後ろに目を向け。


『──、かなぁ!?』

『……ッ』

「何? ……まさか──」


 明らかに、ラスガルドだけではなく彼を挟み込む様にしてフィンの対角線に位置取るカリマに対してのというフィンの叫びの違和感の正体を彼は即座に悟る。


 あの姿には時間制限タイムリミットがあるのでは──と。


 だとすれば、フィンの先程の叫びを聞いたカリマが放った焦燥の気配にも辻褄が合う。


 要は、時間制限タイムリミット付きの変化と強化。


 時が来れば、彼女は死ぬのかもしれない。


 ……死ぬとまではいかずとも、ほぼほぼ戦闘不能の身となってしまうのかもしれない。


 わざわざ首を刎ねたのもパフォーマンスでなく、ちゃんとした意味があったのだろう。


 フィンの狂気や冷徹さをそしるより先に。


 見上げた覚悟だと素直に称賛してもいい。


 何某かへの愛情を原動力として戦うと曰っておきながら、その命を何某かとは違う者の為に捧げるなど中々出来る事ではないから。


 ……だが一つ疑問もある。


 何故それを示唆したのかという事だ。


 時間制限タイムリミットとは、言わずもがな欠点デメリットであり。


 いずれ明らかになる事とはいえ、そうなる前に斃してしまえば欠点デメリットとはならない筈で。


 それをフィンが理解していないとはどうしても思えず、だからこそ何故と疑問が募る。


 余裕の表れなのだろうと断じてしまえばそれまでだが、だとしてもやはり腑に落ちず。


 解明したいのは山々ではあるものの、そんな余裕があるかと言われればそうでもない。


「っ、思慮の時間も与えてはくれんか!」

『当たり前じゃん! 戦ってんだしさ!』

『アァ全クダナ……ッ!』


 魔王軍幹部ラスガルドでさえ、ギリギリなのだ。


 尤も、躱すだけなら難易度は高くない。


 特に鸚鵡螺化石アンモナイトの光線は一発一発がフィンと同等の威力を秘めていても、『当たってやる方が難しい』という程の鈍足──流石に魔族の飛行速度は上回っているが──であり。


 当たれば極大な痛痒は免れないとは分かっていても、これといって警戒の必要はない。


「!? ぐう……っ!!」

『おっ、ナイスぅ♪』


 ……この場にフィンが、居なければ。


 挟撃が幕を開けてからというもの、フィンは常に鸚鵡螺化石アンモナイトが構築する弾幕の不足を埋める様な波状攻撃を決して欠かさずに放ち。


 たった今も弾幕を躱し切った先に設置されていた、あまりにも鋭利な激流の棘が彼の右の足裏から膝を突き抜ける形で貫いている。


 当然その棘から逃れるべく、ラスガルドは勢いよく飛び上がりつつ右脚の再生を──。


『──あぁ駄目だよ再生なんて! さっきから言ってんじゃん! 時間がないってさぁっ!』

「がぁっ!?」


 急がせる事さえ、フィンは赦さない。


 一刻も早く望子の待つ場所へ──再三言うが、フィンの頭の中にはそれしかないのだ。


 しかし彼は痩せても枯れても魔王軍幹部。


 これ以上、黙ってやられる訳にはいかず。


「……っ、お、のれ! 『闇雲帝鳴ダク・ラン』!!」

『んっ? うわっ!!』

『何、ダ……!?』


 苦し紛れと言うにはあまりにも強大な魔力を秘めたその魔術を発動した瞬間、全員をあっさり呑み込んでしまう程に巨大な漆黒の積乱雲が発生し、その厚い雲の中に一瞬で呑み込まれた二人を漆黒の暴風と轟雷が襲う中。


(これで多少、態勢は立て直せるか……)


 己は雷雲の影響を受けないと分かっていながらも、あくまでもラスガルドは追撃ではなく肉体の再生と魔力の再充填にてていた。


 彼としてもこれで倒せるとは思っていないからこそ、ここは時間稼ぎに徹してあの邪悪な貝の化け物だけでも消すべきと判断した。


 奇しくも、ハピたちと同じ策に出たのだ。


 魔王軍幹部としては失格かもしれないが。


 優先すべきは勝利ただ一つ、己の中で燻る誇りや自尊心など二の次と考えて然るべき。


 ……必ず、まず間違いなく雷雲を突き破り姿を現す、あの怪物じみた人魚マーメイドを討つ為に。


 今はただ、『待つ』事を選んだのだ。











 それこそが、フィンの狙いとも知らずに。

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