第374話 忠義か、愛か
──……何かが、変わった。
望子を馬鹿にされたフィンの表情が。
忠義を侮られたラスガルドの覇気が。
そして、そんな二人が立つ戦場の空気が。
少なくとも、カリマはそう感じた。
まるで、キャンバスに描かれた荘厳な絵画の上から全く別の色を上塗りしたかの様に。
また、それと共に変わった事がもう一つ。
(……荒々しさ、ッつーのか? 戦いにも言葉にもソレがなくなッた──……逆に怖ェな……)
そう。
つい先程までは、ウル対イグノールを彷彿とさせる喧騒の中で争っていたというのに。
『よい──しょっと!』
「く……っ、ふっ!」
『わぉ、危な』
「今のを躱すか……っ」
今では、これといった罵詈雑言の応酬もなく──罵詈雑言を見舞っていたのは、ほぼフィンだけだが──ただただ力をぶつけ合い。
その力に関しても、ここまでに繰り広げてきた様な乱雑で破壊的な暴力とは違い、およそ無駄というものを可能な限り排斥した隙のない攻防による戦闘を繰り広げているのだ。
それこそ、まるで演舞か何かである様な。
しかし、そう思っているのはカリマだけ。
フィンはウルと違って幹部との戦闘に拘っておらず、ラスガルドとの戦いを本当の意味で前哨戦──『前座』としか捉えていない。
さっさと魔王をぶち殺して望子といちゃいちゃする──フィンの頭にはそれしかない。
だからこそ余計な力みを抜き、いち早く戦いを終わらせる為、対多数戦闘でも有用な範囲の広い技ではなく、それこそ針の穴に糸を通す様に精密な技だけを見舞っていたのに。
ラスガルドも、
これまでの防戦一方で守備的な戦法とは違い、フィンが斬撃を放てば彼も同じく斬撃を放ち、フィンが打撃を見舞えば彼もまた打撃で受け──と、こちらに合わせてくるのだ。
まるで、いつか聞いた
『時間がないって言ってんのに……さっきより強くなってんじゃん。 面倒臭いなぁもう』
「これも偏に魔王様への『忠義』故だ!!」
その厄介さを身を以て体感していたフィンの溜息混じりな呟きに、それもまた忠誠あっての物だとラスガルドが誇らしげに叫ぶ中。
『あっそ。 じゃあボクは『愛』故かな?』
どうせ一笑に付すか、もしくは無視されるだけだろうと理解した上で自分の原動力は望子への限りない『愛情』だと瞳を細めた時。
「……そういう形も! あるのだろうなっ!」
『へぇ、割と柔軟だね』
「……」
『ん? 何?』
ラスガルドから返ってきたのは彼女にとっては予想外な肯定の意であり──言葉に詰まった様子ではあったが──堅物そうな割には柔軟な思考も出来るのか、と何の得にもならない知識を得る一方、ラスガルドが何かを言いたげに戦闘行為を止めた事で、フィンもそれに準じる様に動きを止めて二の句を待つ。
すると、ラスガルドはこれまでに浮かべていた物とは全く違う悔しげな表情を湛えて。
「……少なくとも
『……
本来であれば魔力も知力も身体能力も、あらゆる面で凌駕している筈の魔王の側近デクストラもまた、フィンと同じく愛情を──魔王コアノルへの深い愛情を原動力に、ラスガルドを下し側近の座に就いたのだと明かし。
てっきり魔族には愛情だの友情だのという概念はないのだと──ローアは異端だから話が変わってくる──思い込んでいたフィンは意外そうに、そして素直に感嘆の息を零す。
これで何かが変わるとかは特にないが。
「貴様ら
『……んー……』
また、ラスガルドの見解では以前の戦いの時でさえウルやハピに比べてフィンの実力が頭一つ抜きん出ていたのも、デクストラが強くなった訳と同じである筈だ、と長々語ってきた眼前の魔族に対し、フィンは唸るだけ。
魔王の側近と同じと言われたのが気に食わなかったのか、それとも暗にウルとハピを下に見られたからなのかは分からなかったが。
『……何か色々考察してくれちゃってるけどさ。 それ結局、ボクが最強って事でしょ?』
「……あぁ、そうだとも。 ただし──」
どうやらただ単に、ごちゃごちゃ御託を並べた割に『お前は勇者一行で最も強い』と分かりきっている事を言われただけだと気がついたが故の呆れからくる唸りだったらしく。
それを確認する様に返してみせたフィンの問いを肯定しつつも、ラスガルドは改めて漆黒の大剣を構え直し、その瞳を光らせ──。
「──魔王様には劣る。 そこは譲れんぞ」
『……まぁいいや。 そんな事より──』
あくまでも『自分以上、魔王様以下だ』という結論だけは譲る気はないと断言する彼にある種の面倒臭さを覚えたフィンは、くるりと不意にラスガルドが立つ方向とは真逆、要は後ろを振り返る様に水色の髪を揺らして。
『──ねぇ、そろそろ
「……あァ。 いつでもいいぜ」
「……? 何のつもりだ
そこに立っていた、どうにも先程までとは様子が違う
『キミは、そんなつもりでボクについて来たんじゃないんだろうけど、
「……そうなりャいいな。 まァ──
フィンは、まるで望子に対して話しかける時の様に優しげな声音で──正確に言うと望子と話す時は更にデレデレしているが──カリマと己の共通点が判明した事により、カリマが同伴してきた理由も出来たし、何より此処に居る意味を果たせそうだと他人事の如く語る一方、カリマは覚悟を決める様にして。
フィンに対し、
『りょーかい! そんじゃ、やってみよう!』
「っ、何を──」
その一部始終を見ていても理解出来なかったラスガルドをよそに、フィンは何やら愉しげに片腕を振り上げ始め、その腕の先に顕現させた水の剣で何をするのかと思えば──。
『おりゃっ!』
「なっ!?」
フィンは、あろう事か彼女の首を刎ねた。
ボトッ、と音を立てて首が転がる──筈なのに、どういう訳か刎ねられた首は宙に浮いたまま静止するだけでなく次第に強く輝きを増す紺碧の魔力に包まれ始めており、その魔力は首無しとなったカリマの身体をも覆い。
常人では──……いや、たとえ魔族であっても目を閉じざるを得ない程の光を放ち出したが、ラスガルドは驚きながらも凝視する。
絶対に目を離す訳にはいかない。
次の瞬間、首無しになっているのは。
……自分かもしれないのだから。
そして光は次第に形を変えていき、フィンよりも、カリマよりも、ラスガルドよりも大きく、それこそ見上げる程の大きさになった辺りで、やっと光の中の輪郭が見えてきた。
「何だ、
だが、それでも──理解出来なかった。
生物の姿を象っている事は分かる。
あの無数で半透明な触手は
その触手を生やしているのは──殻。
ぐるぐると中心に向かって渦巻く殻だ。
きっと、あれなのだろうとは推測出来る。
しかし、あんな魔獣は見た事がない。
何も映していない様な黒い眼球。
触手に纏わせた異様な粘度の液体。
その触手の奥に覗く──大きく凶暴な牙。
『教えてあげるよラスガルド。 誰かへの愛を原動力に戦ってきたのは、何もボクだけじゃないって事を。 ねぇ、カリマ──……いや』
深く昏い海の底から、そして遥か昔の古代から悠久の刻を遡り現れた様なそれは──。
『
『……アァ、ヤッテヤルヨ』
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