第372話 恐竜と災害、終焉と終演
二人の与り知らぬところで部屋の中に張り巡らされた超有毒の危険植物──
そして、その劇毒を中和する為にキューが後から顕現させた激辛の果実──
『ル、オォオオオオ……ッ!!』
『ゲラゲラゲラ!!』
数十秒後には、どう見ても先程までよりも劣化した噛みつき合いを繰り広げる両名と。
(……意外と何とかなるもんだね)
調節に慣れたのか、どう見ても先程までよりも気の抜けた様子のキューがそこに居た。
流石に、キューが想定していた『仔犬と蜥蜴の小競り合い』とまではいかなかったが。
それでも『
ここまでの変化であれば気づいても良さそうなものだが、今の二人は過度な感覚の鈍化と戦闘意欲の向上により、互いの事しか見えておらず、互いの事しか考えられていない。
……こう言うとニュアンスが違って聞こえるものの、それは無いので安心してほしい。
両者は、殺し合いをしているのだから。
後は、ウルがイグノールに競り勝つだけ。
……そう、思っていたのに。
──じゅくっ。
「い"っ!?」
突如、原因不明の激痛がキューを襲い。
良い具合に調節出来ていた
(何、今の……! 何がどうなって──)
しかし今、自分の身を襲った痛みの原因を究明しない事には同じ事を繰り返すだけだ。
故に、キューは自分の身体をくまなく見たり、ぺたぺたと触ったりを繰り返して──。
「……はっ!?」
──……
「魔力の糸……!? どうして……っ!」
そう、それとはイグノールが
おそらく絞殺が目的ではないだろう事は分かっていたが、それでも激痛の原因がこの糸にあるのは最早、疑いようもない事実──。
振り払おうにも、それは難しかった。
キューが気づいた時には既に、その糸は半ば彼女の身体との同化を果たしていたから。
……矛先を向けられた事は別にいい。
そもそも同じ戦場に居合わせて、ここまで無視されていた事の方がおかしいのだから。
(どうして、どうしていきなりキューに矛先を向けたの……!? さっきまで視界にすら入れてなかった筈なのに! どうして、こんな──)
そんな突然の事態に困惑しつつも、どうにか聡明な知恵を働かせて原因を究明しようとし、ふとイグノールの方を向いた瞬間──。
『──♪』
「!?」
──半透明な龍の
それも、ただ両者の視線がぶつかった訳ではなく、イグノールの──というか龍の昏く歪んだ瞳は明らかにキューを嘲笑っている。
「まさか……っ!!」
ここで、キューは漸く気がついた。
一つは、キュー自身は一度たりともイグノールの視界に映っていないと思っていた事。
徹頭徹尾、ウルへの攻撃に集中していたのだから無理もないが、イグノールは実のところ一度もキューを視界から外してはおらず。
隙さえあれば、そちらへも攻撃してやろうと思っていたのだろうとキューは推察する。
何しろ相手は
常識も予想も、通用する筈はないのだ。
そして、この推察が正しかったのなら。
キューが仕出かしてしまっていた、もう一つの思い違いも間違いないという事になる。
では、もう一つの思い違いとは──?
(イグノール《あいつ》、まだ意識があるんだ……!!)
そう、イグノールは心臓を喰われてもなお今の今まで意識を保ち続けていたという事。
最早、生物ではなくなった単なる容れ物の中に魔王の力が宿っているのだから、間違いなく意識などあろう筈もないと思っていた。
目の前の生物を、ただ叩き潰すだけの殺戮兵器に成り下がったのだと思い込んでいた。
嗤う事しかしていなかった事も相まって。
しかし、キューの推測は外れていた。
言葉こそ操れなくなっているものの、イグノールは最初から最低限度の意識を保ち続けたまま、ウルだけでなくキューすら獲物として認識している──これが真実だったのだ。
これらは全て、イグノールの中に彼自身の自意識が存在しない事が前提の策だった為。
最早、彼女の策は機能しない。
……機能しないだけなら、まだ良かった。
『ギヒヒィ♪ ゲァハハハハハァ!!!』
『ル……ッ!? オ、オォ……ッ!!』
「っ、マジ……!?」
ウルが、イグノールに押されてきている。
どうやら彼は、キューの
キューが自身を触媒として顕現させた筈の
(っ、共倒れなんて嫌だよキューは……!)
もう、ウルの機嫌を損ねるとかどうとか言っている場合ではない──そう判断したキューは取り敢えず
(……ウルに嫌われるのと、ミコを失うの、どっちの方が嫌かなんて考えるまでもない! ちゃんとした決着つけたいって言うんなら──)
改めて、ウルの後悔と望子の犠牲を天秤にかけた結果、前者を優先する理由など万に一つもありはしないという結論に辿り着いたキューは、
「──来世でやってよね!!」
『『ッ!?』』
イグノールだけでなく、ウルにも告げるつもりで叫んだキューの突き放すが如き言葉に反応を見せた両者の視界に映ってきたのは。
巨大かつ美麗な花弁型の鋭い槍を構え、今にも両者を貫かんとするキューの姿だった。
その
たとえ根付いた地面が魔術によって頑強に舗装されても関係なく、そこにある全てを貫いて芽吹く、この異世界で最も鋭く素早く力強く生長する植物として広く知られている。
では、それが原種ならどうなるのか──?
それは最早、植物と称するのは間違いだと言わざるを得ない程の凶悪な生長力を誇り。
この
その地に何があったとしても、あらゆる物を貫いて塔の様に聳え立ち、花を咲かせる。
滅んで然るべき
まさしく、キューが誇る最強の近接武器。
キューは、その花弁をウルたちの戦闘で発生する熱波の風圧で回転させると共に、花弁の中心から槍の様に鋭く突き出した雄花が魔力と神力を帯びて光を蓄えてさせいき──。
「ミコが哀しんじゃうと思うし……っ、出来れば死なないでねウル! 『
『キュー、オ前……ッ、クソガァ!!』
『ギャーッハッハッハッハァアアアア!!』
おそらくキューの最高打点となるだろう神懸かった螺旋と突貫の一撃に、かたやウルは茶々を入れられた事に憤りつつも本来の目的を思い出して牙に全力を込め、かたやイグノールは厄介なのは
勇者と魔王の戦いによるものだ──と言われても納得しかねない程の閃光と衝撃の後。
「──……ん〜……っ、ぷはっ!」
「「……」」
「生き……てる? いや、どうかな……」
どちらかと言えば死体寄りな何かが二つ転がっており、その周囲には魔王の力が働いているにも拘らず大きく凄惨な破壊の痕があって、これでは流石に──と近寄ったその時。
「お"ぃ、テメェ……」
「わっ!?」
ガッ──と、その内の一つが炭化した腕で脚を掴んできた事により、キューは割と本気でびっくりして軽量化した花槍風突を向け。
「あ、あぁウルか、びっくりした……」
何とか無事だったらしい真紅の瞳からウルだと判断した事で、キューが槍を収める中。
「……あた、も……
「……分かってる。 でも、まずは傷を──」
声帯としての役割を果たしているかどうかも怪しげな潰れた喉で、この先に待つ幼い勇者を想う旨の掠れた声を出すウルに、キューは少しだけ申し訳なさそうに
ウルに与えようとしたその手を、止める。
「──……もう充分、愉しんだでしょ?」
『グギャ……ハハ、ハ……ッ』
もう片方、損傷具合だけで言うならウルよりも無惨、死体と言うにも生物としての形を保てていない
その姿は皮肉にも、かつてイグノールに敗北してズタボロになったフィンに似ていた。
辛うじて残った片腕を伸ばし、どうにかこうにか胴体と繋がっている膝から先のない両脚を引きずる彼は、あまりにも哀れで──。
「
最早、魔族なのかどうかも分からない程の惨めな姿と成り果てたイグノールに引導を渡すべく、キューは敢えてウルの事をも
「愚かで哀れな──……
『ギ……ヒ……」
もう二度と暴れ出す事のない様に、イグノールを永遠の眠りへとつかせたのであった。
魔王軍幹部、
ウル、キュー組の勝利──。
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