第371話 衝突と劇毒、好化と悪化
その衝撃は最早、望子が
いや、下手すればあの時を上回るかもしれない衝撃に、天井は崩れ、壁は割れ、床は足の踏み場もない程に砕けてしまっていたが。
それでも、この漆黒の巨城は崩壊しない。
かの恐るべき魔王、コアノル=エルテンスが存命である限り、決して倒壊しない──。
『ル、ア……ッ! アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……ッ!!!』
『ギュオ"ォオオ!! ギィアハハハ!!』
それを知ってか知らずか、ウルもイグノールも部屋の崩壊具合など気にも留めず、ただひたすらに互いを噛み砕く為に力を込める。
(……徐々に、徐々にじゃああるが……間違いねぇ、あたしが押されてる……! 原因は──)
神力がある分ウルが優勢であると思われるかもしれないが、それでも二人の力が拮抗どころか実際には僅かにイグノールの方が押しているという事実がある以上、彼の生前からの素質や狂気的な戦闘意欲、そして何より。
(──魔王の……! クソ、弱ぇなあたしは!)
魔王の厚き加護が、ウルの全てを凌駕しているという事を彼女自身、認めざるを得ず。
自分の不甲斐なさを実感しながら、さりとて己が一行に発破をかけた張本人なのだからと歯を──もとい牙を食いしばる中にあり。
(んー……
その相克を外から見ていたキューからすると最早それは一目瞭然であった様で、このままウルの言葉に従い傍観者に徹する事が本当に正しいのだろうかという自問が止まない。
何も知らない者たちからすると、おそらく互角にしか見えないのだろう力のぶつけ合いも、キューからすると僅かにだがウルが押され気味だという事実がはっきり見えていた。
数値で正確に表現するとしたら──。
──……
ウルが前者で、イグノールが後者である。
たった二つ分とはいえ、その差は大きい。
……だが、それは逆に言えば。
(キューが手伝えばひっくり返せるって事だ)
イグノールとウルの間にある『二』の差を埋めるだけの力をキューが担えば間違いなくイグノールを倒す事が出来るという事に他ならず、きっとそうするべきなのだろうという事もまた、キューは誰よりも分かっていた。
とはいえ、それをウルは望んでいない。
絶対に一対一で決着をつけたいのだと。
……まぁ、そもそもキューが
望子の事を思えば速やかに戦いを終わらせた方が良いに決まっているのだから、ここは何としても回復以外の補助をしたいところ。
可能なら、ウルの機嫌を損ねない形で。
(ウルに
その為には、おそらく瞬時に露呈するやいなや怒りの矛先がこちらに向いて、決定的な隙を作ってしまうだろう『ウルへの強化』以外の手段で彼女を補助しなければならない。
(ってなると──……もう、
そういった考慮の末、元より二人の興味が自分へ向く事はほぼないだろうと分かったうえで、キューはこっそりと策を講じ始める。
足元に生み出したのは──可憐な花々。
菫色の美しい花弁、甘ったるい芳香、それらとは対照的な刃物の様に鋭く凶悪な荊を携えた、その花の名は──……『
この世界で最も強い毒を持つ
毒性自体は上述の通り
それは、この種が植物でありながら。
この種の稀釈されていない芳香や劇毒を僅かにでも嗅いだり触れたりしたら、もう生きる事は諦めろとさえ云われる程の危険植物。
植物でありながら、かつて一行が相対した
当然ながら、そのままは使用しない。
イグノールに対して使用する分にはそれでもいいのだろうが、そんな事をすれば嗅覚に優れたウルも一瞬で死に至るだろうし、そもそも芳香でバレてしまう為、無意味である。
(取り敢えず、薄めるところから……)
故に、まずは芳香も劇毒も稀釈する。
バレないくらいに、さりとて効果はしっかり出るくらいに自分の身体を通して薄める。
本来の
しかし、ここで一つの疑問が残る。
これを使ってイグノールの動きを鈍化させるのはいいが、それをウルに悟られてしまうのはどうしようもないのでは──という事。
確かに、その通りではある。
ただし、それは──。
(稀釈、終了……さぁ、行っておいで)
その後、キューによる充分な稀釈を終えて薄まった
イグノールだけでなく──
つまり、キューが行おうとしているのは。
ウルへの
イグノールへの
(──どっちも同じ様に弱くなればいいんだ)
ウルとイグノール、両者への
猛り荒ぶる炎の狼と破壊を司る災害龍との間に起きた破滅的な衝突を、仔犬と蜥蜴の小競り合いにまで鈍化させつつ、じわじわと両者の間にある『二』の差をひっくり返す事。
しかし、その調節は非常に難しい様で。
(何だ? 急に鈍く……いや、あたしもか? まさか
(あ、ヤバ。 バレちゃうバレちゃう……)
ウルが何かを悟ってこちらを見た──というのをいち早く悟ったキューは、どうやらバレかけているらしいという事態を理解する。
故に、ここで敢えての──。
(──……『
先の
真っ赤という表現でも足りない程の不気味な果実の真価は、決してその辛味ではなく。
興奮剤として利用出来るという点にある。
筋力の強化、痛覚の鈍化、熱量の増加。
火属性魔術の威力も底上げするとか。
炎の力を携えたウルにとっては、まさに最高の
ウルは、それを望んでいないだろう。
イグノールに付与するのも論外だ。
──……本来ならば。
しかし今のままでは
その為、今度はこの興奮剤を
これは、キューにとっても賭けだった。
しくじってしまったなら、キューはウルとイグノールの両方を敵に回しかねないから。
だが、キューは結果的に──。
『グ、ウ"ゥ……ッ!! グルアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
『グヒヒヒィ♪ ゲラゲラゲラゲラゲラ!!』
「……上手く、いったね」
──自分自身との賭けに、勝利した。
両者の差は今、殆ど互角と言っていい。
一応、『二』の差は埋めたつもりだが。
結局、戦うのウルなのだから──。
(さぁ、ここからは本当に一対一だよ。 『死んでも勝て』って言葉──忘れてないよね?)
故に、キューは心の中でウルを鼓舞する。
今は、今だけは忘れてほしいから。
自分の事も、魔王の事も──……そして。
先で待つ、あの幼くも可憐な勇者の事も。
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