第367話 叫べ、神の名を──

 ハピとポルネの策が裏目に出た事で、完全な暴走状態へと陥ってしまったウィザウト。


 言葉に近い何かこそ発する様にはなったものの、およそ意思疎通が図れるとは思えず。


 失敗だったのでは、と。


 もっと他の手段があったのでは、と。


 小さくない後悔がハピを襲いこそすれ。


(──だからって、今さら退けないわよね)


 もう、ハピに取れる手段は一つだけ。


 ポルネが健在なら先程までと同じく、ウィザウトへ声をかけ続けて正気を取り戻させるという事も狙えなくはなかったのだろうが。


「ぁ、ぐぅ……っ、ご、ごめ、なさ……」

『……いいのよ、後は任せて』


 既にポルネは満身創痍。


 腹を貫かれただけだと言ってしまえばそれまでなのだが、ハピの双眸にはポルネがその一撃で満身創痍となった原因が映っていた。


(血液、骨片、肉片……内容物すら分からない何らかの薬まで。 そんな不純物で構成された身体に貫かれれば、そうなっても無理ないわ)


 そう、ウィザウトの肉塊の様な身体はまさに肉・骨・血液の塊であり、それに加えて調まで混在している為、魔族以外の生物には──否、同族にとってさえ劇物となる構造をしているのだ。


 霊薬エリクサーが一つでもあれば良かったのだが、もう既に全なる邪神との戦いで残り一つとなっており、その一つは望子に持たせてあった。


 つまり、ポルネを癒す手段はない。


 このまま放置しておく訳にも、いかない。


 早急に戦いを終わらせ、ここ以外での戦いを終わらせて出てくる筈のフィンかキューと合流するか、この城の何処かへと転移させられたカナタを見つけ出すしかないのである。


 尤も、前者はともかく後者は何とかなる。


 もう既に、ハピの翠緑の瞳にはカナタが魔王の側近と慣れない一対一での戦闘を繰り広げている姿が、ありありと映っているから。


 つまり、ハピの為さねば成らぬ事は──。


(速攻でウィザウトを倒して、ポルネをカナタの元へ連れていって、ついでに魔王の側近も倒す──……完全に、理想論でしかないわね)


 脳内で思い描いた三つの理想に加え、この城の最上階に位置する王の間で魔王と戦う望子の元へ辿り着くという妄想にも近い使命。


 何しろ、ハピからすれば。


『ア、ア"ァァッ!! アイツモ、アイツモ、アイツモォ!! 私、ヲ! マルデ、空気、ミタイニィ! 私ハ、ココニ居ル! ソウデショオ"ォォ!? 何トカ! 言エェエエエエッ!!!』

『会話してる余裕なんかないのよ……っ』


 一つ目に挙げた理想さえ叶えられるかどうか分からない程、追い詰められているから。


 躱すだけなら、どうにでもなる。


 だが躱すだけでは何も変わらない。


 故に反撃を試みるも、半端な攻撃は触手の先端にある禍々しい大口に喰われてしまう。


 更に、ウィザウトは戦闘不能となったポルネにも容赦や躊躇なく触手を伸ばしてくる。


 回避、反撃の二つだけでも難しいのに、ポルネの守護という更なる使命を課されても。


『……ふぅ……っ』


 ハピは、まだ冷静さを保てていた。


 何故なら──。


(……を、試さない事にはね)


 ハピには、まだ奥の手があるからだ。


 一度たりとも試した事などなく、まして試したいと思った事さえ一度もない奥の手が。


 その奥の手とは──かつて、ウルが恐化きょうか状態で望子と喧嘩した時に放ったものと同じ。


 その名を知らない、知る由のない筈の彼女が当たり前の様に神の名を技として叫んだ。


 火之迦具土ヒノカグツチという極大な威力と規模を誇る必殺技と同じく、己の全てを放出する大技。


 ハピは、あの戦い──というか喧嘩を見た後からずっと、『自分にも、風か氷で似た様な事が出来るのではないか』と考えており。


 しかれど、ウルが全てを使い果たして昏睡してしまった事を考慮すると、そう簡単に試す訳にもいかない──と危ぶんで今に至る。


 もしも今、ウィザウトを倒せたとしても昏睡状態に陥ってしまったら、ポルネを助けられないのは勿論の事、望子の元へ辿り着くという本来の目的さえ果たせなくなるからだ。


 とは言ったものの、こうなってしまっては最早ハピ自身やポルネの生死は──


 ……もし、もしもだ。


 ここで自分たちが敗北し、この状態のウィザウトが王の間へ辿り着く様な事があれば。


 望子は間違いなく窮地に陥る事になる。


 尤も、それを魔王コアノルが見逃す訳はないのだが──……まぁ、それはそれとして。


 とにかく、ここは自分の命を勘定から外してでも使命を果たさなければならない場面。


 ウルだって言っていたではないか。


 死んでも勝て──と。


(……試しましょう、あの力を──)


 だからこそ、とハピが覚悟を決めた時。


『──ハピ! 上から来てる!』

『上!? っく──』


 声を出すのも難しい程に満身創痍だった筈のポルネの声が、ハピの頭上から迫っているらしい何らかの攻撃を報せてきた為、多少の違和感を抱きつつも即座に上を向いた──。











 ──……が、しかし。


『え、はっ?』


 ……そこには、


 いや、何もないだけならまだ良かった。


 上を向くと同時に、彼女を襲ったのは。


『っ、、た……!? ポル、ネ……!?』


 まず間違いなく、ポルネから発射された。


 ハピの背中を貫く、薄紅色の魔力の弾丸。


 まさか、ここで誤射を──と考えたハピの推測を真っ向から否定したのは他でもない。


『あ、あはは……! ざまぁ、みなさい……』

『な、何が……──っ、まさ、か!?』


 虚ろな瞳で自分を射抜き、ぐにゃりと力なく蠢く触脚で自分を射抜いたと見られるポルネであり、まるで本心から自分を敵対視しているかの様な言葉と共に倒れ臥す光景に、ハピは何が何だか分からなくなってしまった。


 ……が、聡明な彼女はすぐに察して。


 視線を勢いよく移した、その瞬間──。


『アハ、ア"ハハァ♡ 出来タ、出来タァ! 魔王サマァ!! コン、ナ、コンナ姿ニナッテモ私ィ!! 闇黒死配ダクロウル、ヲ! 貴女様ノ、貴女様ダケノ! 最凶ノ魔術ちからヲォオオオオオオッ!!』

『魔王の、力……!? 何でこんな時に!!』


 視線の先では、ウィザウトの上半身を模した肉塊が魔王に対して己の功績をアピールするが如き叫びを上げており、その中に出てきた『闇黒死配ダクロウル』という名の何かこそウィザウトが持つ唯一性──魔王だけが使える魔術であり、それをハピに悟られぬ様にポルネに向けて行使したのだと嫌でも理解させられた。


 事実、ウィザウトの闇黒死配ダクロウルによってポルネは『完全な記憶の改竄』を施されており。


 ポルネの中では『自分は魔王軍の一員、眼前の鳥人に敗けてしまったが、せめて最後に一矢報いようとしていた』という記憶こそが正しいのだという事になってしまっていた。


 こうなっては、もうポルネを回復させる事も意味はない──カナタが記憶の損傷まで治せるかどうかなんて分かる筈もないからだ。


 それ故、彼女のやる事は一つに固まった。


(もうやるしかない! これを使った後で私がどうなろうと構わない、あれを倒せるなら!!)


 かの恐るべき魔王と同じ力を扱い、かの全なる邪神にも劣らぬ悍ましさを纏う、この魔王軍幹部を決して望子の元へ向かわせない。


 その為なら、この命さえ犠牲にしよう。


 そう決めた時、脳裏にが浮かぶ。


 あの時のウルが叫んだのと同じく、ハピが決して知る由のない筈の──……を。


 ──……声高に、叫ぶ。


『氷獄に閉ざせ──大鷦鷯命オオササギ……っ!!』

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