第364話 私たちの取り柄は何?

 望子が魔王との戦いに身を投じている中。


 王の間から少し離れた、それぞれの奥に三幹部が待ち構えている三つの扉の一つでは。


 かつての魔王の予備サタンズスペア、上級魔族のウィザウトの成れの果てたる肉塊──……魔合獣キメラと。


 勇者一行では、ローアやレプターと並んで知力の高い亜人族デミ──……鳥人ハーピィ海神蛸ダゴンが。


 二対一での死闘を繰り広げていた。


 ……のだが。


『ギィ! ギィィィィ!! ギュウ"ゥオ"ォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』


 それは、『死闘』と呼ぶにはあまりにも一方的なものであり、ウィザウトだった魔合獣キメラが血液の滴る無数の触手を部屋の中全てを埋め尽くさんばかりの勢いで振り回す攻撃に。


「く……っ、全然、勢いが落ちない……!」

『際限なしなんて有り得ないわ、耐えて』

「っ、分かってるけど、でも……っ!」


 ハピは質量持つ風雪の壁で、ポルネは八本の触脚から放つ桃色の光線で防いだり弾いたりといった具合に凌ぐ事しか出来ておらず。


『……もう一度、試してみましょうか』

「結果は同じだと思うけれど……!?」

『念の為によ──氷針ひばり

「っ、あぁもう! 『四束射法トレースティーロ』!」


 時折、耐えてばかりでは話にならないとでも言いたげに、ハピが貫通力に秀でた氷柱を突風で加速させて撃ち出したり、ポルネが四本の触脚を束ねる事で熱量と威力を向上させた光線を放ったりもしたが、それらは全て。


『グバオ"ォ! ガジュウゥウ"ゥゥゥゥ!!』


 本体だと思われる大きな肉塊の中心にある歪で不気味な口に、あまりにも耳障りな叫びと共に呑み込まれ、咀嚼され、吸収される。


 ……痛みを感じている様には、見えない。


 ぐねぐね、うねうねと衰える事なく蠢き続けている無数の触手がその証拠と云えよう。


『……吸収──ってより喰われたわね、やっぱり。 しかも、その魔力や神力はそのまま触手での攻撃に活用。 無駄がなくていいわね』

「言ってる場合!? また強く大きく……!」


 それを遠目で垣間見ていたハピの、まるで他人事か何かであるかの様な称賛にも近い解析を耳にしたポルネは、より一層の強化を促してしまった事への自戒の念もありつつも。


(……いや、まだよ。 こんなところで折れる訳には……あの子の為にも、ハピと一緒に──)


 だからといって後悔している時間もないという、ほぼ正反対の覚悟と決意を秘めた表情に切り替え、『よし』と気を引き締め直す。


(……あれ? そう、いえば)


 ……が、ここでに気づいた。


「っていうか! どうして貴女はそんなに落ち着いてるの!? こんな危機的状況で……!」


 ──そう。


 この部屋に入ってから最初に会敵した際の回避行動の時以外、少なくとも本格的に戦闘が始まってからは、どういう訳か常に冷静さを保ち続けているハピに疑問を抱いたのだ。


 決して付き合いが長い訳ではない。


 せいぜい二ヶ月強といったところだ。


 しかし、そんな短い中でもポルネの知るハピは、『冷静だし頭がキレるのは間違いないが、の事となると幼子みたいに感情が豊かになる』──という印象の鳥人ハーピィだった。


 いやまぁ、鳥人ハーピィというか望子が作ったぬいぐるみなのだが──……それはそれとして。


 その印象通りなら、この肉塊を倒した先にあの子が──望子が居る筈なのだから、もっと感情的になっていてもおかしくないのに。


 というのが疑問を抱いた理由だったが。


『少し待っていなさい──氷障ひょうしょう

『ギッ!? ギュオ"ア"ァアアアアッ!!』


 そんな彼女の疑問に、ハピは答えるどころか何らかの話を始めたいが為に、ウィザウトと自分たちとの間に巨大な氷の壁を展開し。


『──ねぇ、ポルネ』

「っ、何よ!」


 その奥から触手で砕こうとしているのだろう破壊音が響く中、部屋を支配する冷気と同じかそれ以上に冷めた視線で自分を見ているハピからの声かけに、ポルネが何のつもりかと言わんばかりに語気強めで返事をすると。


『私たちに共通するって──何?』

「……はっ? 取り、柄?」


 ハピは、ポルネからの圧に一切動じる事なく、この場で問う真意が全く掴めない『共通の取り柄』とやらについてを質問し、ぽかんとしつつもポルネは『意味のない事をする人じゃない』とハピを信じて思考を巡らせる。


 ──頭が良い事?


 いいや、ハピは自分より聡明だ。


 ──亜人族デミである事?


 そんな当たり前の事、今更問う訳がない。


 ──想い人が居る事?


 まさか、この状況で惚気話なんて。


 じゃあ一体、共通する取り柄って──?











 ──……もしかして、そういう事?


 私が、さっき言った事が──。


「……冷静、さ?」

『そう、それよ』


 そう思い至った考えをそのまま口にしたポルネの、『冷静さ』こそがお互いに共通する取り柄なのではという答えに、ハピは我が意を得たりと言わんばかりに頷いてみせたが。


「……でも、それが何だっていうの?」


 冷静さが取り柄だから何だというのか、という抱いて当然の疑問をポルネが投げると。


『今、私たちがすべき事は何? 奴の暴走に釣られて焦る事? 有効打も持たないまま悪戯に力を消費する事? いいえ、違うわ。 私たちがすべき事は、そういった無意味な行動を思考から除外する為に──……事よ』

「頭を、冷やす……」


 諭す様な声音で捲し立てるハピから返ってきたのは、つまり『焦るのも慌てるのも全て無駄、頭を冷やして心だけを燃やせ』という命令にも近い忠告であり、それを正論だと思ってしまったポルネはその忠告を復唱して。


(……そう、か。 そういう事だったのね)


 そんな風に自分を諭してきたハピの翠緑の瞳を見た彼女は、やっとに気がついた。


 冷静なのも、まぁ間違いはないのだろう。


 だが、それ以上にハピは──。


 ──……怒っているのだ。


 望子を我が物にしようと目論む魔王に。


 望子を連れ去った魔王の側近に。


 そして何より、不甲斐ない自分自身に。


 そうした怒りが一周回って落ち着きに変異しているだけなのだ──それを理解したポルネは冷や汗をかきながらもこくりと頷いて。


「……そう、ね。 その通りだわ。 ウルも言ってたものね、主戦場はここじゃないって」

『そうよ。 だから、まずは見極めましょう』


 ウルが言っていた『本番は魔王との戦いなんだからな』という言葉でお茶を濁し、その時ハピに対して確かに抱いた戦慄を誤魔化した上での賛同めいた発言に、ハピは真剣味を帯びた表情で今にも壊されそうな氷壁の向こうで叫ぶ肉塊を翠緑の瞳で見透かしながら。


『ギュオ"ォオオオオオオオオッ!!!』

『──ねぇ、ウィザウト』


 破壊し得た事による歓喜の雄叫びと共に再び姿を現した魔合獣キメラを尻目に、その中にまだ生きているかもしれない幹部の名を呼んだ。

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