第363話 二柱ずつ──
コアノルが、そんな風にわざわざ薄紫色の双眸を細めてまで過去を懐かしんでいる間。
彼女の眼前や周囲には本来ならば迎撃は勿論、満足な回避の一つさえ不可能な筈の蒼炎や闇黒の弾幕が迫り来てはいるのだが──。
『──な、なんであたらないの……っ!』
……やはり、コアノルには掠りもしない。
攻撃に込められた敵意を無視する様に。
はたまた流麗な舞を披露する様に。
ほんの僅かな隙間を縫って躱し、防ぎ、受け流す魔王の一挙手一投足は非常に美しく。
勇者と魔王、最後の戦い──という名の演劇における
無論、コアノルが少しも攻勢に出ていない以上、望子とて魔王と同じく無傷ではある。
しかし、だからといって何もかもが戦い始めと同じであるとは口が裂けても言えない。
望子の魔力と神力は消費され続けている。
元より望子を除いた勇者一行全員の魔力や神力を合わせても、なお望子の方が多いという現実から目を逸らす事は不可能であるが。
それでも、ほんの少しでも魔力・神力共に削られ続けているというのも事実であって。
つまるところ現状は、ただ悪戯に望子が持つ膨大な魔力と神力が削られているだけだ。
そんな無駄とも思える現状を打破する為には、まず少しでも攻撃を当てねばならない。
だが、どれだけ望子が力を振り絞っても。
やはり──……やはり魔王には当たらず。
では何故、
という根本的な疑問に望子が漸く辿り着いた頃、コアノルはわざとらしく溜息をつき。
「……其方の攻撃は馬鹿正直が過ぎる。 目線の先に、そのまま放つ。 躱すなという方が難しいというものじゃ、その辺りはまだユウトの──父親の足元にも及ばぬのう、ミコよ」
『そ、そんなの……うぅ……っ』
目は口程に物を言う──もしも彼女に地球の知識があれば、まず間違いなくそう口にしているだろう状態なのだと、つまりは目線や意識の方向で丸分かりなのだと告げてから。
これでは魔王討伐はおろか、かの先代召喚勇者が苦肉の策とはいえ成し遂げた魔族封印すら叶わない──と上から目線で忠告する。
勿論そんな事は望子だって何となく分かってはいたが、そう言われても結局は八歳児。
何より、『嘘はいけない事だ』と母親から教わってきた望子は、こうした戦いの最中でさえ目線一つとっても嘘をつく事は出来ず。
正直者が馬鹿を見る、を地で行くしかない自分の不甲斐なさを子供ながらに嘆きつつ。
『ぅ、だ、だったら……!!』
「? 何じゃ──」
それならそれで、と何やら別の手段を模索し始めたらしい望子の変化に気がついたコアノルが、ふと回避行動を止めた──その時。
「──……っ!? これ、は……!」
狙った訳ではなかろうが、コアノルが足を止めた瞬間に
「……っ、えぇい洒落臭い!!」
しかし当然コアノルも、ただ暴風雨に曝されているだけで留まる訳もなく、およそ魔術でも何でもない六枚の羽の羽ばたきによる黒い風圧だけで周囲の静寂を確保し、その暴風雨の主──望子の姿を再び捉えんとするも。
「……ミコ、か? その姿は、よもや──」
その姿は最早、数秒前の望子ではなく。
黄色の外套、紺碧と黄金の長髪と双眸。
あどけなさと妖艶さを両立した美貌。
出るところは出たスタイルの良い上半身。
……といった『良い女』の特徴全てを無碍にする、ぐねぐねと蠢く触手塗れの下半身。
もう、その姿が何かは言うまでもないが。
敢えて言おう──。
『いくよ! すとらさん、ひどらさん……!』
「風と水、二柱の邪神の融合か……」
そう、二柱の邪神の融合形態である。
風を司る邪神ストラと、水を司る邪神ヒドラが持つ身体的な特徴の全てを詰め込みに詰め込んだ様なその外見から、コアノルがそれを──二柱の邪神の融合を悟れぬ筈もなく。
事実、今の望子の周囲には魔力や神力の総量こそ先程の蒼炎や闇黒と大差なくとも、その規模だけは明らかに広くなっており、まるで天災が屋内で発生したかの様な変幻自在の竜巻や豪雨が望子の意思に従い、荒れ狂う。
その一つ一つが極大な破壊の意思を秘めており、この空間に居合わせるだけでも中級までなら容易に消し飛び、それこそ上級であっても僅かながらの抵抗で精一杯となる筈で。
如何な魔王といえど、この暴虐な風と水の力には防戦一方となるか──と思われたが。
……そんな事は、ない。
ある筈が、ないのだ。
それは何故か?
コアノルもまた、持っているからだ。
邪にして暴虐なる、その力を──
「……良かろう、ならば妾も出し惜しみはせぬ。 お披露目には最適の相手じゃからのう」
『っ、なに……!?』
それを証明する為か、コアノルの身体からは目に見える程の夥しい覇気、或いは邪気が溢れ出し、それが『お披露目』とやらで明かす力の片鱗なのだと望子が気づいた瞬間に。
(じゃしんさんたちのちからが、ふるえて……)
望子の中に宿る二つの力が、震え出した。
ただ、それは恐怖による震えではない。
高揚による震えでもない。
──……『共鳴』、しているのだ。
何の因果か数千年ぶりに──皆、吸収されているとはいえ──四柱が揃ったのだから。
そして、コアノルは己の豊満な胸に手を当てつつ、にやりと昏い笑みを浮かべた上で。
「──火を司る邪神アグナ! 土を司る邪神ナイラ! その邪なる暴虐の力をこの身に!!」
『!? あっ、つ……!!』
愚かにも単独で魔王城まで攻め込んできた二柱の邪神、火を司る邪神アグナと土を司る邪神ナイラの力の覚醒をと叫んだ瞬間、望子が巻き起こしていた豪雨が一瞬で蒸発してしまう程の熱気がコアノルの方から発生する。
『っ、ひやす、ついでに……えいっ!』
蒸発した豪雨は分厚い水蒸気となり、ほぼ視界ゼロとなってしまった事で一瞬パニックになりかけた望子だったが、すぐさま攻撃と牽制を兼ねた放射状の黄色い吹雪を放った。
冷気を操るのは、ハピをぬいぐるみに戻す事で可能となる風の魔術の再現を試して以来だが、それでも既に望子が放つ冷気はハピのそれを遥かに凌駕、一瞬で寒暖差が逆転し。
『よし、これで──……え……!?』
取り敢えず戦況を元に戻せた──と安堵したのも束の間、望子の視界に映ったものは。
煌々と赤熱する魔鋼鉄の角と尻尾。
溶岩の如く沸き立つ飛膜を持つ六枚の羽。
望子とは違い、上半身から下半身までどこをとっても絶世の美女と言う他ない
……を全て台無しにする、元々の腕とは別に肩甲骨の辺りから生えた変幻自在の剛腕。
その変異を垣間見た望子はコアノルと同じ様に、それが何かを瞬時に悟ってしまった。
『あとふたりの、じゃしんさんを……!!』
『……さぁミコよ、ここからは──』
自分と同じく、コアノルもまた吸収していた邪神の力を融合させたのだと確認する様な叫びを上げるも、コアノルから返ってきたのは肯定の返事でも否定の返事でもない──。
『──邪神の力で語り合うとしようか』
『っ、ぜったいに、まけない……!』
──第二ラウンド、開戦の合図だった。
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