第359話 左右の扉の奥で待つ

 場面は、同じく城内の大広間へ移り──。


 勇者一行の六人は二人一組となり、それぞれが受け持った扉の奥で待ち構える三幹部を討伐すべく、ウルのかけ声と共に三つの方向へ分かれて歩を進め、その扉に手をかけた。


 以下は、左右の扉を開けた二組による幹部と接敵する前、及び接敵直後の会話である。


────────────────────


 まずは、ハピとポルネ。


 討伐対象は、魔王の予備サタンズスペア──ウィザウト。


 ローアの触れ込みによると、イグノールとは対を成す『最弱の上級魔族』だそうだが。


「──だからって油断は出来ないわよね」

「……えぇ、そうね。 幹部だもの」


 最弱でも魔族は魔族であるし、そもそも上級として生を受けた時点で自分たちより種として優れているのは間違いないのだから、その情報一つで気を緩めるのは悪手だと分かっている二人の表情に慢心は一切見られない。


 無論、故にこその緊張はある様だが。


「……ちなみに、もう視えてるの?」

「えぇ、もう少し奥に居る──……けれど」

「けれど?」


 そんな中、気を紛らわせる意味でも奥に居る筈の魔王の予備サタンズスペアについて、ハピの眼に映っているのかと問うたところ、あっさり肯定したまではよかったが、どうにも歯切れの悪い返答までもが返ってきた為、二の句を待つ。


「先に伝えておくわ。 ウィザウトはどうも普通の魔族じゃないみたい。 どう見ても姿形が異常なんだもの。 まるで肉と肉、骨と骨とを無理やり魔力で繋ぎ合わせた感じなのよね」

魔合獣キメラ、って事?」

「それに近い、のかしら」


 すると彼女は自分の翠緑の瞳に映るそれの姿が、どこからどう見ても異形の怪物にしか見えず、それこそローアが所属しているという研究部隊リサーチャーが狂気を乗せて造りそうな醜さしか感じないそれを、ポルネが魔合獣キメラを比較に出しつつ疑問符を投げかけた事で、そうなのかもしれない──とハピも一旦は納得する。


 何せ、ここまで来ても魔王の予備サタンズスペアの情報が殆ど視えないのだから、もう無理やりにでも納得するくらいしか出来なかったのである。


「それと、ウィザウトはもうわ。 扉の外からじゃシルエットしか見えなかったのだけど、これで三幹部のうち生き残ったのは生ける災害イグノール漆黒の剛刃ラスガルドかの──」


 しかし、それでもウィザウトの肉塊と見紛う身体の中に事──つまり幹部同士の戦いに敗れている事は視抜けた為、残りの二体のどちらかがウィザウトともう片方の心臓を喰らって強くなっている、あちらの二組は大丈夫だろうかと敵陣の真っ只中にありながら味方を案ずる余裕を見せているハピ。


 そんな彼女に、ポルネは少しだけ微笑み。


「──やっぱり貴女について来て良かった」

「えっ?」


 その時点では全く意図が掴めない、まるで死亡フラグを建てる様な言葉をこぼしてきた彼女に、ハピが要領を得ぬまま問い返すと。


「貴女、言ってたでしょう? 『情報が少ない以上、力押し頼みのウルたちよりは──』って。 貴女は自分で器用貧乏なんて言ってるけれど、それは対応力が高いって事だものね」

「……!」


 要するに、ハピ自身が卑下していた『器用貧乏』なんて表現は、どんな状況にでもある程度は一定以上の成果を見込めるという事でもあり、ハピなら情報が少ない相手でも大丈夫だという安心感があると褒めていた様で。


「……面映ゆいわ、そんな事言われたら」

「ふふ、貴女にもそういう──」


 自分が欠点だと思い続けていた部分こそが長所だったのだと、まさかポルネに自覚させられるとは思ってもみなかったハピが珍しく望子以外に照れる仕草を見せた事で、そんな一面もあったのね──とポルネが微笑んだ。











 まさに、その瞬間だった──。


「──伏せてっ!!」

「え──っ!?」


 突如、迫真の声音と表情にて発せられた警告と同時に、『伏せろ』という指示が間に合わないと判断したハピに頭を押さえられたポルネの頭上を──……何かが、通り過ぎた。


 それは丸いとも四角いとも、それ以外の形状であるとも言えず、そして肉の塊とも骨の塊とも、はたまた魔力の塊とも取れる──。


『ギ、イ"ィィ? グギュウ"ゥゥ……?』


 ──……文字通り、異形の怪物だった。


 ハピの眼からは、あの扉を開ける前から床だけでなく壁や天井さえ這いずっていたそれを視ていたからこそギリギリ反応出来たが。


 ……そうでなければ、きっと。


「な、何よあれ……!!あれが魔合獣キメラだって言うの!? あれが、幹部だって言うの!?」

「……間違いないわ、あの肉塊が──」


 頭上を通り過ぎた後、ベチャッと気味の悪い音を立てて床に落ちた醜いそれに、ポルネが困惑と恐怖と嫌悪感から叫ぶ中、ハピはあくまでも冷静さを失わぬまま肉塊を見据え。


『ガギィ、ギィ! グルルルッ──……ギュア"ァアアアアアアアアアアアアッ!!!』

「──魔王の予備サタンズスペアの、成れの果て……」


 最早、魔族という種を名乗る事さえ許されていなさそうな目の前の肉塊に対して、それこそ同情にも近い憐憫の視線を向けた──。


────────────────────


 二番手は、ウルとキュー。


 討伐対象は、生ける災害リビングカラミティ──イグノール。


 わざわざローアに言われるまでもなく理解している、『最強の下級魔族』が敵となる。


 仮初であったとはいえ、ほんの少し前までは望子と同盟を組んでいたというのに──。


「──あん時ゃ邪魔が入ったし、同盟だの何だのと抜かしてやがったから本気でやれなかったがなぁ……今度こそ、ぶっ殺してやる」


 そんな風に回想していたのも束の間、ウルは邪神との戦いの直前にイグノールとの間に勃発させた何とも不毛な争いを振り返りながら、あの時は望子を慮ったが故に本気を出せなかった、と誰に聞かせる訳でもない言い分を口にした上で、バシッと拳を打ち鳴らす。


 尤も、あの時点で本気を出せていたとしても、あの争いに勝利していたのはイグノールだっただろうが──どうせ認めないだろう。


 それを理解していたからこそ、それとは別の疑問を抱いていたキューが口を開き──。


「本気でやれなかったって事は、ウルも少しくらいは信用してたんだ? イグノールの事」

「……」

「……あれ? ウル?」


 望子の事があったとはいえ、その争いとやらに本気を出せなかった一因に、イグノールへの僅かながらの信用もあったのではないかという、いつものウルならば牙を剥き出し否定の意を叫んでも不思議ではない言葉に、どういう心境からかウルは無言を貫いており。


 少し遅れて彼女の異変を察したキューが首をかしげ、『どうしたの?』と声をかける。


 すると、ウルは一呼吸置いてから──。


「どう、なんだろうな。 『強さ』って一点に限りゃあ信用──……っつーか認めてやってもいいとは思ってた。 だが、ミコを裏切りやがったのも事実。 生かしておく理由はねぇ」

「まぁ、そりゃね」


 ただ、ただ只管に強い──というその一点に関してだけ言えば、ウルは正直なところ一行の誰より彼を認めていると自負しており。


 単純な戦闘要員、魔王討伐への不確かな一助という意味で言うならば、もしかするとウルは彼を信用──していたのかもしれない。


 されど、その信用が望子への信頼や親愛を上回る事は絶対になく、イグノールが望子との同盟を一方的に破った事が覆しようのない事実である以上、殺さずに仕留めるなどという選択肢は最初から存在しない──と口にするウルの言葉にキューが同意を示す一方で。


「……ただ、ただな? もし、あの野郎が生き残ってて……この奥で待ち構えてるんだとしたら、ひとまずぶん殴ってから考える──」


 それはそれとして、キューの言う通り彼を少しは信用していたというのも認めたくはないが事実であった為、彼が幹部同士の戦いを勝ち抜いて他の二体の心臓を喰らった事による強化状態で待ち受けているのだとしたら。


 滅する前に、一回ぶっ飛ばしてから話を聞くくらいはしてやってもいいかもしれない。











「──

「つもり?」


 ……そう考えていた。


 そう考えてやってもいいと思っていた。


 つい先刻、キューと共にくぐり抜けたばかりの堅牢かつ絢爛で大きな扉を開くまでは。


「あいつ多分、敗けてやがる。 この奥から随分と濃いが漂ってきてんだよ」


 それもその筈、扉を開いたその瞬間にウルの嗅覚を掠めたのは、これまでに相対して自分たちが勝利した時の敵たちや、力及ばず敗北してしまった時の自分たちからも漂っていただろう──あまりにも色濃い敗北の香り。


 それを嗅ぎ取った瞬間、彼女は悟った。


 あぁ、あいつ敗けやがったのか──と。


「ウルが負け犬って言うの面白いね」

「……茶化すんじゃねぇ」


 空気を和ませる為か、それとも単に思いついたからかも分からぬ、キューからの冗句にもウルの表情や声音から真剣味は抜けない。


 しかし、だからといってキューの表情や声音に真剣味がないかというとそうでもなく。


「でも、きっとウルの言ってる事は間違いないじゃないよ。 見ちゃったら、ね」

「……あぁ、もうそんなに近づいてたか」


 ウルの嗅覚に基づく憶測はきっと間違っていない──そう告げながら指差すその横顔の真剣さに、ウルも釣られてそちらを向いて。


 話しながら進んでいたからか、ウルが自分で思っていたよりも遥かに彼が待ち受ける場所に近づいていたのかと呟きつつ足を止め。


「──なぁ、よ」


 そんな風に、わざとらしく付けた事のない敬称まで付けた呼び声に、イグノール──いや、は床に胡座を掻いた状態から緩慢とした動きで顔だけを上げ。


『……グギ、キヒ? ヒ、ヒヒ、ヒヒヒッ! ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!』


 ウィザウトとは違い、魔族としての形は保たれているからこそ余計に不気味さを思わせる狂気的な嗤いを響かせながら、ガクガクと生物らしさを全く感じさせない動きと共に立ち上がり、ボロボロの黒い羽を広げた彼に。


「ご丁寧に穴まで空いてるよ、胸のとこ」

「……決着けりもつけずに敗けやがって──」


 やはりウルの嗅覚と憶測は何一つ間違っていなかったという事を嫌でも分からせる、イグノールの胸の辺りにぽっかりと空いて背中側まで貫かれた痛々しい穴を見て、ウルは結局まともな状態のイグノールと決着をつけられなかった事を僅かながら後悔すると共に。


「──解放ころしてやるよ、生ける災害ばかやろう


 確かな覚悟を乗せて、そう呟いた──。

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