第356話 まるで爆心地の様な

 一方、執行部隊エクスキューショナーを相手取るべく空を黒く染める程の軍勢に単身挑んでいるレプター。


 元々、他の大陸における港町の様に整備された土地ではなく、そもそもが荒れ果てた地に枯れた漆黒の樹木が頼りなく植わっている様な、まさしく『死の大地』だったのだが。


 今は、ほんの十数分前と比べ物にならない程の破壊と無数の呪いの爆発の痕跡により。


 まるで爆心地の様な状態となっていた。


 そんな崩壊寸前の地において、たった一ヶ所だけ爆発による破壊を免れた──……否。


 破壊が『無力化された』場所に立つ龍人ドラゴニュートは、その頭上に在る筈の空を黒く染める様に飛ぶ魔族たちと、それらを統率するジオに。


「──そろそろ悟ってもらいたいのだがな」


 ……ただ一言、それこそ親が子供を悟す時の様な口調と声音で以て全員に語りかける。


 お前たちでは、どうにもならない──と。


 せめて、お前たちに呪いをかけた張本人たる魔王の側近でも眼前に連れて来い──と。


 だが譲れない物があるのは双方共に同じ。


「……はっ、テメェの死期をか? 龍人ドラゴニュート


 理解力の低いウルやフィン、そもそもの人生経験が浅めの望子といった面々でも分かる明らかな強がりを見せ、ジオは鼻を鳴らす。


 確かにジオ自体には然程の負傷も見られないし、ジオ以外の同胞の数が露骨に減少している事実に目を瞑れば、その虚勢も頷ける。


 ……しかしながら、しょせん虚勢は虚勢。


「虚勢を張るのも構わないが、それでこの現状を覆せるとは──……到底、思えないぞ」

「……チッ」


 それを看破していたレプターは、ほんの少し焦げついていつつも流麗さは微塵も失われていない金色の挑発をたなびかせながら現実を突きつけ、ジオは舌を打つしかなくなる。


 実際、カナタの神聖術により晴れていた魔族領の空を埋め尽くす程だった筈の魔族たちは随分とその数を減らしており、それでも数に物を言わせられる筈の彼ら、もしくは彼女らは目下の龍人ドラゴニュートの強さに慄いているだけ。


 ……爆発四散なんてしたくない、そう思っているが故に動かない者も居るのだろうが。


 ただ、『強さに慄く』とは言ったものの。


 レプターは、まだ殆ど攻撃していない。


 執行部隊エクスキューショナーの特攻を防いで、いなして。


 防御、着地、落下の衝撃で爆発する魔族たちの魔力や骨肉を翼や鱗、武技アーツで無力化し。


 時折、余裕があれば爪・翼・尾で迎撃。


 およそ数百体程の魔族が特攻し、そして無残にも呪いにより爆発してしまったものの。


 現状、彼女への有効打にはなっていない。


(……これといって防御や耐性に自信がある訳でもないウルに、あの程度の痛痒ダメージしか与えられなかった時点で分かっていた事だったがな)


 尤も、それ自体は攻め一辺倒のウルに対してさえ効き目が薄かった時点で、まず間違いなくウルより防御に秀でた自分には欠片も通用しないだろうとは読めていた様だが──。


 そして、レプターはジオを始めとしてまだ数千体は残っている魔族たちを視界に収め。


「私は可及的速やかに仲間たちの──否、ミコ様の元へと辿り着かなければならない。 ここで退くなら深追いはしないが、どうだ?」


 そもそも、お前たちとの戦闘そのものが時間の無駄でしかないのだ──と暗に告げる。


 深追いしない、というのも本音だろう。


 そんな暇があるなら、さっさと一言之守パラディナイトを解除して魔王城へ向かう方がいいのだから。


 しかし、ジオの答えは──。


「……分かってて言ってんだろ、テメェ」

「……あぁ、そうだな。 その通りだ」


 肯定でも否定でもなく、されどそのどちらかの意思を匂わせる発言と共に顔を歪めるジオに、レプターは『さもありなん』と頷く。


 そう、敵前逃亡などという選択肢はない。


 ……何しろ。


 ここに居る執行部隊エクスキューショナーは皆、呪われた身。


 敵に背中を向けようものなら──即爆破。


 そもそも一言之守パラディナイトのせいで逃げられず。


 また、死を恐れずに向かっていったところで爆破する事に変わりはないし、もし仮に呪いが不発となって爆破しなかったとしても。


 自分たちよりも強い龍人ドラゴニュートに殺される。


 八方塞がりとは、まさにこの事だろう。


 それから、レプターは深く溜息をつき。


「……ならば通せとまでは言わない。 引導を渡してやるから、抵抗せずに討たれてくれ」

「……それも、いいかもな。 つっても──」


 せめて大人しく首を差し出せという彼女なりの慈悲を以ての提案をしたところ、ざわざわと不安と恐怖、僅かな憤怒や興奮に執行部隊エクスキューショナーが苛まれている事も構わず。


 ジオは、まるで悩みに悩み抜いた末にとでも言わんばかりに時間を使った後、彼女からの提案を受け入れそうな素振りを見せつつ。


、だがよ」

「……? 何を、言っ──」


 それは、これからレプターの身に何一つ異常らしい異常が起きなければの話だ──と。


 レプターには何を言っているのかも全く伝わっていないのに、どういう訳か焦燥を抱きながらも僅かな希望を見据えている様な、そんな仄暗い笑みを浮かべるジオを訝しんだ。











 次の、瞬間──。


「──がっ、ふ……っ?」


 何の前触れもなく、レプターが吐血した。


 グラス一杯分くらいの少なくない吐血を。


 それと同時に決して軽くはない眩暈や吐き気、頭痛などを発症すると共に彼女の身体は倒れ──……かけたが、どうにか膝をつく。


 ……異常が、起きたのだ。


 ジオが──……いや、この場に居合わせる全ての魔族が待ち望んでいた異常とやらが。











 何を証拠にそんな事を──……と?


 それは、少し顔を上げれば分かる事だ。


 ジオを含めた執行部隊エクスキューショナーが皆、魔族特有の昏い笑みを浮かべて嘲笑っていたのだから。

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