第355話 扉・時短・二人一組

 城に踏み入った直後、感じた事がある。


 ──……身体が重い。


 ローア以外の全員が、そう感じていた。


 ただ、その原因がはっきりしていないかと言われれば、そういう訳でもない様で──。


「──……外とは比べ物にならないわね」

「うん……多分、魔王の魔力だろうね」


 魔族領に辿り着いた時、魔王城の門の手前で侍女長と会話していた時からそうではあったが、ドロリと身体に纏わりつく様な闇の魔力が城に足を踏み入れてからは更に強まり。


 それが、それこそが魔王コアノルの純然たる魔力なのだろうというキューの見解に、ローアは歩きながら『然り』と首を縦に振り。


「この城は最早、魔王様そのものとさえ言える代物。 城内は魔王様の体内と捉えても問題はない──暴れたところで壊せはせぬがな」

「気分悪ィし気味悪ぃな、ッたくよォ」


 魔王が死なない限り壊れぬ城は最早、魔王の巨大かつ邪悪な外骨格と言い換えても差し支えなく、ならば城内は体内そのものとも言える為、体感する闇の魔力の濃度が高まるのは必然だと語るローアに、カリマは愚痴る。


 ……今まさに暴れたくなっていたから。


 そんな中、また新たな疑念が一行を襲う。


「……つーか、おかしくね? ここは魔王城なんだろ? 何で魔族が一匹も出て来ねぇんだ」

「そう言われれば……さっきの侍女長? とレプターが相手してる軍勢以外は、誰も……」


 ここは魔王城、言うまでもなく魔族たちの巣窟である筈だというのに、つい先程の侍女長や執行部隊エクスキューショナーを除き──魔王や幹部は居るのだろうが──誰も自分たちの侵入を止めに来ないのかという抱いて当然の疑念が、だ。


 その疑念を解消出来るとするなら、この一行では魔族であるローアくらいのものの筈。


「……我輩にも分からぬ。 レプ嬢が相手取っているのは、あくまで執行部隊エクスキューショナーに属する者たちのみの筈。 残る有象無象は何処いずこへ──」


 しかし、その事を疑問に思っていたのはローアも同様だったらしく、あの軍勢が間違いなく執行部隊エクスキューショナーに属する魔族のみで構成されていたと見抜いていた彼女からしても、では他の同胞はどこに──というのは分からず。


 いくつかの予想こそ立てられはすれど、その殆どが憶測に過ぎないという状況の中で。


「──……お、ここか? 広間ってのは」

「そうじゃない? うわ、天井っか」

「アレが三つの扉とやらか、デケェなおい」


 一行は、おそらく侍女長が言っていた場所だろう三幹部が待つ部屋へと繋がる扉が在る広間へと到着し、その三つの扉を視認する。


 流石に城門とは大きさも堅牢さも比較にはならないが、それでも扉の奥で如何なる激闘が繰り広げられても大丈夫な様には見えた。


「上に何か書いてあるわね、えぇと──」


 そんな中、扉の上の辺りに黒と金が基調のプレートが埋め込まれ、そこに何かが記されている事に気づいたポルネが読み取る前に。


「私たちから見て右の扉が生ける災害リビングカラミティ、左の扉が魔王の予備サタンズスペア、中央の扉が漆黒の剛刃ブラックシェイドね」

「……イグノールしか分かんねぇな」

「……」


 誰よりも早くそれに気づき、そして誰よりも視力に優れたハピは右・左・中央それぞれの扉の奥に誰が待ち構えているのかを二つ名で示したそのプレートの文字を読み取った。


 ……尤も、ハピの全てを見透す翠緑の双眸には、その三つの扉の奥でジッと動かず待ち構える三幹部の姿が今も視えていたのだが。


漆黒の剛刃ブラックシェイドはラスガルド、お主らがルニア王国王城にて死合うた幹部の二つ名である」

「……強かったなぁ、あいつ」


 一方、誰も反応していなかったウルの何気ない呟きに対し、ローアは漆黒の剛刃ブラックシェイドなる二つ名こそ、かつて明かされる事もなく戦闘を終えた──ぬいぐるみたちは惨敗した──魔王軍幹部筆頭、ラスガルドの物だと明かし。


 純然たる恐怖からか、それとも武者震いかは分からないが、フィンが数ヶ月前の出来事を思い返してブルリと肌や鰭を震わせる中。


魔王の予備サタンズスペアっていうのは確か、もう一体の幹部よね? 表には出てこないっていう……」


 基本的に忘れっぽいウルと違い、およそ一ヶ月前にローアから仕入れていた幹部の二つ名、魔王の予備サタンズスペアの存在を覚えていたポルネからの改めての情報共有を意図しての問いに。


「イグノールを『最強の下級魔族』と称するのなら、『最弱の上級魔族』がウィザウトである。 純粋な実力だけなら魔王軍最弱とも呼べるが、から幹部に起用された」

「唯一性? 何だそりゃ──」


 魔王の予備サタンズスペア、ウィザウトはある意味イグノールと対を成す魔族であり、およそ幹部に選定される様な実力者ではなかったが、ある唯一性──魔王しか扱えぬ筈の超級魔術を扱えるという一点で幹部になったという詳細を説明する前に、キューがてくてくと歩を進め。


「──ねぇ皆、ここに何か書いてあるよ」

「あ? 何かって何だよ」


 広間への入り口、要は一行が歩いてきた長い廊下と広間との間の壁に、それこそ貴族や王族の間で使われる様な質の良い羊皮紙が小さな杭で打ち付けられており、そこにまた別の何かが記されている事に気がついた様で。


 全員の視線がそちらへ集中してから。


「えぇっと? 『皆様が辿り着く少し前、扉の奥にて待ち構える幹部の御三方は己の心臓を賭けて戦い、生き残った御方は他の御二方の心臓を喰らい強化されています』、だって」

「……幹部同士の殺し合いッてか」

「穏やかじゃないわね」


 誰が指示したのかは明らかにされていないものの、イグノールを含めた三幹部はいわゆる蠱毒の様な事をさせられた挙句、最終的に敗者は心臓を奪われ、それを勝者が喰らって強くなっていると記されているのはいいが。


「……あれ? でも三匹いるんだよね?」

「……そもそも扉の向こうに視えてるわよ」

「んん? どういうこった」

「待って、続きがあるから」


 殺し合いが行われたというなら、その勝者のみが自分たちの相手となるのでは──というフィンが抱いた当然の疑問に対して、ハピだけが得ていた視覚情報を共有したところ。


 ますます一行に疑念が広まってしまった様だが、すぐさまキューが続きを解読し始め。


「『また、心臓を喰われた御二方の空になった器には魔王様の魔力が注がれ、ただ眼前の敵を屠る事のみを至上目的とする傀儡パペットに成り果てております。 くれぐれも油断なさりませぬ様に』──……と、これで終わりみたい」

傀儡パペット、ね……望子への当てつけかしら」


 心臓を喰われた敗者は空っぽになった器に直接コアノルの魔力を注がれ、『目の前の敵を殺せ』という深く昏い意思にのみ従う操り人形になったのだという衝撃的な事実もそうだが、わざわざ傀儡パペットと呼ぶのは望子への当てつけに他ならないとハピは苛立ち舌を打つ。


(……こんな物言いをするのは、きっと──)


 ……望子を『愛らしさ』という一点で手に入れたいらしい魔王の言い草ではないとも思っており、おそらくは別の──……話に聞いた『魔王狂い』の仕業だろうと推測する中。


「六人全員で一つずつ扉を攻略していくってのも悪かねェが、それだと効率悪ィよな?」

「時短にもなるし分担が良いでしょうね」


 ウルやフィンに比べれば遥かに頭の切れるカリマとポルネが、『全員での攻略』と『二人一組での攻略』を秤にかけた時、多少の危険は承知の上で時間の短縮をこそ重んじるべきだと主張した事により一行は頷いて──。


「じゃあ、ボクは漆黒の剛刃ブラックシェイド──ラスガルドにしよっかな。 のリベンジも兼ねて」


 はっきりと覚えていないとはいえ大敗を喫した相手への雪辱を果たしたい──フィン。


「あたしは生ける災害リビングカラミティ──イグノールをぶっ殺す。 ミコへの裏切り、後悔させてやるぜ」


 共に邪神と戦った仲であるからこそ裏切り者への制裁は自らの手で下したい──ウル。


魔王の予備サタンズスペア、ウィザウトね……殆ど情報はないけれど、いいわ。 私が担当しましょう」


 情報は少ないが、だからこそ力押しのウルやフィンが戦うよりはと確信する──ハピ。


漆黒の剛刃ブラックシェイドッつーくらいだし斬撃が得手なンだろ? アタシもちッたァ役立てるかもな」


 望子の為になるなら剣は勿論、盾にでも何でもなる覚悟を既に決めている──カリマ。


「ウルはすぐボロボロになっちゃうし、その場で治してあげられるキューがついてくよ」


 治療も得手である為、重傷を負いがちなウルの薬箱になるべきだと断じた──キュー。


「それじゃあ私はハピと一緒ね。 どこまでやれるか分からないけれど、精一杯頑張るわ」


 残り物と言うと聞こえは悪いが、ある意味この選択は最良と判断している──ポルネ。


 以上、二人一組が完成した──その一方。


「──……で? お前はどうすんだ」


 魔王の予備サタンズスペアについての説明を中途半端に終えて以降、沈黙を貫きつつ何かを為そうとしていたローアに、ウルが話を振ったところ。


「デクストラの意のままとなるのは業腹であるが、ここに残してきた部下と連絡がつかぬ事が気がかり故、我輩は古巣へ赴こうかと」

「……そーかい。 ま、好きにしろよ」

「……うむ、お主らの健闘を祈ろう」


 その場に残るなり移動するなり好きにしろという、デクストラからの言伝通り動くのは気に入らないが、それ以上に研究部隊の部下との連絡がつかない事の方が彼女にとっては余程大きな問題らしく、この場で別行動をと口にしたローアを、ウルはあっさり見送る。


 ……いや、あっさりではないか。


 そこに、これまでの旅の中で僅かにでも培ってきた筈の仲間意識を感じたからこそ、ローアは魔族らしくない微笑みと共に消えた。


 そして、およそ数秒の沈黙の後──。


「いいか、お前ら。 あたしらの主戦場はここじゃねぇ、あくまで魔王討伐が最終目標だ」


 別に望子の代わりの頭目という訳でもないのだが、ウルは率先して全員の注目を集めると共に、これから起こるのだろう三つの戦いは前哨戦でしかないのだと改めて認識させ。


敗北まけはロスにしかならねぇ、全員──」


 きっと魔王と相対している筈の望子の元へ辿り着く事が主目的である以上、幹部との戦いで負けている場合ではない──そんな当たり前で、されど最も重要な事実を突きつけ。


 全員の意思と呼吸が一致した瞬間──。


「──死んでも勝て!! いいな!!」

「「うん!」」

「「えぇ!」」

「ッしャあ!」


 一行は、それぞれの戦場に赴いていった。

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