第354話 天を衝く漆黒の城
一方その頃、ウルたち一行はといえば。
「「──……でっっっっか……」」
魔族領に到着し、カナタが神聖術で闇を払った事で遠目に見えていた時から充分すぎる程に大きな城だとは誰しもが思っていたが。
こうして実際に見上げられる位置まで近づいてみると、もうそんな呟きしか出てこず。
「……如何にもって感じの禍々しさね……」
「城自体も闇の魔力を放ってるみたいだよ」
「窓まで黒いッてのはどういうこッた?」
「……魔族には普通に見えるんじゃない?」
率直な感想しか口をついて出てこないウルとフィン以外の面々も、とにかく平静を保つ為に城を分析するくらいしか出来ていない。
「レプター、本当に大丈夫かな……」
一方、カナタだけは
「案ずる事はないであろうよ、あの様な有象無象に屈する弱者ではあるまい。 そも──」
「そも……?」
「……いや、何でもないのである」
「?」
ジオを含めた
結局、不安を払拭しきる事は出来なかったカナタが『どういう事?』と問い返す前に。
「──なぁ。 あの門、壊していいのか?」
「試してみれば良かろう」
「っし」
こんなところで屯している意味はない、と言わんばかりに未だ跳ね橋の降りていない空堀の向こう側にある巨大かつ堅牢な門を指差したウルの声に、ローアは自身の古巣とは思えないくらい薄情な言葉で以て返答し、それもそうだなと拳を打ち合わせるウルを見て。
「ねぇ! ボクも! ボクもやる!」
「じゃあ合わせ技でいくか?」
「オッケー!」
「合わせ技……?」
自分も一緒にやった方が確実だと判断したのか、それとも単に興味があったからなのかは分からないが『はいはーい!』と勇むフィンに応えたウルの『合わせ技』なる聞き慣れない言葉に、ハピが疑問を抱くのも束の間。
『いくぜ、あたしの炎と──』
『ボクの水! せーの──』
二人は瞬時に
その炎と水の魔力が次第に何らかの生物の形──角、牙、爪、鱗などの部位を持つ巨大な蛇の如き姿──へと変貌を遂げた辺りで。
『『
太陽の如く赤熱し、激流の滝を遡る様に天高く昇り、そして急降下するまでの僅かな時間で更なる巨大化と強化を果たした溶岩の龍は、その火口が如き口を大きく開いて──。
──放射状の溶岩を勢いよく吐き出した。
少し前のイグノールと同じかそれ以上の全長を誇る紅蓮の龍が、その身体を消費しつつ放出する溶岩は最早、門はおろか城ごと溶解させん程の質量と熱量とを併せ持っており。
「うおォ!?
「熱気がこっちまで……!」
「……流石であるな。 しかし──」
標的でも何でもないのに熱気にあてられる一行が、その途方もない威力と焦熱地獄の様な光景に息を呑む中、ローアだけはこの攻撃が終わった後どうなるか分かっているかの如き冷静さで以て、その光景を見つめていた。
そして、およそ三分程が経過した後──。
あれ程の熱量を持つ溶岩が直撃したのだから、城そのものの倒壊とまではいかないまでも、あの門くらいは──と思っていたのに。
「っ、そんな、ほんの少しも……!?」
魔王に振るう為の力だと言われても納得しかねない今の一撃は、あろう事か城どころか門を融解させる事も、そして傷一つつける事も出来なかったという事実に、カナタやポルネ、カリマたちが驚きを隠せぬ中にあって。
「……硬ぇ──……って感じじゃねぇな」
「何でだろ、何やっても壊せなさそう」
当のウルとフィンは、どうやら溶岩が門に命中した時点でその門の──……というよりは門を含めた魔王城の違和感に気づいていたらしかったが、その理由だけが不明な状態。
「
「「概念?」」
「然り」
そんな二人に対して答えを示してきたのは勇者一行随一の知恵者──キューであり、あの城そのものに『不壊』の概念が存在するのではという推測を、ローアは一言で肯定し。
「この城は、この大陸とは異なり魔王様が手ずから創造されしもの。 あのお方が御健在であられる限り、ヒビ一つ入らぬのも道理よ」
「『壊す』のは絶対に無理って事ね──」
つまり、魔王コアノル=エルテンスが存命である間、誰であろうと何であろうとこの城を『壊す』事は出来ないのだと語り、キューに次いで聡いハピが納得していた、その時。
「──……? 誰か門の向こうに居るわよ」
「え? あ、本当だ。 開けようとしてる?」
「魔族の匂いだな……って、そりゃそうか」
あらゆる物を見透す力を持つハピの翠緑の瞳が門の向こうに立つ何某かを捉え、それを聞いて初めて聴覚と嗅覚で反応したウルとフィンの声に、ややあって一行が視線を移す。
「跳ね橋が──……あの魔族は、誰……?」
「
「それにしちャあ強そうだが……」
ガコン、と鈍い音を立ててゆっくりと降りきった跳ね橋を、ゆったりとしつつも鈍くはない綺麗な足取りで現れた青髪の女性魔族に対し、カリマが強者の雰囲気を感じ取る中。
「お主は──……あぁ、侍女長だったか?」
「お久しぶりでございます、ローガン様」
「仮にも
研究しがいのあるもの以外への覚えがめでたくないローアは、どうにかこうにかその魔族が魔王に仕える侍女たちの長であり、そして己と同じ上級だという事実を思い出した。
(上級……道理でなァ)
それを聞いたカリマが、この侍女長に感じた雰囲気こそ上級魔族の殆どが持つ強者特有の覇気だったのだ、と納得したのも束の間。
「……召喚勇者御一行の皆様方。 早速の事で申し訳ありませんが、デクストラ様より言伝がございます──……このまま奥へ突き進んで頂きますと天井の高い広間に辿り着くのですが、その広間には三つの扉があるのです」
「三つの扉? それが何?」
侍女長はゆるりとローアから勇者一行へ視線を移しつつ、ここへは魔王の側近からの伝言を伝えに来たのだと語る彼女が口にした内容の『三つの扉』に注目したフィンに対し。
「その先には、イグノール様を含めた幹部の御三方が待ち構えておられます。 勇者様の元へ辿り着きたくば討ち倒してみせよ──と」
「はっ!? あいつ裏切りやがったのか!?」
「それは、ご自分でお確かめください」
「……戦わないと、いけないのね」
「あんの野郎……!!」
侍女長はスッと横に移動しながら、まるで地獄の入り口であるかの様に真っ暗な門の向こう側を示し、『三つの扉』の先で待っているという三幹部を討たなければ望子との再会は叶わないと告げた事で、ウルは真っ先にイグノールの裏切りを察して強めに舌を打つ。
……実際は少し状況が違うのだが、それを一行が確認する
「また、ローガン様につきましては御三方との戦いでは戦力にならず、かと言って今さら魔王軍に戻るつもりもないのでしょうし、この場に残るも移動するも好きにせよ──と」
「……成る程」
そんな風に少なからず動揺していた一行にも全く遠慮せず、この場で唯一ラスガルドたち三幹部に手が出せないローア、もといローガンについては『勝手にしろ』の一言で済ませ、そのまま踵を返そうとした侍女長だったが、ふと何かを思い出した様に立ち止まり。
「……あぁいけない、もう一つ言伝が」
「まだ何か?」
どうやら三つ目の伝言があった事を寸前で思い出したらしい侍女長に対し、ハピが先を促したところ、侍女長の視線はハピではなく一行の中でも後方に控えていた聖女に向き。
「聖女カナタ様、貴女様のみ別室へご案内させて頂く事になっておりました。 デクストラ様が個人的に話したい事があるから──と」
「私、一人で……」
「大丈夫? ついてこっか?」
カナタにだけ、デクストラから個人的に話がある、その為に一人で別室へ──と聞かされたカナタの様子を見て、キューが割と本気で彼女を案じて護衛は要る? と問いかける。
フィンが絶対にカナタの護衛を引き受けないと分かっている以上、フィンを除いて一行で最強のキューがついてきてくれるというのは、カナタにとっても心強い事であった筈。
だが、しかし──。
「……うぅん大丈夫。 これでも私、聖女なんだから──……でも、その前に皆にこれを」
「ん? 何──っ!? 眩しっ!」
その命を望子の為に使い潰すと心に決めていたカナタは、もしかしたら魔王の側近を討ち取れる好機かもしれないと暗に告げると共に、その両手を水を掬う時の様に合わせたかと思えば、そこから聖なる光の粒をふよふよと浮かび上がらせ──チカチカと瞬かせる。
キュー以外の一行の誰しもが眩しさに目を閉じたり逸らしたりしていたが、いざ目を開けて『何だったのか』と周囲を見た時──。
──ウルやフィンでさえ、すぐ気づいた。
カナタが神聖術を放っていない筈の空や地点にあった闇の向こうを、見通せていると。
「どう、かな……神聖術を皆の瞳に付与してみたの。 これなら私が居なくても──ね?」
「……確かに、よく視えるわね」
どうやらカナタは新たな力の一つとして神聖術を──というより神力そのものを他者に付与するという女神にも似た事が出来る様になっていたらしく、これなら自分が離れていても視界が不明瞭にならない筈だと告げる。
……ハピだけは、この離れた位置から軍勢相手に単独で戦うレプターの姿さえ視えていた様だが、ここでそれを口にはしなかった。
今、皆の気を散らす訳にはいかないから。
「では聖女様はこちらへ。 転移致します」
「は、はい。 皆、頑張りましょう──」
そして、かつては侍女を従える立場にあったからか思わず敬語になりながらも、カナタは侍女長が発動した闇間転移の魔方陣に足を踏み入れ、ローア以外に激励を送って──。
──次の瞬間には、その姿を消した。
それから、ほんの数秒程の沈黙の後。
「っし、そんじゃあ行くか──魔王城」
全員の顔を見回したウルの言葉に一行は無言で首肯し、いよいよ魔王城へと踏み入る。
勇者と魔王の待つ、最後の戦いの地へ。
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