第350話 最期に一花

 ──呪い。


 それは、ありとあらゆる魔術や武技アーツを凌駕する可能性を秘めた力でありつつ、ありとあらゆる魔術や武技アーツを悍ましさすら上回る力。


 術者が強制的に他者に力を与え、それを受けた被術者は間違いなく強くはなるが、その代償として最低でも身体の一部が奪われてしまったり、それこそ命を失ったりもする為。


 大半の人族ヒューマン亜人族デミは呪いに手を染める事はせず、そもそも力が足りない場合も多い。


 それゆえに、この世界における呪いとは。


 として扱われている。


 ──……魔族という種を除いて。


 魔族は、たとえ最も力で劣る下級であっても並の人族ヒューマンを遥かに凌駕し、また自己再生を種の特性として備えている以上、呪いによる欠損などのリスクも最低限まで抑えられる。


 つまり、この世界で最も呪いをかける事に長けた種であると同時に、この世界で最も呪いをかけられる事に長けた種でもあるのだ。


 ……まぁ、そうは言ったものの。


 欠損はあくまでも最低限、命を失ってしまうとなっては流石の魔族も躊躇いはする筈。


 しかし、それをとしたら?


 今回の場合は、そういう事なのだろう。


「──呪われてんの? あいつら全員?」

「まず間違いなく。 術者は──」


 という事を、いまいち理解出来ていなかったフィンからの純粋な問いに、ローアが肯定しつつ推測していた術者の名を口にせんと。


 ──した、その時。


「──あのだ。 分かってんだろ?」

「で、あろうな」

「「「……っ!!」」」


 魔族の軍勢によって黒く染まり、ほぼ何も見えなくなっていた魔王城の方を向いたジオが、『クソ側近』などという明らかな蔑称で以て術者を示唆した事により、ローアはこれといって表情を変える事もなく溜息をつく。


 有象無象は、かなりざわついていたが。


「あいつは、こう言いやがったんだ。 『あの一行に太刀打ち出来るのは最早、私やコアノル様のみ。 貴方がたは、ほんの少しでも一行の魔力や神力を削いでください。 それ以上は期待しません』ってな──クソが」

「……同胞に対する言い草ではないわね」

「私たちでもそんな事しなかったわよ」


 そんな中、戦闘が中断されているのをいい事に、ジオは金髪をガリガリと搔きつつ少し前の会話を思い返し、ハピやポルネさえもドン引きする側近の言い草に改めて毒づいた。


「で、オマエは安全な場所から安全な身体で高みの見物ッて訳か。 良い御身分だなァ?」


 それを聞いていたカリマは、ほんの数分前にジオ自身が『死んでくれ』と執行部隊エクスキューショナー所属の同胞たちに告げていた事を覚えていた様で、ジオには呪いがかかっていないのだろうと踏んだ上で嘲りを込めた笑みを向けるも。


はやんなよ、海皇烏賊スキュラ

「……あンだと?」


 そんな彼女の煽りにも近い物言いをジオが一笑に付してきた為、逆に煽られかけたカリマが神力だだ漏れで威圧してみせたものの。


 その威圧、もといこのやりとり自体に意味がなかったとカリマはすぐに知る事となる。


 彼が、事で──。


「俺だって、立派に爆弾やってんだからよ」

「……はッ、そりゃ憐れなこッて」


 彼がしたのは彼自身の指を鋭い牙で喰いちぎり、それをポイっと捨てた──それだけ。


 だが、その指が先程の魔族の時と同じ様に闇の魔力の爆発を起こしたとあっては、さしもの彼女も事態を理解せざるを得なかった。


 ジオを含め、あれら全てが爆弾なのだと。


 最早、双方共に退けぬ状態なのだと──。


「あぁそうだ、もう言うまでもねぇ事だとは思うが──……?」

「……それも承知の上である」

「どういう、事?」


 そして今にも戦闘が再開するだろうという緊迫感の中、唐突に『テメェ』とローアを指差して、ローア自身も理解している筈の事実を突きつけてきたジオの言葉に要領を得ず。


 おそるおそるカナタが問い返したところ。


「あいつらにかけられた呪いが側近のものなら、その側近に手が出せないローアは──」

「……戦力外、って事?」

「そういうこった、大人しくしてろよ」

「……」


 その問いに答えたのは唯一ローアに知恵や知識で勝り得るキューであり、そもそもの前提として全ての魔族は創造主たる魔王と、その力を直に譲渡された側近や三幹部には逆らえず手も出せないという絶対的な掟があり。


 側近からの呪いを受けている以上、彼らの魂には側近の呪い越しに魔王の影響を受けているも同然であるのでは──というキューの憶測は正しかった様で、ジオからの肯定込みの宣告に、ローアはただ黙り込むしかない。


 こればかりは、どうしようもないからだ。


「さぁ、もう心の準備は出来たろ!? どうせ俺らは死ぬ、テメェらも魔王か側近に殺される!! 最期に一花、共に咲かせようぜ!!」

「ちっ、あぁいいぜ! かかって──」


 そして話は終わりだと言わんばかりに黄金の戦槍斧ハルバードを掲げたジオの二度目となる開戦の合図に呼応した、ウルの舌打ち混じりの啖呵によっていよいよ本格的な戦闘が幕を──。











 ──開けるかと思われたが。


「──……一言之守パラディナイト

「「「っ!?」」」

「こいつは──」


 瞬間、一行やジオといった地上に立つ者たちだけでなく、この空を黒く染める程の数を誇る執行部隊エクスキューショナー全てを閉じ込める巨大規模の守護結界が展開され、その他大勢が何事かという困惑と驚愕に駆られている中、ジオは。


「──……テメェか? 龍人ドラゴニュート

「如何にもそうだ」

「おい、何を……!」


 この結界の術者が、それまで後方に控えていた龍人ドラゴニュートであると即座に看破して、それを肯定したレプターの意図が分からず、ウルが臨戦態勢も崩さぬままに問うてみたところ。


「皆、ここは私に任せてくれ。 こうしている間にも、ミコ様は危険な目に遭われておられるかもしれないんだ──……そうだろう?」

「でも──」


 一言之守パラディナイトの維持に集中しているからか、それとも単に焦燥感がないからなのかは分からないが、レプターは表情も声音も冷静なまま崩さず、ジオと執行部隊エクスキューショナーは自分一人で相手取ると告げてきた事で、カナタが真っ先に彼女を宥めんとした──……まさに、その瞬間。


「──……死ぬなよ」

「無論だ」


 そんな聖女の介入を許さない速度で、『ミコが危険な目に』という事態の重さを理解したウルはレプターの肩に手を置き、『城で待ってる』と暗に告げ、レプターも首肯する。


「っし、行くぞお前ら!!」

「カナタ、じっとしててね」

「ちょ!? れ、レプター!!」

「……頼んだぞ」


 そして、ウルを筆頭にレプターがわざと空けていた一言之守パラディナイトの穴から一行から出ていくのを見送ったレプターはジオへと向き直り。


「……止めないのか? ジオとやら」

「あぁ、構わねぇよ」


 ジオは勿論、執行部隊エクスキューショナーも全く以て一行を止めようとしなかった事に違和感を抱いて問いかけると、ジオはあっさりそれを肯定し。


「俺らだって本音を言やぁ、あの側近にはムカついてるからな。 テメぇらの中の誰か一人でも、あいつの鼻を明かしてくれりゃあ面白いってもんだ。 だから止めたりはしねぇよ」


 正直なところ、デクストラからの命令を全うする事よりも今は、もう誰でもいいからデクストラに一泡吹かせてくれという思いの方が強く、その思いは最早ジオだけでなく全員の共通認識であり、ゆえに通したと語った。


 ──……が、しかし。


「……だが龍人ドラゴニュート──……?」

「……臨むところだ。 私とて──」


 それはそれとして、本音と建前は別物。


 一人くらい仕留めておかなければ、ジオとしても面目が立たないし──……そもそも彼や執行部隊エクスキューショナーにも魔族としての誇りがある。


 ゆえに容赦せず、たとえ数に物を言わせた物量戦であっても卑怯とは思うなと告げた。


 だが、それは勇者の剣と盾レプターとて同じ事。


「──もう一度、ミコ様にお逢いするまでは死なんと決めている。 かかって来るがいい」

「良い度胸だ!! 行くぜ野郎共ぉ!!」

「「「うおぉおおおおっ!!!」」」


 もう間もなく魔王を討伐し、この世界を去るかもしれないあの可憐で幼い勇者の勇姿を見届けるまでは死ねないと決意した彼女の覚悟ある言葉に、ジオは改めて開戦を宣言し。


 万を超える魔族たちの轟く叫びと共に。


 たった一人の龍人ドラゴニュートへ漆黒が襲いかかる。

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