第349話 静寂を裂く黒の軍勢
決して陽の光が射し込む事なく、たとえ天地がひっくり返っても朝が訪れる事はないだろうとさえいわれる常闇の大陸──魔族領。
ただ、大陸といっても他二つ程の規模を誇る訳ではない為、大地と称した方が良い場合もあるが──……まぁ、それはそれとして。
かの地には、夥しい数の魔獣・魔蟲・魔物の原種が所狭しと跋扈し、その光と闇の境界線を恐れる事なく踏み込んだ者を出迎える。
また、かの地の住人である筈の魔族たちでさえ原種にとっては餌でしかなく、それこそ上級クラスでなければ満足な外出も難しい。
当然、神聖術などという魔族の力と対極に位置する聖なる力によって暗闇を晴らした一行の到着に、コアノルやデクストラ及び三幹部を除いた魔族たちを凌駕する原生生物は。
かたや少数なれど豪華な餌の到着だと。
かたや縄張りへの侵入者を撃退せねばと。
角・牙・爪・翼・尾、使える物は何でも使い、召喚勇者を欠いた一行を出迎える──。
──筈、だったのだが。
「──……不気味な程、静かだな……」
警戒心こそ緩めていないとはいえ、レプターのその呟きには確かな困惑の感情が宿り。
彼女を始めとした一行の視界には、カナタの神聖術で払われた闇の向こうに現れた、まさしく不毛の地といった具合の光景が映る。
「何っっっっの面白みもないね、ここ」
「面白さなんざ要るかよ、敵陣だぞ?」
「ウルに言ってないし、ばーか」
「あんだとぉ!?」
「……本当、最後まで緊張感ないわね」
娯楽施設は勿論の事、飲食店や雑貨屋はおろか宿や民家の様な建造物一つも存在しない何とも殺風景な大地を見遣り、いつも通りの漫才を繰り広げるぬいぐるみたちもいれば。
「……てっきり魔族たちの住居か何かくらいはあると思っていたけれど、その原種とやらが棲んでたなら王城で暮らすしかないのね」
「マジで
「言い得て妙であるな」
フィン程ではないが、それこそ城以外を住処とする魔族だって居る筈だと考えていたポルネもおり、それに同意したカリマの絶妙な表現を素直に称賛するローアも居たりした。
「
「そだね。 ここで屯してても良い事は──」
そして、そんな会話をよそに大陸の端に取り敢えず錨を下ろした
「「──ん?」」
「あれは……」
かたや超嗅覚で、かたや超聴覚で、かたや総合的に優れた感覚で何かの接近を悟ったウル・フィン・レプターも一斉に顔を向ける。
その方角、魔王城が聳え立つ方角からは。
「……もしかしなくても、あれは……」
最早、数えるのも馬鹿らしくなる程の。
「侵入者の迎撃、当然の判断であるな」
老若男女入り混じる、魔族の群れが舞い。
「……あぁ、ちょっと遅かったかな」
「蝙蝠の群れ、とか……あはは」
「そんな訳ないでしょうに──」
せっかく神聖術で晴らした空を覆い尽くす黒の軍勢に、キューが呆れや諦めからくる溜息をつき、さも冗談混じりに空気を和ませようとするカナタの言葉を、ばっさりと切って落としたハピがそう言い終わるよりも先に。
「──……久しぶりじゃねぇか、ローガン」
「む? お主は──」
ばさっと単身、一行の前に降り立った一体の男性魔族が、ぎらりと輝く薄紫の双眸で全員を睨みつけつつも、ローア──もといローガンの名を口にした事で白衣の少女が反応。
……数瞬、首をかしげてはいたものの。
「──……あぁ、『ジオ』か。 久しいな」
「じお?」
「
どうやら、その男性魔族はジオという名の
すると、ジオと呼ばれた魔族はそのオールバックの金髪をぐいっとかき上げつつ笑い。
「……はっ、
今こうして白衣の少女に化けているローガンは初見だったらしいが、だとしても隠しきれない昏い闇の魔力で一目瞭然であり、わざわざデクストラから今のローガンについて聞かずとも良かったなと自嘲気味に呟く一方。
「……我輩が年若い少女に化けたまま、かの恐るべき魔王様を裏切ったという情報をか」
デクストラの性格を魔王の次に理解している彼女は、どんな情報を与えられたかも既に看破しており、やれやれと肩を竦めるだけ。
……まぁ化けたも何も。
こっちが本来のローガンではあるのだが。
「それを理解した上で魔王様に楯突くって訳だ。 やっぱりテメェは俺らとも、ましてや側近や三幹部とも違う──
「……言いたい事は、それだけであるか?」
「……あぁ、もういい。 もう充分だ」
そして、どうやら目の前に立つ自分と同じ上級魔族──……否、同じなどとは口が裂けても言えない魔族の中でも異質な存在は完全に反旗を翻したのだと断じたジオが、スッと右手を挙げて軍勢に合図を送ろうとする中。
(……何か、やたら声が震えて……? でもボクらに怯えてる訳じゃなさそうだし……んー?)
そんな彼の声色が、どういう訳か何かに怯えて震えている様にしか聞こえず、されど自分たちに怯えている訳でもないと直感で悟っていたフィンの疑問が解決されるより前に。
「……
「「「……っ」」」
あの異端者が、ただ黙って勇者の味方をしている──その違和感を先程の問答で払拭したジオは、ふっと乾いた昏い笑みを浮かべつつ、『死んでくれや』という本来なら敵を視界に入れて述べる筈の口上を、どういう訳か
そんな彼の呟きを号令と取った
「「「……う、おぉおおおおっ!!!」」」
びりびりと不毛の大地を震わせる程の叫びを上げ、それぞれが持つ武器を高く掲げた。
「ま、魔王様に栄光あれ──」
そして前の方を飛んでいた魔族の一体が息巻いて、我先にと一番槍を務めたはいいが。
「んな雑な
「がっ、は……!!」
「っし、まず一匹──」
突き出した漆黒で三叉の槍は、あっさりとウルに片手で払われ、カウンターの要領で燃える貫手を胸に受けたその魔族が吐血し、それを見て『さぁ次だ次』とウルが彼の胸から手を抜きつつ、ゴミの様に投げ捨てた瞬間。
「──ウル! 離れて!!」
「は? 何だ、どうした?」
誰よりも早く何かを察したキューが、かなりの緊急性を感じさせる声音で以て、『そこから離れろ』と伝えるも、ほんの少しも要領を得ていないウルは首をかしげざるを得ず。
そもそも何から離れればいいのか、と抱いて当然の疑問を感じつつも、
「あ"、うあぁ……っ、ぐ、がふ……っ」
「……? まだ死んでねぇのか──」
明らかに致命傷であり、それこそ即死してもおかしくない筈の魔族が、どういう訳かビクビクと痙攣しながら何やら呻いているという異常な光景を目にしたウルが、キューからの忠告も忘れてとどめを刺そうとした──。
──その、瞬間。
死に体の魔族が大きく膨張し──
「──う!? おわぁ!!」
「はっ!? ウル!?」
当然、至近距離に立っていたウルはその爆発で吹っ飛んでしまい、ほぼ全員が驚きつつも先んじてハピがウルの元へと飛んでいく。
「な、何……!? 魔族が爆発した……!?」
「魔術か? いや、しかしあれは──」
何事だ、と驚く事しか出来ていない聖女も居れば、『ふむ』と唸って研究者モードに入る魔族も居たりしたが、それはそれとして。
「考察している場合か! ウル、無事か!?」
「げほっ、ごほっ……何とかな……」
いくら彼女にとって古巣とはいえ呑気にしていていい事態ではない──と叱咤しつつもハピと同じくウルを気遣うレプターの心配の声に、あれ程の至近距離で爆発を受けた割には軽傷のウルが咳き込みながらも頷く一方。
「闇の魔力の爆発だね、だから神力を纏うウルには効き目が薄かった。 でも何でこんな事を? キューたちの情報は届いてる筈だけど」
「「「……っ」」」
既に、その爆発が魔術ではなく魔族という種が内在して持つ闇の魔力を全て強制的に解放した結果だと見抜いていたキューは、されと何故ウルを始めとした自分たちが神力を得ていると知っていてもおかしくないのに、そんな手段を選んだのかと純粋な疑問を抱き。
その声が届いていた一部の魔族たちが、どういう感情からか襲撃を止め息を呑む中で。
「……成る程、理解した。 お主ら全員──」
キューの理解度よりも更に先、魔族だからこそ及ぶ事の出来る真実に辿り着いたローアは、スッとジオごと
「──呪われているのであるな?」
「「「っ!!」」」
呪い──……と、それこそ魔族さえ慄き忌み嫌う邪悪な力の影響下にあるのだろうと看破した事で、またも魔族たちは息を呑んだ。
……図星だったからに他ならない。
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