第348話 目前、常闇の大地

 望子が寄って集って化粧直しさせられ。


 イグノールが蠱毒に挑もうとしていた時。


「──ねぇウル。 あれだよね?」

「……だろうな」


 召喚勇者たる望子を欠いた状態の勇者一行は、やっと目視可能な距離に接近していた。


 常闇の大地──魔族領が見える距離まで。


 尤も、そう呟いた一行の視界に映っているのは大陸や大地と呼べる様なものではなく。


「……海が、暗闇で区切られてる……?」

「気味悪ィな、おい……」


 ポルネの言葉通りに、そしてカリマの言葉通りに何とも気味の悪い真っ暗な闇で線を引いた様に区切られた大海が見えているだけ。


 昼と夜が同時に存在している様な、ある意味では神秘的と言えなくもない光景に、ほんの僅かとはいえ魅入られていた一行の中で。


「ローア、あれは触れても問題ないのか?」

「確かに、凄く嫌な感じがするけど……」


 少数派とも呼べる冷静さで以て闇を見据えていたレプターの口から出てきた純粋な疑問に対し、ダイアナから賜った神力のお陰か同じ様な疑問を抱いていたカナタが追従する。


「問題なかろうよ。 あの闇は単に魔王様が顕現なされた際に発生したゆえ、たとえ何の力も持たない人族ヒューマンが触れても支障はない」


 しかし、どうやら二人のそれは杞憂だった様で、あの闇は一般的で脆弱な人族ヒューマンが触れたとしても特に悪影響はない──……要は、この世界にも当たり前に訪れるという現象そのものと言っても過言ではないのだと語り。


「ちなみにであるが、ハピ嬢の眼で視通せぬのも単にお主が魔力・神力・精神力など全ての面で魔王様に劣っているがゆえであろう」

「……でしょうね」


 また、あらゆるものを視通す力を秘めている筈のハピの視力が通用しないのは、ただ単にコアノルとハピの力量差によるものだと。


 正直、言われなくても分かっていた事を面と向かって言われたハピは、そうやって溜息混じりに肩を落とす事しか出来ないでいた。


「あぁそれから、あの闇の奥には多種多様な魔獣や魔蟲、魔物らの原種が巣食っている」

「それって強いの?」


 そんな意気消沈したハピをよそに、ローアは更なる補足情報として魔族領を生息域とする魔族とは異なる怪物──原種の存在を明らかにするも、フィンがすぐさま問いかける。


 ……情報としては得ている筈なのだが。


「今この世界に蔓延ってるのは、それぞれの環境に適応していく為に進化していった種だからね。 外敵から逃れる為に敢えて身体を軽くしたり小さくしたりしてる訳だけど──」

「ふんふん、それで?」


 とはいえ、それも今更である以上これといって誰も言及はせず、ローアの代わりにキューが原種とは対となる今の世界の生物たちの退化と見紛いがちな進化の形について享受。


 例えば、かつて望子たち一行が遭遇した魔獣、六角猛牛ヘキサホーンは今でも充分に巨体で筋骨隆々だが、あろう事か原種は内側から溢れ出る筋肉を抑えられずに、その長いとは言えない生涯を終えるまで肥大化し続けるのだという。


 そこだけ聞くと生物として欠陥だらけなのではと思うかもしれないが、そうでもなく。


 成長し続ける筋肉を存分に活かして砲弾の様に特攻し、縄張りを侵す外敵を押し潰す。


 原種に天敵などという概念は──ない。


 そして、それは全ての原種に言える事。


 全ての原種が最強である為に、全ての原種に天敵が存在せず、食物連鎖が成立しない。


 争えば、どちらもが死ぬまで戦いが続く。


 双方に利点がないのだ。


 肉食の原種が捕食するのは寿命を迎えた他の種の屍肉を漁る、いわゆる屍肉喰いだけ。


「原種には天敵なんて居ない。 だから軽くも小さくもなってないし、とんでもなく凶暴なんだよ。 それこそ魔族なんかより危険かも」

「なんか、とは随分であるな」

「でも事実でしょ?」

「……まぁ、それはいい」


 理性があっても知性に欠ける個体の多い魔族より余程危ないかもね──という魔族を舐めきった発言に、ローアは珍しくジト目で反論せんとするも、キューの言う通り事実は事実である為、話を逸らすしか出来なかった。


「そして原種は、すべからく暗闇を好む習性を有している。 あの常闇の大地は、まさに原種にとって理想的な環境と言えるのである」

「……襲撃に備えた方が良さそうだな」


 逸らした後の話題としては、およそ原種は夜行性であるかどうかに関わらず暗闇を好む習性があるというものであり、それを考えると魔族領は原種にとっての理想郷なのだと。


 そう語るローアの話を聞き終えたレプターが、ともすれば到着と同時に襲撃に遭っても不思議ではない──と、そう構えていた時。


「……ねぇ。 試したい事があるんだけど」

「ん? どうした、カナタ」


 キューやローアが話している間、沈黙を貫いていたカナタが不意に声を上げ、レプターだけに限らず一行全員に向けて『試したい事がある』と口にした事で、レプターが問う。


 すると、カナタは一呼吸置いてから──。


「私の神聖術で、あの闇──払えないかな」

「それは……可能なのか?」


 試したい事とは、かの地を覆う暗闇を一瞬でも一部でも彼女──というより聖女の誇る神聖術で晴らせないか、というものであり。


 彼女の力量がどうのというよりも、そもそも魔王顕現の余波を人族ヒューマンの力で払えるものなのかという根本的な疑問に対し、ローアは。


「不可能ではなかろう、あくまで理論上はであるが。 やってみるだけやってみれば良い」

「そう、よね。 それじゃあ──」


 聖女の力が召喚勇者の力と同様に魔王の力と相反するものである以上、不可能ではないという事だけは断言出来る為、取り敢えず試すだけ試してみれば良いと告げられ、それもそうだと納得したカナタは両手を翳しつつ。


「生きとし者へは祝福を、死せる者へは追悼を。 聖なる光は平等に、遍く者へ降り注ぐ」


 伏魔殿を目前にしているとは思えない程の穏やかな声音で詠唱し、その詠唱が終わると同時にカナタを中心として聖なる光の粒子が立ち昇り、イグノールを貫かんとした時とは違う浄化を主目的とした神聖術が完成する。


「──神聖光雨リーネライン


 そして先の詠唱と同じく静かに呟かれた術名を言い終えた瞬間、正しく道を切り拓く様に聖なる光の雨が放射状に前方の闇を裂き。


「おぉ、やったなカナタ! 闇が晴れたぞ!」

「あはは、全部じゃないけどね……」


 謙遜しつつ苦笑するカナタの言葉通り、かの地を覆う暗闇全てを浄化出来たという訳ではないが、それでも彼女の神聖術で街一つ分くらいの規模の闇を晴らす事が出来ていた。


 それから船を、もう少しだけ近づけて。


「で、魔王が居やがるっつー城はどこだ?」

「王城は大陸の中心に──……?」

「あ? 何だよ」


 魔族領の中心に在るという魔王の座す城を探していたウルからの問いに、ローアが同じ様に人族ヒューマン亜人族デミよりも優れた視力で光と闇の両方の景色を見渡しつつ答えようとした。


 ──……その時。


「……どういう事だ?」

「どしたの? ローア」


 ウルの問いに対して答えきる事もせず、そればかりか彼女にしては珍しく本気で困惑しているのが分かる声音で疑問符を浮かべていたのに気づいたフィンが覗き込んだところ。


 ローアは瞳を逸らす事なく、こう呟いた。











「魔獣も魔蟲も魔物も──……消えている」

「「はっ?」」

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