第346話 百年前の居場所にて
一方その頃、望子とは異なる場所に転移させられたらしいイグノールはというと──。
「──……随分と懐かしい場所じゃねぇか」
やはり常闇ではありつつも、イグノール自身が魔族であるがゆえに明瞭に見えているらしい
その部屋は縦にも横にも極めて広く、されど余計な物は一切置かれておらず、ある物と言えば
……何らかの高所作業とは一体、何か。
「あん時ゃまだ龍だったから狭く感じたもんだが……そこそこ広かったんだな、ここは」
それは、イグノールの呟きからも分かる通り、まだ彼自身が巨龍であり研究対象でもあった百年程前、
巨龍だった時は少しでも翼や尻尾を動かすだけで壁や天井にぶつかり、『早く外に出てぇなぁ』と何とも思わなくなってきていた改造手術の苦痛に飽く程の狭い部屋だったが。
一般的な魔族と同じ姿に戻った──色々違うところもあるものの──今の彼には、とても広く新鮮味のある部屋に思えてきていた。
……まぁ、それはそれとして。
「で、これから俺に何させるつもりだ?」
「えぇ、ご説明しましょう」
いつの間にか転移してきていたデクストラに驚く事もなく、ここで何をさせるつもりなのかと問うてきた彼に、デクストラは頷き。
「貴方をここへ転移させたのは、『ミコ様と共に勇者一行の元を離れる代わりに、コアノル様と戦う前に更なる力を与える』という約束を果たす為です──……
「あぁ?」
そもそもの前提であるイグノールとの約束を言葉にしつつ、ここへ転移させたのは何もイグノールだけではないのだと告げる、ここに何某かを招き入れる旨の科白に、イグノールが釣られる様にして扉の方を向くと──。
「……おい、お前は──」
──……そこに、居たのは。
浅黒い褐色の肌と筋骨隆々な手脚。
見る者を萎縮させる薄紫色の双眸。
強靭な手脚にはそぐわぬ黒の礼装。
その逞しい背から生えた一対の羽。
絶対強者特有の全てを圧する覇気。
……そう。
それは、かつての魔王軍幹部筆頭──。
「──……ラスガルド、か……?」
「……久しいな、イグノール」
──ラスガルドの姿だった。
その立ち姿は明らかに、かつてウルたち三人が相対した時と同じかそれ以上の力を感じさせ、とてもではないが死んだ筈の者が纏う覇気ではないとイグノールも僅かに震える。
──……死んだ、筈?
(待てよ、そういやこいつは──)
そうだ、よくよく思い出してみれば。
「お前、死んだんじゃなかったのか? あいつらに敗けてミコに吸収されたって聞いたが」
今、目の前に佇むラスガルドは聞いた話によると、フィンの一撃によって両翼と片腕を失った後、望子の中から現れた何か──もとい、かつての召喚勇者である勇人の魔法で吸収されたらしいのだが、だとしたら何故ここにラスガルドが居るのかという疑問が残る。
それを言葉にせずにはいられなかった彼が問いかけると、ラスガルドは然りと頷いて。
「……あぁ、私も
「何だ? その他人事みてぇな……」
否、然りと頷いた割には何故か随分と他人事の様な口ぶりの彼に、ますます疑問が増えてしまったイグノールが眉を顰めたその時。
「他人事ですよ。 そのラスガルドは、あくまでもコアノル様が自らの記憶から抽出なされた
「……相変わらず訳の分からねぇ事を……」
唐突に割って入ってきたデクストラが言うには、このラスガルドは魔王コアノルが得手とする精神や記憶に作用する魔術の一種を自分自身に行使し、コアノルの記憶にある魔王軍幹部筆頭を再構築した
魔術は苦手なのだから仕方ないのだが。
「で? こいつと俺を引き合わせてどうしようってんだ? 肩でも組んでやりゃあいいのか」
「そう逸らないでください──」
ゆえに、その話を終わらせにかかった彼は次に、そもそも自分とラスガルドを再会させて何をさせようとしているのかと、まさか肩でも組んで懐かしめばいいのかと冗句を口にする彼に、デクストラは首を横に振りつつ。
「──まだ
「何だってんだ──……あ? 何だありゃ」
暗に、イグノールとラスガルド以外にも転移させた者が居ると告げた事で、イグノールが不意に扉の方を向いた──……その瞬間。
ラスガルドが入室し、そして部屋の中心まで歩いてきていた為に離れていた扉の向こうから、ずりずりと音を立てて何かが這ってきていると気づいた彼の目に映ったのは──。
『──……ァ、ア"ァァ……』
──異形。
と表現する他ない肉と骨ばかりの歪な塊。
見る者が違えば吐き気を催してしまっても仕方がない程の醜悪さだが、イグノールは。
「……何だ、ただの
一般的な個体との多少の差異はあれど、それが一つの生物を素体に多種多様な生物を混合させる事で生まれる存在、
上級魔族が発動した魔術によって召喚された魔導生物を素体にでもしない限り、いくらでも替えの利く使い捨ての雑魚──……という程度の価値しか見出だせないからだった。
……が、しかし。
『──ギア"ァア"ァアアアアアアアッ!!』
「うおぉっ!?」
その凝り固まった価値観は、イグノールがギリギリ反応出来るかどうかという程の、ぶよぶよとした巨体からは考えられない速度で突っ込んできた
当然イグノールも黙って体当たりを受ける間抜けではない為、接触する寸前に翼による飛翔抜きで高く跳躍し、その特攻を躱した。
標的を失った
身じろぎ程度だったとはいえ、かつてのイグノールの角や爪、翼や尻尾がぶつかっても壊れなかった強固な筈の壁は、あろう事か大きな音を立ててヒビ割れ、そして崩壊した。
「何だあいつは!? いきなり突っ込んできやがってよぉ! 俺を誰だと思ってやがる!!」
百年経って脆くなっている可能性もなくはないが、かつての自分と同等かそれ以上の力を持っているのかもしれない
「……そうか、そういう事か。 デクストラ」
「一人で納得してんじゃねぇ! 説明しろ!」
イグノールとは違い、この状況でも全くと言っていい程に冷静さを失っていないラスガルドは、どうやら既に全てを察していたらしく、『ふむ』と唸る彼の無表情に更なる苛立ちを覚えたイグノールが矛先を変えた瞬間。
「イグノール。 あれは、あの
聞く者が違えば、それこそ魔王だと勘違いしてしまうだろうという程の覇気を纏わせた低い声音で、ラスガルドは
「──三幹部が一角、
「!? 何だと!?」
今や見る影もないが、イグノールやラスガルドと同列に並べられる三幹部が一角である筈の
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