第345話 一足先に到着、常闇の伏魔殿

 デクストラと何らかの約束を交わし、ウルたち一行と別れて転移した召喚勇者、望子。


 転移先は当然、言うまでもなく──。


 ──常闇の大地、魔族領にそびえる魔王城。


 しかし、そこが本当に城なのかどうかを今の望子が判断する事は残念ながら叶わない。


「──……え、よる……?」


 何しろ、そこは望子の呟き通りに真っ暗な空間であり、ほんの少し光源があれば見える筈の手元や足元どころか、それこそ目の前まで近づけても自分の手さえ満足に見えない。


 ゆえに単なる『夜』ではないと頭では分かっていつつも、そう呟くしかなかったのだ。


「……さっきの、おねえさんは……?」


 少なくとも自分が立っていられるだけの床はあるという事には気づけた望子が、つい先程の女性魔族は近くにいないのかと、おそるおそる一寸先すら見えない闇へと足を──。


 ──踏み出そうとした、その時。


「──こちらです、ミコ様」

「わっ!?」


 突如、背後からかけられた女声に望子は驚き、かなり大袈裟な様子で仰け反りつつも。


「さ、さっきの、おねえさん……?」

「はい、デクストラと申します」

「そ、そっか、それなら──」


 その声が、つい先程まで何らかの約束を交わす為に話し合っていた女性魔族のものだと気づいた望子からの問いに、デクストラは自己紹介も兼ねた肯定の言葉で以て返答する。


 それを受けた望子は、ひとまず安堵──。


「──……じゃなくて、ここはどこ?」


 ──出来る筈もなく、そもそも自分はどこに居るのかと抱いて当然の疑問をぶつけた。


 おそらく魔王城だとは分かっていても。


 すると、デクストラは襟を正してから。


「ここは、かの恐るべき魔王コアノル=エルテンス様の治められる常闇の地、魔族領。 その中心に聳え立つ漆黒の城──魔王城です」

「やっ、ぱり……」


 その事実を突きつけるかの様に、ここが魔族領である事と、その中心に聳える黒の中の黒、魔王の座す城の客間がここなのだと認識させ、それを聞いた望子は自らの推測が的を射ていた事に安堵し、そして気を取り直す。


 ここは紛れもなく──伏魔殿なのだから。


 と、ここで望子が『ある事』に気がつく。


「……あれ? いぐさんは……?」

「いぐさん?」


 ほぼほぼ同時刻に転移させられた筈の、イグノールだけがこの場に居ないという事に。


 そもそも何も見えていないのだから、そこに居るのか居ないのかは分からないのでは?


 という疑問を抱く以前の問題として、『いぐさん』とは誰の事なのかとデクストラは珍しく頭に疑問符を浮かべていたのだが──。


「……あぁ、イグノールの事ですか。 あれは貴女様とは別の場所に転移させております」

「そう、なの?」

「あれにはあれの役割がありますので」

「そっ、か……」


 それも一瞬の出来事、イグノールの仇名だと気がついた彼女からの『既に別の場所へ転移、貴女とは違う役割を果たす為に動いている』という説明に、そう呟くしかない望子。


 その後、数秒程の沈黙を挟んでから。


「では、そろそろ参りましょうか──……と言いたいところですが、そのままでは視界が開けぬでしょう。 悪化イビルナイズの行使を推奨致します。 ローガンから受け取られている筈です」

「いびる……あぁ、えっと──」


 次の行動に移る前に、このままの望子では一寸先さえ見えない筈だと知っていたデクストラは、ここに来る前にローアより受け取っている事も知っていた超級魔術、悪化イビルナイズを行使して視界を確保するべきだと提案してきた。


 一瞬、『悪化イビルナイズ?』と首をかしげた望子だったが、こちらも割と早めに思い至る事が出来た様で、その首に下げた立方体に手を触れ。


『んしょ、これで──……あっ、みえた!』


 闇が光を塗り潰していく様に、その幼く白い身体が褐色に染まっていくと共に年相応だった薄い部位も出るところが出た豊満な身体となり、角も羽も尻尾も魔族然として生える頃には視界も良好となっていたのだが──。


「な……っ!?」


 一体どういう心境からかは不明であるものの、デクストラは何故か望子の姿を見て今までにない程の驚愕の感情を露わにしており。


『? どう、したの? なにかおかしいかな』

「……っ、いえ、何も」


 もしかして何かおかしいのかも、と思った望子が漸く目を合わせられた彼女に向けて問いかけるも、デクストラはすぐさま表情を元に戻し、ふるふると首を横に振ってみせた。


 その反応で何もない筈は、ないのに──。


 とはいえ、さっき会ったばかりの魔族の心の機微を理解しろというのも酷な話であり。


『これから、のところにいくの?』


 望子は、これといって彼女の狼狽に言及する事もなく、あくまでも勇者の立場として魔王相手に敬称など付けずに疑問を投げかけ。


「魔王……えぇまぁ、そうですね。 コアノル様は王の間にてお待ちしておられます──」


 呼び捨てにも近いその口ぶりに、デクストラは若干の苛立ちを覚えつつも、この少女は魔王様のお気に入りなのだと改めて思い直す事で昂りかけた気を鎮めてから、コアノルは王の間で今か今かと待ちわびていると伝え。


「──……が、その前に」

『その、まえに……?』


 王の間とやらに案内する、その前に。


「あのお方は、より可愛らしい物を常に求めておいでです。 無論、今のままでも貴女様は充分に可愛らしくありますが、せっかくですので身嗜みを整えさせて頂きたく思います」

『えっ? な、なになに……!?』


 そもそも望子を欲している理由は『他の何よりも可愛らしいから』であり、このままでも問題なく可愛らしくはあるものの、どうせなら魔王の御前に相応しい身形となるべきだと口にし、『パチン』と指を鳴らした瞬間。


 一体、今の今までどこに居たのかという程の魔族の侍女たちが姿を現し、そんな唐突な展開に望子が驚きを露わにしたのも束の間。


『ちょ、ちょっと!? うわぁああ……!?』


 その侍女たちは一様に望子を運ぶ為に動き出し、さながら神輿か何かの様にどこかへと運ばれて悲鳴を上げる望子を見送る彼女に。


 侍女の内、残った一名が声をかける。


「──……デクストラ様」

「……何です、侍女長」


 どうやら、その魔族は侍女たちを束ねる長だった様で、おずおずと声をかけてきた侍女長に対し、デクストラが問い返したところ。


「あの勇者様の姿は……いえ、そんな筈はないと私も頭では分かっているのですが……」

「……言いたい事は分かりますよ」


 侍女長は、おそらく聞く者が違えば要領を得ないだろう『望子の悪化イビルナイズ後の姿』についての邪推を口にせんとするも、デクストラは即座に彼女の思考を理解し、そして共感する。


 ……魔族の外見は基本的に共通している。


 角が二本。


 羽が二枚。


 尻尾が一本。


 そして浅黒い褐色の肌。


 これは三幹部やローガンのみならず、コアノルの側近であるデクストラも変わらない。

 

 だが、かの存在だけは違う。


 コアノル=エルテンスだけは、違う。


 角は


 羽は


 尻尾は


 変わらないのは浅黒い褐色の肌のみ。


 他の有象無象とは違う、魔王ゆえの差異。


 尤も、かつて魔族に掛けられていた封印を解除した際の影響で弱体化した結果、尻尾以外は有象無象と大差ない姿となっていたが。


「お身体に宿した邪神の力を慴伏なされてからは、デクストラ様が仰られた御姿に戻られたそうですが──……あの勇者様の御姿は」

「えぇ、あの姿と秘めた力は──」


 侍女長の言葉通り、コアノルが二柱の邪神の力を完全に制御し終えてからは、コアノルの姿は元の──……要は全盛期の姿となっていたものの、そこに問題がある訳ではない。


 今の望子の姿と力は、あまりにも──。


 











「──……あまりに、コアノル様と近しい」

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