第344話 勇者を欠いても、我々は

 望子が消えてから、およそ十数秒後──。


 望子も、イグノールも、デクストラも姿を消して、キューだけが取り残された部屋に。


「──……っ、ミコ様っ!!」

「……!」


 扉を突き破らん勢いで、レプターを始めとした三人の亜人族デミが望子を救いに飛来する。


 フィンは何も知らなかった筈だが、どうやら道中で情報を共有していたレプターとハピの会話を聞いて事態を理解したらしかった。


「キュー! ミコ様は!? イグノールは!?」

「レプ、ター……あの二人、は──」


 三人の中で最も素早く無駄のない飛行で以て到着したレプターは、すぐさま部屋を見回して望子とイグノールの姿がない事にいち早く気づき、『おそらくは、もう』と分かっていても認めたくないからか強めに問い質す。


 それを受けたキューは、レプター以上に強い後悔の念を表情に浮かべつつ、レプターが既に弾き出しているだろう答えを口に──。


 ──しようとした、その時。


「連れて行かれた、のね? あの魔族に……」

「っ!! そうなのか!? 本当にか!?」

「……」

「何という事だ……!!」


 その全てを見透かす眼で一部始終を見せつけられていたハピの口から、キューが言おうとしていた答えの全てが出た事で、いよいよ最悪の事態だと悟ったレプターは珍しく取り乱して木製の壁に思い切り拳を打ちつける。


 不甲斐ないキューへの怒りではなく。


 あまりにも鈍い自分への怒りゆえに──。


「キミでも止められなかったの? キュー」

「……ごめん」

「謝ってどうにかなると思ってんの?」

「本当に、ごめん……」


 そんな風に自責の念に駆られるレプターとは対照的に、フィンはフィンで当然の権利の様にキューに詰め寄り、それこそ胸ぐらまで掴んで声を荒げる事なく静かな怒りを発露。


 ……カナタの時もそうだったが。


 フィンの場合は、これが一番怖いのだ。


「落ち着きなさいな、フィン。 ここでキューを責めたところで望子は戻って来ないわよ」


 それを知ってか知らずか、ハピは二人の問答に割って入りつつも、あまりに一方的なそのやりとりを諌めるべくフィンを宥めたが。


『っ!! 逆にさぁ!! 何でそんなに落ち着いてられんの!? 望子が拐われたんだよ!?』


 どうやらそれは逆効果だった様で、とうとう声を荒げ始めたフィンの勢いは止まらず。


 今度は標的をハピと見定めた後、本人の意思とは関係なく恐化きょうかを発動した状態で叱責。


 途轍もない怒りの感情で深く碧く染まった海竜モササウルスの骨を鎧として纏った彼女は最早、誰にも止められない──……かと思われたが。


「──……拐ったのが誰なのか、そして拐われた場所がどこなのかが分かってるからよ」

『それは……っ、そうだけど……!!」


 それでも冷静さを一切崩そうとしないハピからの、ほんの少しの抑揚も感じさせない正論で、フィンは諭され恐化きょうかも解けてしまう。


 拐ったのは、あの魔王の側近。


 拐われた場所は、魔族領。


 もっと言うと、おそらく魔王の城の中。


 かといって放置しておいていい訳ではない為、フィンの苛立ちも分からなくはないが。


 苛立ち、そして声を荒げたところで状況は好転しないという事もまた事実なのである。


 その事を、フィンも漸く納得しかけていたというのに、そこに割って入る者が現れた。


「──おい!! いい加減、何がどうなってんのか説明しやがれ!! まさかたぁ思うがミコの身に何かあったんじゃねぇだろうな!?」

「次から次へと……」


 そう、フィン以上にうるさい人狼ワーウルフの乱入。


「レプター! 警戒をと伝えただろう!? 貴女こそ、まさか任務を放棄してきたのか!?」

「あ"ぁ!? 知るかよ!!」

「な……っ!?」


 ハピの中で呆れの感情の方が強くなってきていた一方、先程ウルに指示していた筈の魔族への警戒と迎撃はどうしたという強めの語気での叱咤に対し、ウルは余計に牙を剥き。


「んな雑用はあいつらに任せてきた! それより、ミコはどこだ!? まさか、本当に──」


 そんな雑用はお前らでやってろ──と、そんな事を本当にカリマたちやカナタに言ったのかという疑問を明らかにもせず、それよりも本当に望子の身に何かあったのかと心からの心配の感情で以て事態を把握せんとした。


 ──瞬間。


「──同行した様であるな。 ミコ嬢」

「「……は?」」


 ただ一人、緩やかな歩みで部屋に入ってきたローアの言葉に含まれた、『こうなる事は読めていた』とでも言わんばかりの呟きに。


 ウルとフィン、両名が真っ先に反応する。


「おいローア……今、何つった?」

「もしかして、キミは──」


 二人の主張はつまり、デクストラの侵入を予想していながらにして放置していたのかという事──……或いは、ローア自身がデクストラを招き入れたのではないかという疑念。


 ここにきて、まさかの仲間割れな展開。


 まぁ元はと言えば、ローアは魔族。


 疑うなという方が難しいのかもしれない。


 しかし、ローアは冷静に首を横に振って。


「勘違いしないでもらいたいが、デクストラの侵入までは我輩も予期していなかった。 しかし、もし彼奴がミコ嬢に接触したのなら」

「望子は、ついていくだろう──……と?」

「然り」

「何で!? 何でそうなっちゃう訳!?」


 このタイミングでのデクストラの介入は全く予期していなかったと前置きしつつも、もし仮に望子とデクストラが接触すれば、ハピの言う通り望子は進んで彼女に連れられて行くかもしれないとは推測していたと告げるローアに対し、フィンは納得いかないと叫ぶ。


「……ミコ様は、こう仰られていた。 『しらなきゃいけないことができたの』──と。 まさか、その『知らなければならない事』を教えるからと唆されたとでもいうつもりか?」

「……それだけでは、ないやもしれぬがな」


 その質問に対しての回答を用意し始めたのはレプターであり、およそ半日程前に望子が全員に向けた表明の中にあった、『しらなきゃいけないこと』をデクストラに悟られ、それを利用されたのではという推測を立てる。


 ローアはそれを肯定しながらも、それ以外にも理由はあるだろうがと呟きつつ、されどその理由とやらを明瞭にはせず黙り込んだ。


「……っ、おい! こんなとこで話し合ってる時間も勿体ねぇ!! さっさと進もうぜ!!」

「そ、そうだよ! みこが危ないかも!」


 そのやりとりを見て現状を把握したのかしていないのか、ウルは改めてジッとしている場合ではないと勢いよく立ち上がり、さっさと進もうという意見に賛同したフィンが、さっそく波の操作に移ろうとしていたその時。


「……おそらく、それはないであろう」

「あぁ!? 何でそう言える!?」


 黙りこくっていたローアからの、おそらくという前提つきの否定の言葉に、ウルは声を荒げて苛立ちながらも彼女の二の句を待つ。


「前に言ってたもんね、ローア。 魔王コアノルは、ミコの愛らしさに惹かれて自分の物にしようとしてるって。 これでもかと愛でられる事はあっても危害を加えられる事は──」


 すると今度は、フィンに責められてからローアよりも長く沈黙していたキューが口を開き、ローア自身が前に言っていた『魔王が望子を狙う理由』について言及するとともに。


 最悪、愛玩動物として愛でられる様な事はあっても、あの愛らしさの塊の如き少女が傷つけられる事はない筈だと補足せんとした。


 ……が、しかし。


「だっ、だったら余計に急がなきゃ! みこは──……じゃなかった、ボクたちの大事な人なんだよ!? 魔王なんかに穢されるなんてボクは絶対……っ、絶対許さない!!」

「分かってる、分かってるわよ! だから、まずは落ち着いて作戦を立てなきゃって──」


 これまた逆効果だったらしく、もしも望子が魔王の『夜の相手』なんて務める事態になってしまったらと考えると、やはり落ち着いている場合ではないと焦るフィンに対して。


 何だかんだ言っても、ウルやフィンと同じ様に心配で堪らないのだろう、ハピも結局は彼女たちと同じく声を荒げてしまい、それでもなお冷静になって作戦を立てるべきだと提案しようとした──……まさに、その瞬間。


「──……『鎮まれ』」

「「「「「!」」」」」


 突如レプターから放たれた威圧、龍人ドラゴニュートの固有武技アーツである龍如威圧ドラガスリートに全員が注視する。


 尤も、ここにはレプターと同等かそれ以上の力を持つ者しかいない為、気絶させたり腰を抜かせたりといった事は出来なかったが。


 その後、全員の視線が集まったのを見届けた彼女は、『聞いてくれ』と前置きしつつ。


「我々の役目は、この世界を魔の手から救う事──……。 それは、あくまでも勇者たるミコ様の役目だ。 よって我々の役目とはミコ様の剣となり盾となる事、違うか?」

「んな事ぁ分かってんだよ!!」


 要約すると、あくまでも自分たち一行は召喚勇者たる望子の役目を補佐する為の存在であって、この世界を救うのは望子自身だという当たり前と言われれば当たり前の今更な確認に、ウルは『何が言いてぇんだ』と叫ぶ。


 フィンも同じ様な事を考えているだろう。


 他三人は、分かっているかもしれない。


「分かっているなら話は早い、この最悪な状況でも我々の役目は変わらないのだ。 たとえ勇者を欠いても、我々は前に進むだけ──」


 その事を知ってか知らずか、レプターは主にウルとフィンの方を向きつつ、たとえ勇者が自分たちの元を離れたとしても、その身が魔王の元にあるというのなら自分たちが為すべき事は何一つ変わらない筈であると──。


「勇者様の──ミコ様の武具となる為に」

「……っ!! あぁ、そうだ!!」

「……えぇ、そうね」

「うん! そうだよね!」


 未だ自分たちは、勇者の武具であるという事を再認識させる旨の力ある言葉に、ぬいぐるみたち三人が覚悟を決めていく中にあり。


(何とも単純な事であるな──……尤も、だからこそミコ嬢は此奴らや我輩さえ慮って……)


 ローアは一人、単純な思考回路をしているぬいぐるみたち──ハピは空気を読んだだけなのだろうが──を見て余計に冷めつつも。


 こんな者たちが傍に居たからこそ望子は誰にも優しく、その優しさが仇となり今回の様な事態を引き起こしたのだろうという事に。


(勘づいているのは──此奴だけか)


 気づいていたのは、ローアを除けば──。


(ミコ──……一人には、させないよ)


 キュー、ただ一人だけだった。

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