第342話 光と闇の境界

 一方その頃、勇者一行。


 それまでは中途半端に翼や尻尾、角や鱗といった龍の部位が残っていた三素勇艦デルタイリスもすっかり元に戻り、ヒドラの死を悼んでいたカリマたちや、アザトートとの戦いの最中に倒れてしまっていたレプターも漸く目を覚まし。


 どうやら未だに機嫌を損ねたままであるらしいイグノールを除いた全員が、およそ一時間程前の望子の覚悟と決意を共有してから。


 また半日程の時間が経過した頃──。


 ちょうど夜が明けるくらいの時間帯に戦いが終わった兼ね合いで、すっかり元通りとなった大海や空が夕陽により茜色に染まる中。


「──……? 何、あれ……」


 高い高い船檣の上で見張りをしていたハピの瞳が何かを捉え、その翠緑の瞳を細める。


(夜──……じゃないわよね。 そうだとしたら私の眼でも見通せる筈……じゃあ、あれは?)


 それは──『闇』、としか言えない何か。


 他にどう表現すればいいのかもよく分からないが、まるで世界をそこから二つに分かつかの様に海が光と闇で区切られているのだ。


 ハピが脳内で呟いている通り、あらゆる物の情報を見抜くどころか透視もこなしてのける彼女の超視力も機能しない程の完全な闇。


 一体、何だというのだろうか──?











 ──否。


 彼女は、その闇が何かを知っている。


 すぐに思い至らなかったというだけで、その闇の奥に何があるのかも知っているのだ。


 決して朝が訪れる事はなく、もし仮に朝日が昇ったとしても晴れる事はない常闇の地。


 ローアから、そう聞かされていた場所。


(……もしかしなくても、あれは──)


 そう、あの場所は言うまでもなく──。


「──然り。 あれが魔族領である」

「っ!?」


 瞬間、全く気取られる事なく背後まで飛んできていたローアの、ハピが脳内で考えていた事に対しての肯定の言葉に驚きはしたが。


 この魔族がこんな感じなのは今に始まった事ではない為、声を荒げるだけ無駄であり。


「……そう、なのね。 あれが望子の──いいえ、私たち召喚勇者一行の最終目的地ゴール……」

「うむ。 今しばらく時はかかろうが」

「そうね、もう半日くらいはかかるかしら」


 こうして話を進めた方が良いと理解したがゆえの冷静な声音による返答に、おそらく見えてはいないのだろうが魔族であるがゆえに感じる闇との距離をハピと共に語らう中で。


「……でも伝えるくらいは良いわよね?」

「構わぬよ。 どのみち何も出来ぬしな」


 まだ到着は先だといっても『魔族領が見えた』という事は伝えてもいいか、なんて彼女としては珍しくうずうずした様子を見て、ローアは特に悩む事なくあっさり許可を出し。


 それを受けたハピは、すぐさま栗色の翼を広げて飛び立ち、ゆっくりと甲板へ向かう。


「──皆! 魔族領が見えたわよ!」

「マジか! どこだ!?」


 そして一行の殆どが集まっている甲板にて比較的大きな声を出したハピからの、やっと魔族領が見えてきたという待ち望んでいた報告に、ウルは身を乗り出して前方を見たが。


「ハピの眼で見えたって話じゃないの?」

「ウルの眼じゃ見えないよねー」

「うっせぇな! いいだろ別に!!」

「「すぐ怒るー」」

「あんだとコラァ!!」


 如何にも子供っぽい行動を、フィンとキューに正論で諌められてしまったウルが、これまでも何度か見た仲間に向ける用の怒気を発し、フィンたちが『わー』と大仰に騒ぐ中。


「ようやッと魔族領か……そろそろ切り替えねェとな、ポルネ。 他でもねェミコの為に」

「……えぇ、そうね。 そうよね」


 追悼の締めとばかりに葡萄酒を呷っていたカリマたちは、そろそろ気を引き締め直すべきだ、と示し合わせてグラスをかち合わせ。


「レプター。 私、役に立てるのかな……」

「案ずるな、カナタ。 私も居るのだから」

「……ふふ、それは心強いわ」


 覚悟を決めたとはいえ、まだ自らの新たな力を確認出来ていない為に不安がっていたカナタを、これといった根拠のない励ましで鼓舞せんとするレプターに笑みを向ける一方。


「……あら?」


 ここで、ハピが何かに気がついた。


 本来なら最初に気がつくべきだった。


 ……ここに、あの子がいない事に。


「……ねぇ、望子はどこにいるのかしら?」

「ん?」


 ウルとの諍いを終え、ふわふわ宙に浮いていたフィンを捕まえて望子はどこかと問い。


「あぁ、みこなら『いぐさんをおこしてくるね』って、あいつが寝てる部屋に行ったよ」

「そうなの? じゃあ後で伝えれば──」


 そんなハピの一瞬の不安に対し、フィンの答えは何ともあっさりしたもので、まだ部屋から出てこないイグノールを起こしに行ったらしいと知った彼女は安堵すると共に、その全てを見透す瞳を船室が在る方へ向け──。











 ──思考が、そこで止まった。


「──……ぇ?」

「どしたの?」


 声にするつもりはなかった疑問の感情が声になった漏れた時、圧倒的な聴力の影響で聞き逃さなかったフィンが問い返したところ。


「……あそこに、魔族が……」

「へ? あそこってどこ?」


 最早、言葉としてギリギリ成立しているかどうかという程に掠れた声と、ふるふると震えた指で以てしてハピが示した方向へ、フィンは何事かと疑問を抱きつつも顔を向ける。


「……あ、そっか。 キミって透視が出来るんだっけ? それなら魔族が居るのは当たり前じゃん、あいつは歴とした魔族なんだし──」


 しかし、ここで珍しくハピの眼の特性に思い至ったフィンは、『あそこに魔族が』という呟きがイグノールを指したものだと思い込んで、『何を今更』と笑い飛ばそうとした。


 ……だが、それは叶わなかった。


 何故ならば、ふと横を向いて見たハピの表情が、あまりにも深刻なものであったから。


 そして、もう一つ──。


「──違う!!」

「へっ?」

「っ、イグノールが寝てるだけだった筈の部屋に、が居るのよ!! その魔族が今……望子の前に!!」

「はぁっ!?」


 フィンの声を否定すると共に、その栗色の翼を広げて飛び立ちながら、この船へといつの間にか乗り込んでいたらしい正体不明の魔族の存在を明かしてきたからに他ならない。


 最終目的地ゴールまで、もうすぐだというのに。

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