最終章
第341話 準備は万端
ついに最終局面を迎えた魔王討伐の旅。
望子を始めとした勇者一行が決意を新たにし、その少し後に合流してきた残りの面々とも決意と覚悟とを共有していた一方で──。
最終局面への決意と覚悟を決め、あちらよりも早く戦への準備を整えていたのは他でもない望子たちの一行の最終目的地に住まう。
常闇の地を支配せし、かの恐るべき魔王。
「──首尾はどうじゃ? デクストラよ」
「はっ、良好でございます」
──コアノル=エルテンスである。
彼女は今、既に自身の中に宿した二柱の邪神の力を完璧に制御し終えていた事に加え。
その為、勇者一行を魔族領にて迎え撃つ準備をする様にと全軍へ言い渡していたのは彼女ではなく側近のデクストラなのだが──。
……誰も、それを指摘する事はない。
というより、する筈もない。
千年にも亘る封印を解いた反動で遥かに弱体化した彼女にさえ、その他大勢の魔族たちは頭が上がらなかったというのに、こうして邪神の力すらも慴伏させてしまった魔王に。
指摘するなど、出来よう筈もないのだ。
「
その後、ベッドに寝そべる魔王とは対照的に姿勢良く直立した状態で報告を続けるデクストラの口からは、コアノルの麾下にある三つの部隊の成果が語られんとしていたが、どういう心境か最後の一つである
彼女との付き合いが浅い同胞たちなら、その心境を読み取る事など出来なかっただろうが、ここに居るのは──かの恐るべき魔王。
「──勝利したのじゃろう? ミコたちが」
「……その様で」
全ての邪神が排除された事による安堵感。
魔王の希望が叶う事への確かな慶び。
幼く可愛らしい召喚勇者への嫉妬。
召喚勇者一行が全なる邪神に勝利したという事実からの、それら全ての感情が入り混じったゆえの言い淀みである事を、コアノルは何でもない事かの様に看破してみせたのだ。
「妾の中に宿る邪神どもの魂が反応しておるのじゃ、わざわざ聞かずとも分かろうというものよ。 で、それだけではないのじゃろ?」
尤も、コアノル自身が口にしている様にデクストラの心境を見抜いたというだけではなく、コアノルが吸収した二柱の邪神の魂が痛いくらいに反応を示したからという事もあった様だが──……まぁ、それはさておいて。
ぐっすり寝ていた主人を起こしてまで報告しに来たのだから、それだけではあるまいと真剣な声音で問いかけてきた魔王に、デクストラは表情一つ変える事なく首を縦に振り。
「元
「誰が殺した?」
コアノルが手ずから
「判断が難しい、と
「んん?」
一介の観測手では断定しかねる──という思考の放棄とも思える口火を切り、それでもよければと補足された上での報告を伝える。
「……フライアたちは、どうやら自らその身を捧げた様でして。 その後、肉体は完全に消滅し、ローガンの手によってミコ様がお持ちの
一体どこから観ていたのかは全く分からないが、どうやら
「あちらも戦の準備は万端という訳じゃの」
「貴女様に敵うとも思えませんが……」
「ふふ、どうじゃろうなぁ」
まず間違いなく
……いや、
(しかし、
どこまでも己の知的好奇心に忠実なローガンであれば、おそらく六つ全てを超級で埋めてくるだろうと考えていた彼女としては、どうして
尤も、コアノルの考えは殆ど合っており。
実際は上級の
それから数秒程、思考を巡らせていたコアノルは、『まぁいいか』と思考を切り替え。
「それで?
「えぇ、まぁ……そこそこかと」
「そこそこ? 何じゃ、拍子抜けじゃのぅ」
デクストラに一任していた、イグノールやラスガルドに並ぶ三幹部の一角、
「元の肉体や魔力が単なる下級クラスですので。 その点だけを鑑みれば、イグノールは確かに優れていた──……のかもしれません」
「妾に牙を剥いた唯一の同胞じゃしな」
「……私は、まだ腹に据えかねていますが」
「ふはは。 何、気にする事でもなかろう」
「……まぁ貴女様が良いのであれば……」
まるで拗ねた子供の様に、そもそも下級クラスの肉体や魔力しか持たないのだからと言い訳しつつ、その素質だけを見るならやはり
彼女にとって、イグノールは別に可愛らしくも何ともないが、それはそれとして彼我の実力差を分かっていてもなお、強者に挑む事をやめられない彼の様な存在は貴重なのだ。
手駒としても、そして敵としても──。
「さて、いよいよじゃぞ? デクストラ。 ついに、あの可愛らしさの塊の様な召喚勇者が妾の、妾だけの物になる。 準備は良いな?」
「……魔王軍一同、準備万端でございます」
その後、報告を終えたデクストラに対してコアノルはベッドから起き上がりつつ声をかけ、とうとう望子が手中に収められる事実への悦びに浸る魔王に、デクストラは粛々と頭を下げて、『いつでも号令を』と口にする。
そんな側近の言葉に、コアノルは満足そうに頷いた後、全なる邪神との戦いが勃発した方角の空も海が見える窓の方を向いて──。
「さぁ来るがいい、ミコよ。 妾は魔王で其方は勇者。 千年前の再現といこうではないか」
昏い、暗い、闇い笑みを湛えて呟いた。
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