第340話 清算を終え、いざ最後の地へ

 全なる邪神との激闘が終幕を迎えた後、時間としては僅か数分程の夢を見ていた望子。


 目覚めたくないとは思いつつも目覚めなくてはいけない──……そんな葛藤を子供ながらに抱いていた望子が、ついに現実に戻る。


 異世界という名の、現実に──。


 少しずつ望子の瞳に映ってきたのは、アザトートとの戦いに約一日を要した為、一行を照らし始めていた夜明けを報せる太陽の光。


「──……こ、みこ!!」

「……っ、ぅ……?」


 そして、少しずつ望子の耳に届いてきたのは、ここまでの旅の中で間違いなく最も望子の名前を呼んでいただろう亜人族デミの呼び声。


「ミコ! 大丈夫か!? 怪我はねぇか!?」

「何かあったの? そんなに泣いて……」

「もしかして、アザトートの影響が……?」


 そんな彼女に続く様に、ウル・ハピ・カナタの三人も、フィンの腕に抱かれた望子を心配する旨の言葉や視線を向ける中にあって。


、何よりである。 ミコ嬢」

「正直、だったもんねぇ。 あれは」

「ろーちゃん、きゅーちゃん……?」


 ローアとキューの二人だけは望子の身に起きた全てを理解していた様で、『今代の召喚勇者としての役割』を望子が放棄してしまうのでは──そう危惧していたとばかりの言を口にし、それを理解しきれなかった望子が首をかしげつつ二人の名を呼んだのも束の間。


まみえたのであろう? お主の実の父親に」

「「「「!!」」」」


 夢の中で今は亡き父親との邂逅を果たしたのだろう、という確信めいた問いかけをローアが投げかけた事で四人が驚く中、望子は。

 

「……うん。 あえたよ、おとうさんに」

「そっか……良かったね、ミコ」

「うん……もう、あえないけど……」

「あっ……ご、ごめんね……?」

 

 とても哀しげな、それでいて憑き物が落ちた様な表情を浮かべつつ頷き、そんな望子を慰めるつもりでキューは笑いかけたのだが。


 その言葉のせいで漸く逢えた父親との早すぎる別れを思い出した望子の顔は曇り、それをいち早く察したキューの謝罪に対し──。


「──うぅん。 もう、だいじょうぶだよ」

「……みこ……?」


 父親が自分の為に亡くなっていたという耐え難い事実を乗り越えたからか、それとも未だに謎めいた母親の正体を知らねばならないという使命感に駆られていたからか、フィンが違和感を抱く程の変貌を見せつけた望子。


 その顔は、とても八歳児のそれではなく。


 まさしく勇者に相応しい精悍さがあった。


「……みんな、あとはまおうを──」


 そして四柱の邪神を討伐した今、残る脅威は魔王コアノル=エルテンスのみだと理解したうえで、この場に居る全員に改めて『共に戦ってほしい』と告げんとした──その時。


「──……あ、れ?」

「どうした? ミコ」


 今度は望子が、とある違和感を抱いた。


「いかさん、たこさん……とかげさんに、いぐさんもいないけど……どうしたの……?」


 そう、この場──……というか未だに巨龍の状態から戻っていない三素勇艦の甲板には全員が揃っている訳ではなく、カリマやポルネ、レプターやイグノールが居ない事に気づき、きょろきょろと見回しつつ問いかける。


「レプターは、まだ目覚めてないの。 この戦いで肉体も精神も随分と消耗しちゃったみたいで……でも、すぐに元気になると思うわ」

「ほんと?よかった……」


 その問いに対し、カナタはまずレプターについてを語り始め、どうやら彼女は未だ肉体的にも精神的にも回復していないらしかったが、もうじき目覚めはするだろうと説明し。


「カリマとポルネは──……ほら、あそこ」

「え? あ……なに、やってるの……?」


 それを受けて安堵した望子の肩を今度はフィンが軽く叩きつつ、カリマとポルネの現状を語る為に甲板ではなく海の方を指差して。


 望子がそちらの方を向いたところ、そこでは二人が上半身だけを海面から出した状態で肩を寄せ合い、祈りを捧げている様な──。


「アザトートに吸収されてた水の邪神が死んじゃったんだって。 それで今だけは、そっとしておいてあげよって事になってるみたい」

「みずの、じゃしんさんが……」


 何だろう、と疑問に思っていた望子に対して、フィンは水の邪神ヒドラの死を隠す事なく伝え、せっかく今は落ち着いている時間なのだから好きにさせてあげようという心配りからの行動なのだと分かりやすく説明した。


 ……正直、望子としても風の邪神の事があった為、出来れば生きていてほしかったのだが、もう何を言っても遅いのだと傷心する。


「最後にイグノールについてを語る前に、これを受け取ってほしいのである。 ミコ嬢よ」

「? これって──……なに? これ……」


 そして、この場にいない最後のメンバーである、イグノールについてをローアが語らんとするも、その前にと彼女は望子に宝石の様な水晶の様な紺碧の何かを優しく手渡した。


 これは? と望子が問うてみたところ──。


「水の邪神が死の間際に遺した物、言ってしまえば力の結晶である。これを禁忌之箱パンドラーズダイスへ込めれば水化アクアナイズが更なる進化を遂げる筈である」

「……じゃしんさんが、くれたの?」


 カリマとポルネが祈りを捧げ始めるよりも前に、あらかじめ『あの人の遺物だ』とカリマから手渡されていたのだという水の邪神の力の結晶であり、これを込めればより一層の水化アクアナイズの強化が見込めるだろうと語る一方で。


 果たして、これは好意でくれた物なのか。


 それとも無理やり奪った物なのかと気になった望子の問いに、ローアは首をかしげて。


「嫌々、という様子ではなかったらしいが」

「……そっか。 うん、ありがとう」


 そんな筈はないと思いつつも、ローアからの『少なくとも無理やりではなかった』という言葉を聞いた望子は、ほっと一息ついた。


「そして、イグノールはレプ嬢と異なる理由で眠りについている。 まぁ不貞寝であろう」

「ふてね? なんで……」

「全なる邪神に手も足も出なかったからであろうな、あれでも悔いているのであろうよ」

「そ、そうなんだ……」


 その後、イグノールは全なる邪神に手も足も出ず、そして千年前の召喚勇者の力にただ圧倒されるだけだった自分に嫌気が差し、おそらく本当に寝ている訳ではなかろうが、ローアの不貞寝という表現に望子は苦笑した。


 それから話も一段落ついた頃──。


「──……さて、皆の衆。 兎にも角にも邪神との戦いは終わり、かつての召喚勇者の魂も消滅した。 これで残るは魔王様の討伐のみ」

「……そうか。 もう旅も終わりなんだよな」

「長い様で短かったわね。 感慨深いわ」


 わざとらしく咳払いをして全員の注目を集めたローアからの、『旅の終わり』を嫌でも感じさせる旨の言葉を受け、ウルやハピが僅か半年程とはいえ懐かしげに目を細める中。


「……ねぇ、ろーちゃん。 ろーちゃんは、ほんとにいいの? まおうを、たおしても……」

「……ふむ」


 ここまで来ておいて何をと思われる事を承知の上で、ローアの主人であるところの魔王を討伐せんとする自分たちに協力している現状の是非を問うた望子に、ローアは唸って。


「構わぬよ。 今の我輩の興味は最早、勇者と魔王の戦いにしか向いておらぬ。 その戦いの末に魔王様がどうなろうと知った事ではないゆえ我輩に気など遣わずともよいのである」

「……わかった」


 望子を安心させる為か、にこりと彼女らしくもない朗らかな笑みを浮かべつつ、この昂り続ける好奇心を満たす為なら魔王への敬意など何処吹く風だと曰うローアに、どこか納得のいってなさそうな表情で望子は頷いた。


 そんな事が言いたい訳ではなかったから。


 しかし、それを伝えたところで適当にあしらわれるだけだという事も分かっていた為。


 望子は、ゆっくりと立ち上がってから。


「……みんながそろったら、またいうけど」

「「「「「「!」」」」」」


 全員が揃っている訳ではない以上、改めて言う事になるとは思うけどと前置きし──。


「わたし、ができたの。 もとのせかいにかえるまえに、しっておかなきゃいけないことが。 だからもどってきたの。 おとうさんにあえた、あのゆめから」

「「「「「「……」」」」」」


 ローアが言った『無事の帰還』、キューが言った『賭け』という言葉が示す通り、あの幸せな夢から戻らなければならなかったのは未だ母親の事が不透明なままだったからで。


「……だから、いまのわたしは……このせかいをすくうためにまおうをたおしたいっておもってるわけじゃないかもしれない……それでも、みんな……ついてきてくれる……?」


 ゆえにこそ、たった今この瞬間から『召喚勇者の望子』は救世の為ではなく、その謎について知りたいという望子自身の望みの為に動くかもしれない──そう正直に明かした上で、それでも力を貸してくれるかと問うた。


 そんな望子からの問いかけに、ここまで望子を中心として魔王討伐の旅を続けてきた一行は十秒弱程の沈黙に包まれていたが──。


「ふふ、前にもこんな事あったわよね。 あの時から私の答えは変わってないわよ、望子」

「とりさん……」


 妖艶な笑みを湛えて受け入れる、ハピ。


「あぁ、あたしらの全てはお前のもんなんだからな。 お前の好きにすりゃあいいんだよ」

「おおかみさん……」


 望子の黒髪を撫でながら肯定する、ウル。


「そもそも、ボクはみこの為に頑張ってるんだから! みこの為なら何でもしちゃうよ!」

「いるかさん……」


 ぎゅっと抱きつき全てを捧げる、フィン。


「キューが生まれる切っ掛けをくれたのはミコだからね! 君の力にならせてよ、ミコ!」

「きゅーちゃん……」


 誰より聡く、誰より快活に笑う、キュー。


「……我輩たちは一応、『おともだち』とやらなのであろう? ならば是非もなしである」

「ろーちゃん……」


 どこか照れ臭そうに頬を掻く、ローア。


「私は、この命を貴女の為に使い潰すと決めたの。 必ず、元の世界に帰してあげるから」

「かなさん……」


 誰よりもおわりを覚悟している、カナタ。


 最早、改まって確認するまでもなく。


「ありがとう、みんな……っ、よし! ぜったい、まおうをたおしてせかいをすくおう!」

「「「「「おーっ!!」」」」」

「お、おー……」

「恥ずかしがってんじゃねぇよ、ローア!」

「あはは!」


 この場に居合わせていないレプターたちも含め、その想いは一つだったのである──。


 さぁ、いざ──……最後の地へ。

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