第331話 届けろ、その声を──

 ここからが、キューとローアが立てた壮大な作戦の最終段階、水の邪神の引き剥がし。


『──っ、やったわ! 辿り着いたわよ!』

『マジか!? じゃあ、あたしらも──』


 そこまでの一部始終の全てを視ていたハピの口から、まるで作戦を完遂したかの様な声が飛び出た事により、『もう動力供給こっちはいいよな!?』とウルは参戦しようと勇んだが。


「──駄目だよ、ウル。 むしろ、ここからが本番さ。 動力が少しでも欠けたら巨龍は墜落するし、キューたちの役割は変わらないよ」

『……っ、でもよぉ! 戦力不足だろ!?』


 そんな彼女を根っこで制したキューは、ここでの役割は上の戦場で活躍する一行の役割と重要さ自体は変わらないという事と──。


「大丈夫、戦闘が主目的じゃないからね。 ポルネの声が届くかどうかと、ポルネを守り続けられるかどうかにかかってるんだから、ただただ攻めるだけの君は要らないよ。 ウル」

『……はっきり言ってくれんな、おい』


 そもそも『ヒドラを引き剥がす為にポルネの声を届ける』、『それまでポルネを死守する』というのが最終目標である以上、基本的に攻撃しかしない──……というか出来ないウルは上での作戦には不要だと告げ、それが正論だと分かったからかウルの表情は暗い。


 水の邪神が素体である為、火属性しか持ち合わせていない自分は大した戦力にはならない──と、自覚していたのも大きいだろう。


『まぁまぁ、やらなきゃいけない事が分かってる方が良いじゃん! みこのが頑張ってくれてるんだからボクらも頑張ろ!』


 そんな中、今の状況を分かっているのかいないのか、フィンからの底抜けに明るい声音によるウルを宥めつつ全員を鼓舞する旨の言葉──……の様でいて、さも望子の恋人面をしている様にしか見えないドヤ顔の彼女に。


『……おい、こいつ今……』

『言わせておきましょ』


 ウルとハピは明らかに、フィンの言葉の一部に確かな違和感と苛立ちを覚えてはいたものの、だからといって反論している時間も惜しいというのも事実である為、互いを宥め。


「──さぁ、ここからが正念場だよ! 出し惜しみなんていらない! 動力の許容量も気にしなくていいから全力で注ぎ込み続けて!!」

『……あぁ、そうだな』

『……えぇ、頑張りましょう』

『よーし、あと一息だぁ!』


 そうこうしている内に上では本格的な戦闘が始まったのを悟ったキューの、この中で誰よりも聡いからこその誰よりも危機感を以た声音による、それでいて自身の策に強い自負を持った笑顔での激励に、ウルたち三人はそれぞれの返事で以て返す──……その一方。


────────────────────


 黒々とした魔力と神力が混ざり合って一つの巨大な雷雲の様になり、そのせいで辿り着くまで具体的な光景が見えてこなかった、アザトートと勇人との戦い──……その全貌。


 そこまでの経路でさえ『地獄絵図』だ何だと曰っていた一行の見積もりが、いかに甘かったのかという事が嫌でも分かる惨状──。



 ──否、正確には何も分かっていない。



「……何なんだよ、これは……火も水も風も土も闇も光もぐちゃぐちゃじゃねぇか……」


 強いて言うなら、イグノールの言葉にもある通り全ての属性が粗雑に入り混じり、まるで素人には全く以て理解出来ない類の絵画か何かの様に六つの色が渦を巻いている──。



 ……くらいの事しか分からない。



 ただ、これは何もイグノールが魔術的な理解度で劣るから──……という訳ではなく。


「……意欲を掻き立てられる光景である事に疑いはないが……こうも理解が及ばぬとは」


 イグノールと比べて、どころか一行の中でも神樹人ドライアドたるキューに比肩する程の知能と知識を有している筈のローアですら、ほんの一部を把握出来るかどうかという程度であり。


「……もう終わりなンじャねェか世界……」

「そうならない為に頑張るんでしょう?」

「……ポルネアイツが、なァ」

「……そうね」


 当然ながら、キューやローアはおろかハピにさえ劣るカリマやカナタは既に思考を放棄して、これから最終作戦に挑むポルネを守る事でしか力になれないと自覚さえしていた。


 尤も、やる事が一つに決まっているというのは逆にありがたくもある為、彼女たちの表情はこの状況の中にあっても暗くはなく、それが唯一の救いと言える──かもしれない。



 そして渦中の海神蛸ダゴン、ポルネはといえば。



「──……と、そんなところである。 少しでも扱いを仕損じれば、お主は死ぬ。 よいな」

「……っ、えぇ。 必ず、やり遂げるわ」


 既に『完全なる理解』を諦めていた──あくまでも、この場ではだが──ローアから薄紫で三角形の魔道具アーティファクトの様な何かを手渡されつつ、それを握りしめ決意を新たにしている。


 その三角形の正体は魔道具アーティファクトではなく、俗に魔呪具ギアスツールと呼ばれる代物であり、いわゆる『危険性を排除していない魔道具アーティファクト』とも言い換えられる程の禍々しいそれの中には、ローアが誇る超級魔術の内の一つが込められていた。



 その魔術の名は──……闇呑清濁ダクドランク



 かつて、ローアが生ける災害リビングカラミティの隠し玉を呑み込む為に行使するも、その絶大な魔力の爆発と光線によって中途半端に終わった魔術。


 全なる邪神との激闘に比べれば遥かに劣ると言わざるを得ない、あの戦いの時点で本領を発揮する事さえ出来なかった魔術を、どういう目的で扱わせようとしているのか──?


 それは、この魔術を行使する上での本来の用途である『全てを呑み込む』事ではなく。


 この魔術を行使した瞬間に出現する、『凶悪極まる牙と舌だけの巨大な口』が目当て。


 牙と舌しかないという事は明らかに声帯は存在せぬと分かるものの、それでも先の戦いで闇呑清濁ダクドランクは空間ごと震わせる様な咆哮を轟かせており、ポルネが持つ魔呪具ギアスツールを介せば。


 単純に、あの大きさで以て声を届けられるのではないか──……という旨の策だった。



 ……果たして、そう上手くいくのか?



 仮に上手くいったとしても、そう易々と全なる邪神を通して水の邪神に声が届くのか?



 その問いの答えは──。











「『──……っ、っ!!』」

『っ!? ぐ、お……っ!?』



 ──……最早、言うまでもないだろう。

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