第330話 幻影と侮るなかれ
──
それは正確に言うと魔術ではなく、それを行使する術者の魔力の内の一部を体外に放出し、その術者が持つ属性に応じた分身体を作り出す──……謂わば、一つの技術である。
当然、本来なら単なる魔力の塊でしかない
ちなみに、ダイアナの加護を得たフィンすらも上回る力を持つ
リエナ程の使い手であれば、そのくらいの特異性を持たせる事は出来そうなものだが。
……残念ながら、それは出来ない。
何故なら、その技術は勇人が召喚勇者の力として授かっていた
フィンの
仮に望子の持つ
……そもそも、この様な危険極まる異世界になど喚び出されてほしくはなかったというのが彼の本音だったが、こうなった以上は肉体全てを滅ぼしてでも力を分け与えておいて良かったのかもしれない、とも思っていた。
そんな勇人の意思を宿した幻影は今──。
「──……とんでもねぇな、おい……これで幻影だって言われても納得出来ねぇよ……」
「……これでも半分程の筈であるがな」
かつて勇人と死合った過去を持つ筈の魔王軍幹部、
半分程、というのは比喩でも何でもない。
今も戦場の中心で全なる邪神と世界が揺れる程の激闘を繰り広げている彼は、およそ半分かそれ以下の魔力しか割いていないのだ。
尤も、それは彼が
それでも、この幻影は本体と比べれば遥かに劣り、アザトートには決して及びはせず。
されど、この世界を生きるほぼ全ての生物を軽々と凌駕する程の強さを有してもいる。
──たかが幻影と侮るなかれ。
事実、勇人が望子の肉体を通してのみ扱える奇妙かつ途轍もない威力と規模を誇る力を使わずとも、その六つの力で
《──はは、何だか懐かしいね。 この炎は》
《ほら、行っておいで。
『『『グェエ"ェエエエエッ!!』』』
《……
《……これは望子に相応しいのかな……?》
《……いや、こっちの方が相応しくないか》
《そうそう、こういうのこそ相応しいよね》
──……幻影と侮るなかれ、たとえ半分かそれ以下とはいえ先代勇者の影なのだから。
(望子のお父さん──……の分身? が味方で良かったわ……こんなの本当に地獄じゃないの)
正直どちらも地獄絵図なのではないか、と動力室から視ていたハピが途方に暮れる中。
《全体的に扱いやすいな。
当の幻影は、この激しい戦闘を繰り広げる間にも鼻唄なんて鳴らしながら、その小さな小さな立方体に六つの力を込めた様々な者たちや、それらとは年齢どころか種族も異なるのに仲良くなれた愛娘を褒めちぎっている。
おそらく本体も同じ事を考えている筈。
自分の肉体を滅ぼしてでも力を分け与える程の親バカなのだから、それも無理はない。
「凄い、本当に凄い……これなら全員──」
一方、『全員、無事に生還出来るかもしれない』という先程まで抱きかけていた希望が復活しそうになっていた、そんなカナタに。
《──……聖女カナタ》
「ひぁっ、はい!?」
「……」
(あ、あれ? 私にしか聞こえてない……?)
まさかの幻影から名指しで声がかけられた事により、カナタは心底びっくりしつつも返事をしたが、ポルネは特に反応していない。
どうやら彼女にしか聞こえてないらしい。
《もう間もなく、あの戦いの中心に辿り着くね。 そうなったら僕の役目は終わりだけど》
「は、はい……?」
すると幻影は、びっくりするカナタに構う事なく、そして迎撃の手を全く緩める事もなく語り始め、その
《──……その後は、どうする?》
「……え? どうする、って──》
突如、幻影の声が低くなり真剣味も帯びたという事実は、たった一言である筈の『辿り着いた後の行動』という問いかけさえ、カナタの思考を停止させるのに充分すぎた様で。
およそ数秒にも満たない時間、スッと答えられない彼女を待つ事もしなかった幻影は。
《あの
「っ、そ、それは……でも……っ」
そもそも、ポルネの声を届けてヒドラを引き剥がすと一言に言ってもそんな簡単に事が進む訳がなく、もし仮に数時間近くかかるとしたら、この数分程度で消耗寸前となる様な粗末な力しかない君に何が出来るのか──。
という、ある種の正論をぶつけられてしまったカナタだったが、それでも諦めるなどという選択肢を用意する訳にはいかないのだから、どうにか自分なりに反論しようとする。
《ま、僕から言えるのはそれだけ。 せいぜい努力するといい──
「え? ど、どういう──……あ、あぁ……」
しかし結局、幻影はカナタからの微かな反論さえ待つ事なく、その姿をまさに陽炎の様にゆらゆらと揺らめかせつつ、ひらひらと片手を振って意味深な事だけ言い残して──。
ふっ、と役目を終えて完全に姿を消した幻影の向こうに映った景色は、また地獄絵図。
『──……ついに来たか、この領域まで』
《幻影ありきとはいえ、よく頑張ったね》
赤・青・黄・緑──……そして黒の五色が入り混じり、まるで世界そのものが渦巻いているかの様な戦場の中、巨龍に乗った一行を感情の違うそれぞれの笑みで迎える両者に。
「後は頼むぜ、ポルネ……」
「えぇ、必ず……!!」
最早、力を使い果たしてヒドラに声を届けるどころではないカリマの頼みに、ポルネは覚悟と決意を秘めた薄紅色の瞳を輝かせた。
かつての恩人を
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