第329話 《愛娘の為に》「小さな勇者の為に」

 全員が生還出来るかもしれない──。



 そんな淡い希望を胸に抱いていたのは何もカナタだけではなく、ポルネやカリマは勿論の事、漆黒の大海での戦闘の全てを動力室から視ていたハピも同じ様な事を考えており。


(……意外といけそう──……なのかしら?)


 決して全なる邪神を甘く見ている訳でもなければ、ポルネやカリマを始めとした仲間たちの力を過大評価している訳でもないが、それでもこのままいけば或いは──と期待してしまう彼女を咎める事など出来ないだろう。


 それが絶望的な光景を視てしまっているがゆえの希望的観測ならば、なおさらである。



 しかし、やはり現実はそう甘くない──。



「一発まともに食らやぁ終わりだ! んな事ぁ言われなくても分かってるたぁ思うがな!」

『グ、ルルゥ……ッ!!』

「……勿体ない、あぁ何と勿体ない……」

「うるせェな! 後にしろ後にィ!!」


 今は、どうにかこうにか直撃は回避出来ているし、たとえ躱せなかったとしてもローアとカリマが全てを迎撃出来ており、ローアの研究者としての好奇心が溢れそうになっているのを軽口で諌めるくらいの余裕もあるが。


「……っ」


 その余裕が全て空元気である事を、カナタは後ろから見ていたからか気づいてしまう。


(消耗が激し過ぎる……全員の体力に魔力に神力、全部を常に回復し続けてるのに全然足りない、ほんの少しも満タンにならない……っ)


 何せ、ローアとキューが立てた作戦が実行されたその瞬間から、カナタは過剰とも言える程の回復をイグノール、ローア、カリマの三人に与え続けているにも関わらず、それぞれの力の器を満たす事が出来ていないのだ。


 つまり、カナタが回復する先から一行の体力も魔力も神力も、ダイアナの加護で強化されている筈の聖女の治療術を遥かに上回る勢いで消耗し続けているという事に他ならず。


(……このままだと私が一番最初に──)


 このままなら──……と希望を抱いたのはカナタ自身なのだが、そんな彼女自身が脱落してしまい、カナタという回復手段を失った一行が動力室の面々ごと、サラーキアを除き全滅する最悪の事態が視えて。



 ──バチィンッ!!



「っ、何を弱気になってんのよ私……っ!」

「!? か、カナタ!? どうしたの!?」

「何でもない! 気合い入れ直しただけ!」

「そ、そう……? それなら良いけど……」


 否、気を引き締めるべく両手で思い切り自分の頬を挟む様に叩いたカナタに、ポルネは割と本気でびっくりしてカナタの正気を問うも、カナタから返ってきたのは『気合いの注入』という曖昧な返答だけ。


 ……ウルやフィンなら『そうか』とか『そうなんだ』とか言って興味を失くすのは目に見えているが、あいにくポルネは一行の中でもローアやレプターに次いで聡明だった為。


 誰に聞かせる訳でもなく、カナタの口を突いて出たその一言だけで、ポルネは悟った。


(弱気って……まさか、もう限界が近いの?)


 カナタの限界が近い事も、それに伴う自分たちの破滅も──……悟ってしまったのだ。


(……まだ作戦が始まってから数分しか経ってないのに? ミコちゃん程じゃないとは言っても、この子にだって相当な魔力や神力が──)


 事実、ポルネが考えている通り作戦が動き始めてからまだ三分も経過しておらず、いくら何でも勇者である望子には劣れど聖女であるカナタもまた凄まじい程の魔力を有し、そして神力量もダイアナの加護によって底上げされている筈なのに何故──と困惑するも。



 これに関しては特におかしな事ではない。



 ただ、ダイアナの加護を完全体ですらないアザトートの力が上回っているというだけ。



 そして、何よりも──。



 カナタが持つ聖女としての聖なる力が、かつて勇人を召喚した聖女の力に比べて発展途上だった事が最大の誤算だと言えるだろう。


 ……実のところ、キューはカナタが聖女としてを把握しているし、その為に何をすべきなのかも重々承知してはいる。


 だが、その条件はカナタが自ら思考を巡らせて気づく事でしかクリア出来ず、キューが伝えたところで何も変わりはしないという。


 ゆえに、この戦いにおいてのカナタは何かの切っ掛けで聖女としての覚醒を遂げるか。


 もしくは、発展途上な状態でも最後まで力を尽くすかしか、やれる事はないのである。



 当然、ポルネはそんな事など知らない。



 しかし、それでも──。



(いくら私にしか出来ない役割があるって言っても、こんな……私一人だけ守られて……っ)


 自分より年下な筈の少女が、こうも死力を尽くしているというのに、ただただ守られ続けているだけの──最も重要な役割を自分が担っているとは分かった上で──自分に嫌気が差したポルネは図らずも前に出てしまい。


「っ、私も迎え撃つわ! 八足オクト──」

「えっ!? ちょ、ちょっと──」


 突然の参戦にカナタが疲弊で青ざめた顔で驚きを露わにするのを尻目に、ポルネが迫り来る魔獣たちに向けて八本の足の先から、ダイアナの加護で強化された薄紅色の光線を放ち、それらを迎撃せんと試みるその一方で。


「おい! そっち行ったぞ! 迎え撃て!!」

「テメェに言われなくても──はっ?」


 神の気まぐれか、運命の悪戯か──ちょうどそのタイミングで巨龍が躱しきれない攻撃が発生した為、言われるまでもなくカリマが青白い斬撃を飛ばそうとした、その先には。


「っ、邪魔だポルネ!! 何してンだァ!!」

「えっ──あ……」

「不味い──……っ、えぇい畜生どもが!」


 魔獣たちが放った四つの属性を帯びた攻撃の軌道と、カリマが放とうとしていた青白い斬撃の軌道が重なる位置に、ほんの少し反応し遅れたポルネが居るという光景が映った。


 それをいち早く察したローアが闇素変換ダクブーストによって発生した光を指と視線で動かし、ポルネを救おうとするも魔獣たちがそれを妨害。



 最早、回避する事は出来ない──。



(カリマの言う通りだわ……私、何やってるんだろう……作戦も無視して、ちっぽけな矜持プライドを守る為に勝手な事を……自業自得、ね──)


 その絶望的な状況を察してか、ポルネは産まれて初めて走馬灯の様なものを脳内に思い浮かべつつ、ほんの僅かに自分の奥底に宿っていたのだろう海神蛸ダゴンとしての矜持プライドを守る為に身勝手な行動を取ってしまった事を悔い。


「クソォ!! 死なせてたまるかァ!!」

「おい烏賊いか! 持ち場を離れんじゃ──」


 そんな恋人の諦めた様な顔を垣間見てしまったカリマが衝動的に突っ込んでいき、それをイグノールが咎めんとしたが、もう遅い。



 最初の脱落者は、ポルネ──。











 ──……とは、ならなかった。



「──……え? み、ミコちゃん……?」

《違うよ、海神蛸ダゴン

「え、あ……っ」


 眼前まで迫っていた筈の魔獣たち及び魔獣たちの攻撃の数々は、いつの間にか船まで戻って来ていた勇人の掃除スイープで消し飛ばされ、そんな彼の後ろ姿を思わず望子のものだと錯覚してしまったポルネの呟きに対し、やれやれといった風に溜息をついた勇人が否定する。


 顔立ちそのものは望子のままだが、それ以外の要素──身長、体格、纏う六つの力などなど──は何もかも望子とは規格が違う為。


 不意だったとしても間違うかな──という旨の呆れからくる浅くない溜息だった様だ。


「ど、どうして私を……? わざわざ、こんな私を助けに……?」


 そんな中、間違いなく彼によって命を救われたポルネは、どうして身勝手な行動を取った自分の様な存在を、あの激闘の中心から距離を取り魔獣殲滅に力を消費するという相当な不利益を被ってくれたのかと問うも──。


《……勘違いしないでほしいな。 ここに居る僕は『撮影フォト』って力で顕在してる分身、本体と同じ思考で動く残像の様なものだからね》

「……確かに、本体はあっちにいやがんな」

分身ドッペルとはまた異なる力であるか……」


 どうやら勇人は別に戦場から離れた訳ではなく、ここで今ポルネ達と会話している彼は本体となる勇人の姿を『意思を持つ幻影』として空間に投影した存在に過ぎぬと明かし。


 事実、地獄の様な激闘の中心にアザトートだけでなく勇人の姿がある事を、ローアとイグノールが魔族の優れた視力で視認済みだ。


《そもそも君を助けたのは君の為でもこの世界の為でもない──……愛すべき娘の為だ》

「……っ」

「今そンな事言わなくてもいいじャねェか」

《大切な事だからね》


 また、ポルネを助けたのはあくまで愛娘たる望子の為であり、まかり間違ってもポルネ個人を救うべく動いたのではないと冷たい黒瞳を向けられて、ポルネは思わず息を呑む。


 分かっていた事とはいえ、やはり勇人は自分たち一行の味方などではなく、どこまでいっても『子を心配する親』をで行く最強の存在なのだと分からされていた──その時。


「──……だったら同じですね」

《……何だって?》


 いくら魔獣たちの侵攻を勇人の幻影が止めているといっても、やはり騒々しい事に違いはない現状には似つかわしくない、ただただ静かで力のある声に反応した幻影の視線の先には決意を秘めた瞳を浮かべる聖女がおり。


「私たちもあの小さく勇敢な勇者様の為に戦ってるんですから! そこに違いなんてない筈です! そうでしょう!? !」

《……?》


 そんなカナタの口から勢いよく飛び出してきたのは、『立場こそ違えど目的は一緒な筈だ』という共闘の持ちかけと──……望子や勇人にとっては馴染み深いだろう呼びかけ。


 それに何かしらの違和感を抱いて首をかしげたのは、何も勇人だけではなかった様で。


(……今、何と……?)


 望子が自己紹介しているのを聞いた事があったローアは、それが日本とやらでの名乗り方や呼び方なのだろう事は分かっていたものの、どうしてカナタまでもがと疑問を抱く。


 それに、ローアが間違っていたり聞き逃したりしていなければ、カナタは千年前の召喚勇者の名を知る機会などなかった筈であり。



 ほんの少し、カナタへの不信感が増した。



 漸く、カナタからローアへの警戒心は随分と薄れてきたというのに、誠に遺憾である。


 翻って、勇人は勇人で物珍しそうな瞳をカナタに向けていたが、すぐに気を取り直し。


《……は、近そうだね》

「え?」


 今のところ一行ではキューだけが知っている筈の、カナタの聖女としての覚醒の条件が満たされる日は近いかもしれないと呟き、それに対してカナタが返答する間もなく──。


《……まぁいい、手を貸してあげるよ。 君たちが何を目論んでいるのかは分かってるし》

「あ、ありがとうございます……っ!」

「「「……!!」」」


 僕が本体でもこう決断するだろう──と付け加え、ついに千年前の召喚勇者も本格的に一行の作戦に協力してくれる事になった喜びから、カナタを始めとした全員が決意を新たにする中、ローアだけは少し俯いていたが。



 それは決して負の要素からではなく──。



(……これなら五分──……否、七分まで上がるか? 何にせよ好機、正念場であるな……)


 この布陣であれば五分どころか七分近くまで確率が上がると脳内で計算し直していたローアの表情もまた、いつもの彼女らしい昏く愉悦に満ちたものへと戻っていたのだった。

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