第327話 最終作戦、決行!

 対アザトート戦における最終作戦──。



 それは、アザトートが『完全体』ではないという唯一にして絶対の欠点と、その身体が水の邪神ヒドラを素体にしているという事実に基づいて、ヒドラと最も近しい存在である海神蛸ダゴン海皇烏賊スキュラの声で以て水の邪神を引き剥がし、その形を保てなくなったところを。


 望子の中に宿る《それ》──……いや、千年前の召喚勇者である勇人ゆうとがとどめを刺す。


 これこそ、キューとローアが全なる邪神の覚醒後すぐに思いついていた作戦であった。


 その作戦を遂行する為に最も重要となる工程は、この巨龍の機動力を最大限まで高めるべく、ウルたち三人のぬいぐるみが動力室のボイラーに火・水・風を注ぎ込み続ける事。


 イグノールの龍如傀儡ドラグリオネットだけでは、こうでもしないと全なる邪神と召喚勇者との戦いに介入する事が到底不可能だからに他ならない。


 ちなみに、この三素勇艦デルタイリスを造った──というか改良した鬼人オーガ妖人フェアリーは決してこの事態を想定して蒸気帆船にした訳ではないものの。


 結局、彼女たちが得意げに話していた『瞬間的な加速』を求めて使用せんとしているのだから、これもひとえに望子たち一行の活躍や人当たりの良さが功を奏した結果だろう。


 もしも望子たちが港町で何の成果も挙げられず、その無能を棚に上げる様な者たちだったとしたら、こうはなっていないのだから。



 そして今、動力室では──。



『──……っ、凄ぇ持ってかれんな……!』

『あ、暑いし熱いし……くらくらする……』


 すっかり健常な状態にまで快癒したお陰で問題なく恐化きょうかを行使出来ていた三人が、それぞれ火・水・風の魔力を放出し続けており。


 一般的な亜人族デミとは比較にもならない程の魔力量を誇る彼女たちでさえ放出というより吸収に近い感覚のせいでよろめいてしまったり、そもそもの目的である高温の蒸気の発生で意図せずふらついてしまったりする中で。


「頑張って三人とも……! ちょっとでも気を抜いたら、この龍は墜ちる! イグノールの力だけじゃ、あの戦いには入れないよ……!」

『言われなくても……っ!!』

『分かってるってば……!』


 三人の少し後ろに立って、それぞれの首や腕や足といった部位に蔦を巻きつける事で魔力や神力の恒常的な供給をしていたキューからの激励を受けた二人が更に力を増す一方。


『……』


 ハピだけは、ボイラーに向けて黄緑色の風を送り込みつつも何故か上の方を


 その全てを視透かす双眸には、ウルやフィンは勿論キューにさえ予測は出来ても見えてはいない漆黒の大海そのものが武器や怪物と化す程の激闘の全てが赤裸々に映っており。


(とてもじゃないけど同じ場所で起きてるなんて思えない……まだ魔王との戦いを控えてるのに、こんな総力戦みたいになるなんて……)


 穏やか──……とまでは言わないが、あの戦いの場と比べれば遥かに安全と言えるこの動力室と、この世界を揺るがす程の戦いが同じ海域で起きているなどと言われても当事者である彼女でさえ信じ切れないというのに。


 あろう事か、この戦いは最終戦とも呼べる魔王との戦いの前哨戦でしかないという事実にハピは認めたくない気持ちで一杯になる。


 ……アザトートと召喚勇者の戦いが始まったのは、せいぜい数分前だったというのに。


 最早、地獄と呼んだ方がマシと思える惨状が広がっていたのだから無理もないだろう。


(……ポルネたちが役目を果たしてくれるのを祈る事しか出来ない、か──……頼んだわよ)


 しかし、だからといって──……いや、だからこそ気を抜く訳にも諦める訳にもいかない為、甲板にてローアの指示を受けている様に視える海神蛸ポルネ海皇烏賊カリマが各々の役割を果たしてくれます様にと祈り、その一助になるべく全力で以て巨龍の機動力を向上させる。


『全力だ全力! 気合い入れろお前らぁ!』

『あぁもうこっちも暑苦しい……!』

『頼むから真面目にやってよ……』


 ……それを分かっている筈の他二人が、ふざけているのかいないのか、いまいちよく分からないのが唯一の懸念点ではある様だが。


────────────────────


 一方、ハピの眼から視えていた通り甲板では、ローアはイグノールやポルネを中心とした一行に指示を出しており、それを受ける一行の表情は如何にもな真剣味を帯びていた。


 目と鼻の先──……というのは誇張表現だが、ほんの一歩か二歩でも前に出れば本格的に巻き込まれてしまう程の位置にいるのだから、そうなってしまうのも無理ないだろう。


 そんな中、動力室から送られてきた超高温の蒸気が龍の全身へと行き渡ってきた事で。


『グ、オォォ……ッ!? ゴルォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』


 龍の背中に棘の様に生えていた数本の煙突から、シューッという甲高い音とともに白煙が立ち昇り、まるで初めて好物に巡り会えた子供の様に歓喜の声を上げる巨龍の背にて。


「──……どうやら動力が送られてきた様であるな。 イグノール、準備は良いであるか」

「……あぁ、支障はねぇよ」


 最早、確認するまでもなく最初の行程が上手くいった事を悟ったローアからの、『覚悟は出来たか』といった具合の冷たい声に、イグノールは彼女の方を向かぬまま返事する。


 先程までは、あの戦いの凄まじさに圧されて自信をなくしていた様だが、やらなければ全てが邪神の思い通りになってしまうと聞かされて奮起した今の彼は決意に満ちていた。


 こんなところで折れる様な奴が、コアノルに勝つなど夢のまた夢だ──……そう思い直したという事実の方が大きかったかもだが。


「ポルネ嬢とカリマ嬢も、よろしいか?」

「……えぇ、微力を尽くすわ」

「やるッきャねェもンなァ……」


 そんな彼を尻目に、ローアが視線を移して話を振った二人の亜人族デミたるポルネとカリマの表情や声音もまた、かなり強張っている。


 かつて名乗る事もなく自分たちに力をくれた恩人が実は水の邪神で、かと思えば今は全なる邪神の一部として囚われているという異常事態を前にしているのだから致し方ない。


(大丈夫、私は私の役割を果たすだけ……)


 また、これといって遠距離からの回復以外に難しい役割はないカナタだけは、ローアからの指示や激励はなくとも自らを鼓舞する。


 この中で最も戦力の低い自分が、これからあの戦いに介入する龍の背に乗って突入する事になるとは思ってもいなかったとはいえ。


 ここで引き下がれば『この世界に平穏を』という、そもそもは聖女である彼女自身が願った未来を迎える事など出来ないのだから。


 それからローアは全員の意志が前に向いている事を確認し終えたからか、『くはは』と誰に向ける訳でもない含み笑いを浮かべて。


「では手筈通りに──……まずは接近! 可能な限り攻め手を回避、躱し切れない場合のみ我輩とカリマ嬢が迎撃! 作戦開始である!」

「「おォ!!」」

「「……っ!」」


 あくまでも自分たちは召喚勇者の後方支援をするのだという事を踏まえた上で、よく通り可愛らしく、それでいて力を帯びた声で以て作戦の開始を宣言した事により、イグノールとカリマは吠え、カリマとカナタは頷く。



 終演の火蓋が今、切って落とされた──。











『──邪魔が入るか。 どうやら奴らなりに貴様を援護せんとしているらしいが、あの矮小な者どもに何が出来るというのだろうな?』

《……さぁね。 まぁでも──》











《──だ、信じてあげなきゃね》

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