第325話 全から一を引き剥がせ

 ──……ここは、三素勇艦デルタイリスの動力室。



 文字通りの心臓部であるその一室に今、望子とローアとイグノール、そして未だに眠りについたままのレプターを除く全員が居る。


 残すはたった一つとなった霊薬エリクサーと、それを扱う聖女カナタの治療術のお陰で満身創痍だった一行は健常な状態にまで戻っており、そんな中で聞かされたキューの指示に対して。


「──……? 水の邪神を……?」

「引き剥がす、だぁ……?」


 一行の中でも特に理解力の低い二人、フィンとウルが分かりやすく目を点にして、キューが口にした指示をそのまま反復する一方。


「……もしかして……その為に私たちを回復してくれたの? 戦力的に劣る私たちを……」

「話が早くて助かるよ」

「そォいう事か……厄介だなァおい」


 一行の中では明らかに戦力で劣るカリマとポルネは、この局面で貴重な霊薬エリクサーを消費してまで自分たちを回復させた理由を何となしに理解出来ており、それを聞いたキューは我が意を得たりと言わんばかりに頷いてみせる。


「……具体的にはどうすればいいのかしら」

「うん。 時間がないから手短に言うね──」


 そして、こういう時に話を次の段階へ進める役割を担いがちなハピの問いに、キューは頷いてから策に必要な手順を説明し始めた。



 ──……アザトート。



 そもそもの前提として、アザトートを全なる邪神と称するのは、その漆黒の身に四柱の邪神全ての力が込められているからであり。


 四柱の邪神の内、一つでも引き剥がす事が出来れば、アザトートはその身を維持する事は不可能になる筈だ──という策であった。


 事実、今のアザトートに宿っているのは三柱の邪神の力と、ヒドラの魂そのものである為、引き剥がす事が出来るのはヒドラのみ。











 ……キューとローアは確信していた。











 アザトートが、のだと。











 四柱全ての力が強く込められていた幻夢境そのものを取り込む事により、『全なる』という部分を補おうとした結果であるのだと。


 ゆえに、あの激戦の中でも水の邪神を引き剥がすなどという強硬策に出られるのだと。


 そして、ヒドラを引き剥がす為に水の邪神と最も近しい存在のポルネ──……と、ついでにカリマが必須である以上、貴重な霊薬エリクサーを割いてでも彼女たちを起こす必要があった。


 この二人の声ならば、アザトートの中に神力として宿る水の邪神に届くのではないかという希望的観測の下に立てられた策だった。


 ただ、どうやって全なる邪神の近くへと二人を近づけるかが最大の問題であり、これについてはローアもキューも僅かに悩んだが。


 そもそも、この三素勇艦デルタイリスは蒸気帆船であると同時に途轍もない魔力耐性を備えており。


 また、カナタと望子の強力な一撃をその身に受けたイグノールの身体には無意識の内に彼の身体を滅ぼさない程度の神力が宿っていた様で、それは三素勇艦デルタイリスが変化した龍にも影響を与えている筈だと二人は見抜いていた。


 ゆえに、この魔力と神力に耐性を持つ巨龍ならば、ウルたち三人の馬鹿げた魔力量からなる機動力を以て、あの文字通り神がかった規模を誇る激戦にも介入出来るのでは、と思い至ったのが全ての始まりだったのである。


────────────────────


「──……と、そんな感じなんだけど」


 およそ一・二分かけて説明し終えたキューがそう言って纏めつつ、きっと理解するべく何とか自分の話を噛み砕いている途中のウルとフィンを中心として視線を向けたところ。


「……おおよそは分かった。 あたしら三人の役目は火・水・風で機動力の向上って事か」

「うん、もう始めていいよ」


 どうやら、ウルもフィンも何となしにとは言え概要は理解出来ていた様で、ウルが口にした彼女たち自身の役割についてを肯定した上で、キューは『遅いくらいだし』と付け加えつつ動力室の中心にあるボイラーを指す。


 また、そのボイラー自体も少し前までとは全く異なる巨大な心臓の様な形状に変化しており、まるで生きているかの如く脈動するそれは一見すると気味が悪いとしか言えない。


「っし、やるぞ!!』

『りょーかーい』

『……上手くいくといいけれど』


 しかし、ウルたち三人はこれといって嫌悪する事も臆したりする事もなく、カナタの治療術で回復した身体や魔力、神力を早速活用するべく、それぞれが恐化きょうかを行使し始める。


 ハピだけは妙に不安がっていたが、それは彼女の全てを視通す瞳が全なる邪神と召喚勇者の戦いを視ていたからに他ならず、あの世界全てを巻き込む様な戦闘を視てしまったのならば、この反応も無理はないといえよう。


「キューは、ウルたちの魔力や神力が尽きない様に支援するよ──……で、カナタはね」

「え、えぇ……」


 翻って、キューは自分自身の役割であるウルたち三人の継続的な回復──つまり充電池バッテリーになるという様な事を告げた後、視線を移して話を振られたカナタが緊張で息を呑むと。


「……正直、完全体じゃないって言ってもあの戦いへの介入は『自死』と同義だよ。 だから、カナタは二人を遠距離から回復し続けてあげて。 そうでもしないとすぐ死ぬからさ」

「……分かったわ。 よろしくね」

「えぇ、任せて」


 大前提として、アザトートが完全体ではないという事実を差し引いても、あの文字通りに神がかった戦いに割って入るという事は自殺行為以外の何物でもなく、おそらく素の状態では一秒保てば良い方だと考えていた為。


 カナタによる恒常的な癒しが必要だというキューからの指示に、カナタが真剣味を帯びた表情で頷き、ポルネと顔を見合わせる中。


「……あぁ、カリマの声かけはポルネのついででいいからね。 ポルネの方が存在としては近しいから。 君はカナタを護ってあげてよ」

「……しャあねェな」


 カリマに関しては、ポルネ程ヒドラに近しいという訳でもないゆえ、あくまでカナタの護衛を主目的として、そのついでに呼びかけるくらいでいいと告げられた事で、カリマは若干不満そうにしながらも首肯してみせた。


 そして最後に、キューは既に策の実行に移っているウルたちを含めた全員に対し──。


「……分かってると思うけど、この策は望子の中に居た召喚勇者と、ヒドラに声を届けるポルネ、そして龍を操るイグノール。 この三人が肝になるから、それを忘れないでね?」

「「「『『『……っ』』』」」」


 勿論、全員の役割が大事なのは言うまでもないが、それでもキューが挙げた三人の役割の重要性が他の役割を下回る事はなく、どんな事があってもその三人が役割を果たせる様に他の者は全力を尽くせと改めて口にした。



 どれだけの犠牲を払ってでも──。



 そうとしか聞こえなかった一行は、その三人に含まれているポルネも含めて息を呑む。


 これが、全なる邪神を相手取るという事なのだと、全員が理解したからに他ならない。


「よし! それじゃあ最後の作戦開始だよ!」


 そして、それを見届けて決意に満ちた表情を浮かべたキューの号令によって、いよいよ対邪神の最後の策が遂行されんとしていた。

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