第324話 次元の違い

 イグノールは、己を強者だと思っていた。



 この世の誰にも負けない強者であると。



 魔族として生み出された瞬間、彼の目の前に居た創造主でありながら絶対強者でもある魔王と、そんな魔王を含めた全ての魔族を殲滅ないし封印した召喚勇者を除けば、だが。


 実際、三幹部の中では級位で劣る筈の彼の力は筆頭であるラスガルドにも決して劣らなかったし、デクストラさえ本来ならば歯牙にもかけない筈の下級イグノールに手を焼いていたのだ。


 純粋な戦闘力や殲滅力だけを見るのであれば、イグノールは側近どころか魔王すらも抑えて魔族の頂点に立ち得る器を持っている。



 ──……否、というべきか。



「──……はは、とんでもねぇな……」


 今の彼は、アザトートと《それ》が繰り広げる戦いの苛烈さに打ちのめされており、つい先程までの彼なら喜んで参戦したのだろうが、今はもう欠片程も戦意を感じられない。


 生ける災害リビングカラミティらしくもない──……と言ってしまえばそれまでだが、それも無理はなく。


『──……やはり貴様が!! 貴様こそが我が宿敵にして好敵手!! そうは思わんか!?』

《興味ないね──掃除スイープ

『っ、たったそれだけの力で……っ!!』


 漆黒の大海そのものを武器とするアザトートの超々巨大規模の一撃を、《それ》はアザトートからの挑発を受け流すついでに、かつて上級魔族を一瞬で消し去った謎の閃光を以て相殺し、それどころか押し返してみせる。


『ふ、ははは……! これだ、この高揚こそが我が望んでいたものよ! 前座どもが敗れて良かったとこれ程に思う日が来ようとは!!』


 だが、アザトートも決して負けてはおらず即座に二の矢となる漆黒の水で象られた多種多様な魔物や魔獣をけしかけ、《それ》に考える隙を与えない為に攻撃の手を緩めない。


《テンション高いね……ほら、

『っぐ!? ……ははっ! まだだ!!』

《……あんまり時間かけたくないんだけど》


 勿論、《それ》は《それ》で彼女からの連撃など苦にもしていないらしく、アザトートの高笑いに辟易しつつも、かつて上級魔族の一撃を反射する事で消滅させた謎の力を発動し、《それ》に向けられた二の矢をもはじく。


 やっている事の一つ一つは単純な攻防であっても、その規模は紛れもなく世界レベル。


 キューやハピ、そしてイグノールを相手取っていた時は本気でも何でもなかったのだと分かる、この世界の事象やことわりそのものを武器や防具とする様な戦いを見たイグノールは。


「……小せぇなぁ、俺ぁ……」


 龍と化した三素勇艦デルタイリス船首とうぶに立ち、こうして黄昏ながら見守る事しか出来ないでいた。


 最早、世界が滅亡する時の光景とも呼べる絶望的な景観でも、《それ》が戦っているのだから何とかなるんだろう──……と、イグノールらしくもない人任せな思考すらして。



 ……次元の違いに打ちのめされていた時。



「──呆けている場合ではない」

「……ローガン……」


 いつの間にか彼の隣に立って好奇心の見え隠れする表情を湛えていたローアが、さも言い諭すかの如き声音で話しかけてきたが、イグノールは『はっ』と自嘲する様に笑って。


「……別に呆けてても良いじゃねぇか。 どうせ、この戦いはミコの──……いや、ミコの中にいる奴の勝ちだ。 俺の出る幕はねぇよ」


 余計な事をせずとも、この戦いの結末はローアやキューの様に優れた先見の明を持っていない彼にさえ《それ》の勝利だと理解出来ていた為、黙って見ているべきだ──と、これまでの彼ではあり得ない言葉で返したが。


「……それが、そうもいかぬのである」

「あ?」


 当のローアから返ってきたのは、イグノールの言葉の概ねを肯定しつつも部分的には否定せざるを得ないとばかりの言葉であり、その矛盾に違和感を抱いて疑念の声を出すと。


「貴様の言う様に、まず間違いなく勝利するのは召喚勇者であろう。 しかしながら──」


 ひとまず肯定すべき部分から語り始めたローアは、『召喚勇者の勝利』という事実自体は堅くとも、そこ以外に問題があるのだとでも言いたげに一呼吸置いてから口を開いて。











「──……それは、?」

「……何が言いてぇ」


 わざと主語を不明瞭にしながらも、ここまでの話を聞いていれば理解出来ない筈もない問いかけに、イグノールは敢えて問い返す。


 その問いが、『この戦いは一体いつ終幕を迎えるのか』というものだと分かった上で。


「我輩の想定では、あれ程の力を全なる邪神が有しているとは思わなんだ。 しかし見ての通り、かつての召喚勇者と互角に近い戦いを繰り広げている事を鑑みると──おそらく」


 すると、ローアは前提として全なる邪神の力が彼女自身の想定を遥かに上回っていた事と、それでも召喚勇者の方が上だが食い下がると言うには善戦し過ぎている事を挙げ、それらを踏まえると──この戦いの終わりは。


「……すぐには終わらねぇ、って事か」

「然り」


 まだまだ先の事である──と彼女の言いたい事を先読みした彼の言葉をローアは肯定。


「そも、このままでは数刻もせぬうちに世界の半分は破滅する。 もう半分も時間の問題であろう。 そうなれば魔王様の野望も、ミコ嬢や聖女カナタの願いも叶わず──ただ、全なる邪神の思惑のみが叶う事となってしまう」

「……」

「……手を、借りたいのであるがな」


 更に、この戦いを静観しているだけでは状況が好転するばかりか、『世界の掌握』という魔王の野望も、『世界の人々に平穏を』という勇者や聖女の願いも叶う事なく、『魔王を討ち、勇者も聖女も始末して世界に君臨する』という邪神の思惑だけが叶う事になり。


 ローアとしては正直どの方向に転んでも構わないのだが、それでも望子が悲哀に暮れる姿をこれ以上見たくないという感情も確かにある為、彼の力を借りるべく説得を試みる。


 そんな彼女の頼みに、イグノールが珍しく思い悩む様な表情を湛えて戦いを見守る中。


(……尤も、かの召喚勇者であれば滅んだ世界の再生程度は可能にするかもしれぬがな……)


 そうは言っても、《それ》が本当に千年前の召喚勇者その人であるならば、それこそ死の星と呼ぶに相応しい絶望的な状況に陥っても何とかするのではと思ってもいた様だが。


 翻って、イグノールは十数秒程の思考時間を要しながらも思ったより早く立ち直って。


「……わーったよ、何すりゃいいんだ?」

「うむ。 我輩たちが為すべき事は──」


 浅くない溜息をついてから指示を促す旨の返答をしたところ、ローアは確と頷き──。


────────────────────


「──水の邪神ヒドラを引き剥がす事だよ」


 カナタの治療術と自身の神力によって万全の状態一歩手前まで回復出来ていたキューの言葉と、全く同じ内容の言葉を告げていた。



 場面は、この船の動力室へと切り替わる。

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