第321話 時間稼ぎの甲斐あって

 望子が哀しみに暮れている一方、イグノールが操る全・龍如傀儡フル・ドラグリオ──もとい三素勇艦デルタイリスは漆黒の大海を見下ろせる高さにまで飛翔し。


「ちったぁ削ってんだろうな──……あ?」


 今や完全に邪神の領域と化した海と空の間で繰り広げられている筈の、アザトートとの戦いに臨んでいるのだろう、ハピとキューを探していたイグノールの視界に映ったのは。


「──……はっ、やべぇなこりゃあ」


 どちらが空で、どちらが海なのかさえ判断しかねる程に全てが漆黒に染まった戦場と。


『……は、あ……っ、くぅ……っ!』


 辛うじて恐化きょうかこそ維持すれど、もう既に満身創痍かつ五体不満足な状態で飛ぶ鳥人ハピと。


「もうちょっと遅かったら死んでたよ……」


 こちらに気づいて安堵しつつも視線だけはアザトートから外さず、おそらくは水の攻撃を食らい過ぎて枯れかけた植物の身体をどうにかこうにか維持している状態の神樹人ドライアドと。


『増援──……無駄な事を』


 やはりというべきか、とてもではないが傷を負っていたり疲弊したりしている様には見えず未だ健在といえる全なる邪神アザトートの姿──。


(分かっちゃいたが、地獄だな……鳥人あれはともかく、神樹人あいつすらあのザマとは思わなかった)


 自分が言い出した例の序列、五位というギリギリ上位のハピは間違いなく死にかけているだろうと予想出来たが、よもや二位と定めたキューまでもが同じく死の間際にいるとは思っておらず、イグノールは多少面食らう。



 しかしそれも、ほんの一瞬に過ぎない。



 そんな二人による全身全霊の時間稼ぎの甲斐あってこそ、こうして巨大で強大な龍を従えて全なる邪神との戦いに挑めるのだから。


「──はっ、上等じゃねぇか!! アザトートっつったか!? こっからが本番だぜぇ!!」

『……吠えるな、羽虫』


 龍にも劣らぬどころか、下手をすれば上回る程の大声を以てして轟いた宣戦布告の咆哮に、アザトートはあくまでも余裕を崩さず。


 またしても幹部たる彼を羽虫と揶揄する。


『羽虫じゃねぇっつってんだろうがぁ!!』

『ルォオオオオオオオオオオオオッ!!!』


 そんな全なる邪神からの罵倒に呼応するかの如く、そして生ける災害リビングカラミティの憤りに燃えた怒声に呼応するかの如く、いくつもの大きな砲塔を携えた翼を広げた龍が咆哮を放ち、いくつもの砲弾や魔力弾を撃ち込みながら特攻。


 未だ背に残ったままの狭い船室や、その中にいる者たちの事など気にもかけず、まるで最初から龍であったかの様な違和感のない動きを以て、アザトートを討ち倒さんとする。


 一撃一撃が途轍もなく強いが、やはりアザトートに通用している様には──見えない。


『……っ』


 ……鬱陶しがっては、いる様だが。


────────────────────


(何、これ……さっきまでの揺れと比べ物にならない……! 何とか倒れない様にするのが精一杯だし、これじゃ治療も何も……っ!!)


 その一方、漸く治療も佳境に差し掛かっていたカナタは先程の落下や急上昇とは比較にならない馬鹿げた揺れと衝撃で、もう倒れない様にする事にしか意識を割けないでいた。


 尤も、カナタの手には治療術の上位互換とも言える霊薬エリクサーがあるのだから、わざわざ片時も離れぬ治療など不必要なのではと思うかもしれないが──……そう上手くはいかない。


 霊薬エリクサーという代物は、ただ飲ませればいいというものではなく、その文字通りに神がかった回復力を『どの部位』に『どの程度』作用させるのかを飲ませる者が決めねばならず。


 今回の場合で言うなら、ウルたちに含ませた霊薬それをカナタが治療術で導く必要がある。


 ゆえにこそ、カナタは上昇の最中に移動した室内で、あたふたしながらも治療に専念していたのだが──……そこに誰かが現れる。


「──……聖女カナタ、皆の容体は」

「えっ!? ま、まだ全員は──」


 それは、つい先程まで望子に運命之箱アンルーリーダイスの覚醒を半強制的に促させていたローアであり。


 何の気なしに一行の容体を問うてきた彼女に対して、ある程度は終わりそうでも全員分ではないし、そもそもまだ誰も目覚めていないと、カナタは正直に事実を伝えんとした。



 ──が、その瞬間。



「──……おい、どういう状況だ……?」

「あ、頭痛い……」

「っ!? も、もう起きたの……!?」

「……流石であるな。 では早速──」


 つい先程、優先的にと言われて霊薬エリクサーによる治療を施したばかりのウルとフィンが、まず間違いなく本調子ではないとはいえ、あつさりと起き上がってきた事にカナタが驚く中。


 ローアは感心しつつも、それどころではないとばかりに次なる指示を出さんとしたが。


「──……みこは? ねぇ、みこはどこ?」

「そうだ、ミコは!? それに邪神も──」


 ウルたちは何よりも大切な望子の所在と現状、そして全なる邪神との戦いはどうなったのか、との疑問を矢継ぎ早に口にしてきた。


 まぁ当然と言えば当然だろう、この二人は護らねばならぬ存在よりも早く、一時的にとはいえ戦線離脱してしまっていたのだから。



 しかし、そんな事はローアには関係ない。



「……戦闘は継続中、ミコ嬢は外に。 それより、お主らにはやってもらいたい事が──」


 二人が最も知りたがっている筈の二つの疑問を簡潔に解消した後、今度こそ次に必要な策を講じてもらう為に話を進めようとした。



 ──……したのだろうが。



「外──外!? まだ終わってないのに!?」

「マジかよ……! だったらあたしらも──」


 言うまでもなく、ローアの指示などよりも望子の方が大切な二人は、すぐさま望子の元へと向かうべくふらつく身体で立ち上がる。


「──話を聞け」

「「っ!?」」


 だが、その動作は自分たちより遥かに体格差で劣る筈のローアがそれぞれの肩に手を置く、たったそれだけの事で止まってしまう。



 何なら、がくんと膝をついてさえいる。



 これでも彼女は正真正銘の上級魔族、恐るべき魔王をして『異端だ』と謂わしめるその実力が、ウルたちに劣る事などありえない。


「お主らの考えは分からなくもないが、ここは我輩の指示に従ってもらう──よいな?」

「「……っ」」


 そんなローアに若干の苛立ちを覚えながらも、こうして押さえつけられている以上は言葉でも行動でも従わざるを得ず、確と頷く。


「よろしい。 では、お主らには動力室へ向かってほしい。 ハピ嬢の回収後に、であるが」

「……三人で動力室に──ん?」

「……あれ? そもそもハピは?」


 それを見ても特に満足げといった感じではないローアは、あくまでも冷静さを保ったまま、この蒸気帆船の『蒸気』の部分を司る動力室へハピを回収して向かえという彼女の指示で、やっとハピがいない事に気づく二人。


「ハピ嬢は今、全なる邪神を相手に時間を稼ぎ終わったところであろう。 おそらく満身創痍であろうが、それは貴様が治せ。 聖女よ」

「わ、分かったわ……キューも、よね」

「うむ。 霊薬エリクサーの使用もやむなしである」


 とはいえ、ローアは別にそんな二人に対して呆れたりする事もなく、ただただ事実と的確な指示だけを二人とカナタに突きつける。


 残りの霊薬エリクサーは二つ、ここで全てを消費してしまうのは──……と考えてしまわなくもないが、ローアが言うなら仕方ないのだろう。


「我輩は、ミコ嬢の元へ戻る。 まだ為さねばならぬ事があるのでな──聖女よ。 お主はハピ嬢とキューを治し次第、ポルネ嬢とカリマ嬢の治療を。 レプ嬢は放置で良いのである」

「えっ──……そ、それでいいの?」

「それも、キューに問え」

「う……わ、分かったわよ」


 その後、自分にはまだやるべき事があるから望子と合流すると言いつつ、カナタには更なる治療の指示と、もうこの戦いでの役割はないレプターの放置を言い渡し、こちらに関してはいまいち納得がいってなさそうだったが、キューの名が出た為に頷かざるを得ず。


「では、各々の健闘を祈る。 尤も──」


 そして最後に、ローアは三人に向けて激励の言葉を贈ったが──すぐに表情を変えて。


「──しくじれば死。 それだけであるがな」

「「論外だ(よ)っ!!」


 何でもない事であるかの様に、この策が失敗した場合の末路を昏い笑みで語る彼女に苦言を呈す二人の声は、奇しくも揃っていた。

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