第319話 全・龍如傀儡
一方その頃──。
ハピとキューが文字通り
もう海の底へ墜落していてもおかしくないというのに、まだまだ船は落ち続けており。
(治療に集中したいのに……っ、動きづらいったらない……! でも、これは私にしか……!)
落下する際にかかる重力と、この星そのものの引力がせめぎ合う事で甲板に張り付けられそうになりつつも、カナタがどうにかこうにかローアに言われた通りポルネやウル、そしてフィンの治療を優先的に進める一方で。
「──……さて、我輩も取り掛かろうか」
ローアはローアで、キューと共有済みの策で
……ちなみに、カナタとは生物としての肉体強度が異なる為か、これといって重力や引力の影響を受けてはおらず平然としており。
何であれば、ちょっと愉しげでもある。
それから、ローアは相も変わらず一張羅として羽織っている白衣の懐から妖しく光る黄緑色の液体が入った小瓶を取り出して──。
「これで目覚めなければ──……いよいよ本当に叩き起こすしかなくなるのであるがな」
「ん"、ぐぶっ──」
あろう事か小さな手で彼の顎関節を無理やり外しつつ、その影響でパカッと開いてしまった凶暴な口の中に液体を流し込み、それを嚥下させられたイグノールは僅かにむせて。
……カッと、その薄紫の瞳を開く。
「──……っ!? ごはぁっ!! げほっ、げほっ!? 何だぁ!? 何しやがったこらぁ!!」
「お目覚めの様で何よりである」
「答えになってねぇんだよ!!」
顎関節自体はローアの手によって即座にはめ直されているし、アザトートに負わされた筈の致命傷も下級魔族では本来ありえない程の再生力で以て全快していた為、文句を言うくらいの余裕はあった様だが、ローアが一切悪びれもしないせいで彼の怒りは更に増す。
まぁ、ハピにも飲ませた事のある邪神の力を抑え込む為の劇薬を強制的に飲まされたのだから、この怒りも無理はないといえよう。
とはいえ、イグノールの文句だの苦言だのに構っている暇がないのも事実であり──。
「それどころではないのである。 この船は星の中心へと落ち続けており、このままでは船ごと我々も消滅する──ここまではよいな」
「あ? あぁ──……あ!? 何だと!?」
自分の胸倉を掴む彼の手を余裕を持って払い除けつつ、この船と自分たちが辿ろうとしている末路を彼へ突きつけると、イグノールは二秒くらい呆けてから甲板の端へと走る。
その走りに重力や引力の影響は感じない。
「うぉ、マジか……で? どうすんだよ」
「どうするも何も──」
そして彼は漸く自分たちの置かれた状況を把握し、どうするつもりなのかとローアへ問いかけたが、ローアは一切表情を変えずに。
「お主が何とかせよ、
「……俺が? 何でだよ、他にもいるだろ」
暗に、『自分ではどうにも出来ない、お前が何とかしろ』と告げるも、それを受けたイグノールは彼女の真意が掴みきれておらず。
自分じゃなくとも、フィンだのキューだのという強者たちがいるだろうと口にしたが。
「そうもいかぬのである──
「は?」
それが出来るのなら、とっくにそうしている──そう言わんばかりに呆れからくる溜息をつきつつ、イグノールの背後を指差して何かを見る様に促す彼女に倣って振り向くと。
「
「……」
そこには、イグノールに勝るとも劣らない程の実力者である筈の、ウル、レプター、そしてフィンまでもがカナタの治療を受けながらも目を覚まさず倒れ伏す姿があり、よもや全員が全なる邪神に敗北したのかと推測し。
……ローアはただ、その首を縦に振る。
お主も敗北したのだ、という事は伏せた。
どうやら記憶が曖昧である様だし。
「一度は。 そして今、反撃の策を講じる為に必要な時をハピ嬢とキューが稼ぎ、その策に必要なお主を我輩が目覚めさせた形である」
「……そうかよ」
その後、敢えて『時を稼ぐ』という事を強調して余裕など一切ないのだと告げつつ、ハピたちの尽力を無駄にしない為にも、イグノールにはやるべき事をやってもらわなければならない、という命令にも近い指示を出し。
余裕がないと分かったうえで数秒程の思考時間を要した彼の結論は、フライアやヒューゴといった位階だけの雑魚とは異なる、ローアを自分と並ぶ強者と認めているからこそ。
「……まぁいい。
「「……っ」」
ローアの策とやらに則り、イグノールが新たに会得した
「魔王の奴を相手にするまで隠しとくつもりだったが──……しゃあねぇ、お披露目だ」
それは、イグノールが秘密裏に会得していた正真正銘の切り札であり、まず間違いなく一行の誰も知らなかった筈だが、どうやらキューとローアはそれぞれ先見の明や経験からくる予測によってそれを看破していた様で。
その事実自体は多少なり悔しくはあるものの、そんな彼の言葉に負の感情は感じない。
……余程の自信がある……のだろうか。
「いくぜぇ!!
そして、イグノールがついていた手から薄紫の閃光とともに肉眼で確認出来る程の大量の糸が顕現したかと思えば、その糸は船首から甲板を伝い船の全てを覆い尽くしていく。
「え、な、何……!? 糸……!?」
『これ、いぐさんの……!?』
あたふたしていたせいで話を聞いていなかった望子や、そもそも治療に専念していたせいで聞く余裕がなかったカナタが驚く一方。
(……やはりそれが出来るのであるか。 そうなると、この船はもう船としての形を保つ事は不可能となるであろうが……致し方あるまい)
やはりと言うべきか、イグノールが何をしようとしているのかを完全に読み切っていたローアは、この後に彼が引き起こす現象によって
望子たちはこの船を気に入っていたから。
そして、その糸が
「──『
『「「「!?」」」』
おそらく技名なのだろう、その言葉を高らかに叫んだ瞬間、船のあらゆる場所が強く大きく揺れて軋み始め、まさか空中で地震なんてと望子たちが驚愕を露わにする中で──。
鋼鉄の補強材は無機質な眼と牙と爪に、木製の翼と布製の翼膜を側面に並んでいた複数の大筒が繋ぎ、船檣はバラけつつも大きな木製の背に均等に生えた鋭い棘の様に、そして前進する為に必要な羽板が尻尾となり──。
──気づいた時にはもう、
『グルルルゥゥ……ッ、ゴギャアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
「くくっ! くぁーっはっはっはぁ!!!」
少し前までの
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