第317話 神樹人の瞳に映る結末

 このままだと、船は星の中心まで堕ちる。



 今、何とか意識を保つ事が出来ている者たち──ハピ、ローア、カナタ、キュー、フライア、ヒューゴ──望子を除いた全員が、その絶望的な事実をしっかりと把握する中で。


(──……あれを討てるのは、やはり……っ)


 サラーキアは、どういう訳か一行とともに船に乗ったまま落下しつつ、『契約』とやらで素性を明かす事が出来ない《それ》を内に宿す望子に期待と焦燥の眼差しを向けるが。



 ……勿論、望子は気づいていない。



『どっ、どうしたら、どうしたら……!?』


 何であれば、サラーキアと比べ物にならないくらいの焦燥感を抱いている様だし──。


 だが、しかし──この中で唯一、焦燥も絶望も表情からは全く感じられない者がいた。











「……やっぱり、こうなっちゃったかぁ」



 最も神に近い亜人族デミ──神樹人ドライアドのキュー。



 彼女は、ヒドラが全なる邪神アザトートへの進化を果たした辺りから妙に静かであり。


 ただ、その一挙手一投足を冷静に見ているだけに留まっていた事を誰も知らなかった。


 それもその筈、彼女が進化後に得たものの中で最も影響力が大きかったのは神力でも知恵でも知識でもなく──人知を超えた見識。



 地球でいうところの──……先見の明。



 単に、これから起こる事を予測するというだけならば、ローアやレプター辺りでも可能といえば可能なのかもしれないが、キューのそれは最早、未来視といって差し支えなく。


 だからこそ彼女は途中から、ヒドラによる全なる邪神への進化を止めようともしなかったのだ──止めても無駄だと分かったから。


 そして、この絶望的な状況でも焦りを覚えていないのは──この中で誰よりも早く全なる邪神への対抗策を練ろうとしていたから。


「……鍵を握るのは、やっぱり──」


 未だ堕ち続けている船の甲板にて、キューは進化を遂げて間もないにも拘らず神々にも等しい神力と知恵、何より先見の明をフルに活用する事で、この戦いの──を視た。


 その結末を託すに足る、一人の人族ヒューマンと一人の亜人族デミ、そして一体の魔族に目を向けて。


「カナタ、ローア。 一個、頼んでもいい?」

「えっ!? そ、それどころじゃ──」

「……聞こう」


 まず、その結末を託すに足る三名を万全な状態にする事が可能な聖女と魔族に話を振ると、カナタはそんな風に言いつつも治療術は止めていないし、ローアは落ち着いている。


 つい先程、身体に大きな欠損を負ったフィンや、その身体ごと真っ二つにされたウルとイグノールも、カナタの治療術──或いは自らの再生力で戦死だけは免れていたらしく。


「悪いけど、カナタは真っ先に──ポルネを完治させて。 で、ローアはイグノールを戦える状態に。 ここまで言えば、分かるよね?」

「……ど、どういう──」


 これなら、いける──……そう確信したキューは、ローアなら分かってくれるという前提で作戦の序章を語り、この簡素な説明ではやはりピンとこないカナタが困惑する一方。


「……神力による未来視……過去に一度だけ神樹人ドライアドの研究をしたが、ついに拝む事は出来なかったのである──よもや、ここでとは」


 かつて、まだ魔族が封印されていなかった頃、たった一度だけ神樹人ドライアドの研究に着手する事が出来たローアだったが、その時には未来視にも近い先見の明を確認する事は出来ず。


 噂には聞いていたのに、この眼で観察する事が出来ない──と歯痒い思いをしたとか。


 当然ながら、その時の神樹人ドライアドはフライアと同じ末路を辿り、フライアよりも凄惨な結末を迎えたのだが、そんな事は知る由もない。


「……聞かなかった事にするよ、お願いね」

「うむ。 聖女カナタ、を」

「あ、あれって?」


 されど何となく、どうなったのかは予想出来たキューは、その事には触れぬままローアが本当に理解しているかどうかを試したところ、ローアはカナタに対して何らかの指示を出すも──やはりカナタは分かっていない。


 神々にも近い力を持つ神樹人ドライアドと、かの魔王にさえ異端と呼ばれる上級魔族の間に交わされる会話に、いくら聖女でも単なる人族ヒューマンがついていける訳もないといえばそうなのだが。


霊薬エリクサーである、あれをポルネ嬢と──……ウル嬢と、フィン嬢にも投与を。 我輩はイグノールを叩き起こすとしよう。 で、よいな?」


 ローアの言う『あれ』とは、ファルマから渡されていた回復薬ポーションや治療術の完全上位互換となる神力の雫──霊薬エリクサーの事であり、たった五つの内の三つを使って名を挙げた三人を治し、その霊薬エリクサーが効かないイグノールは荒療治でと告げる彼女の表情や声音に迷いはない。


 五つ譲り受けた内の三つ、つまり半分以上を魔王との戦いの前に消費してしまう事になるが、アザトートと魔王の危険度は殆ど同じであり、もっと言うと今の魔王は弱体化している為、アザトートの方が余程脅威である。


 ゆえにこそ、キューもローアも霊薬エリクサーの消費を惜しまず、そこに何らかの意図を込めて先述した三人を完治させよと指示を出す──。


「流石だね。 それじゃ、あとはよろしく」

「えっ!? ちょっと、どこへ──」


 そこに自分が視た結末との乖離がない事を悟ったキューは、よろしくなんて言いながら視線を上に向けつつ身を乗り出しており、それが船から降りようとする動作にしか見えなかったカナタが『一体どこへ』と尋ねると。


「──キューたちがまだ生きてる事に気づかれてる……アザトートを足止めしてくるよ」

「そんなっ、いくら何でも──」


 どうやら、かなりの距離があるというのにアザトートは一行の生存に勘づいているらしく、キュー自身が立てた策を遂行する為には時間稼ぎが必要であり、そもそも自分は結末に関われないと理解していたからこそ、キューは自ら勝利の為の捨て駒になると口にし。


 どれだけ強くなったといっても、まだ小さかった頃のキューの姿を鮮明に覚えているカナタとしては、何とかして止めたかったが。


『私も行くわ! 足手纏いにはならない!!』

『……分かった。 でも無茶は駄目だよ』

『あ、わ、わたしも──』


 そんな彼女の声は、キューと同じく覚悟を決めつつ既に魔力を万全の状態にまで回復させていたハピに遮られてしまい、それを一目で見抜いたキューが許可を出す一方、望子も力になりたいと立ち上がったはいいものの。


「──……ミコ」

『えっ? な、なに?』


 これまでにない程の真剣な表情と声音のキューに、びくっとした望子は思わず止まり。



 数秒程、彼女の二の句を待ったところ。



 キューは一瞬、水の女神を見遣ってから。



「この戦い、やっぱり鍵を握るのは──なんだ。 だからミコは力を溜めてて、ね?」

『……わ、わかった……がんばってね』

「うん! 行くよ、ハピ!」

『えぇ……!』


 何か、こう──……意を決したかの様な微笑みを浮かべるとともに、あくまでも勇者の存在こそが鍵になるのだと説得し、あまり理解はしておらずとも、ここは任せた方がいいと判断した望子はキューとハピを見送った。


 ハピは保ったままの恐化による翼竜の半透明な化石の翼で、キューは『滞空砲花アンチ・ホバー』という空中での攻撃・防御・移動の全てに適した形態を持つ植物を背に、まるで巨大な円柱状の滝の中心を登る様に上へ上へと往く中で。











(……やはり、そうなのか……ミコ嬢の内に眠る《それ》は、──)


 ローアはイグノールを起こす為、彼には効かないが目覚ましにはなる劇薬を用意しながら、《それ》を初めて見た時から感じていた直感が正しかったのではと──千年前に出会った、あの男なのではと思考を巡らせつつ。



 ふと、サラーキアの方へ目を向けると。



 サラーキアの瞳は、まだ望子を見ていた。



 望子の内から顔を出さない、《それ》を。



 ……待ち望んでいるかの様に。

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