第315話 アザトート、現出
全なる邪神──……『アザトート』。
それは、四柱の邪神たちの間でだけ周知されていた存在であり、かつての召喚勇者や魔族との戦いで姿を現す事はなかったらしい。
……まぁ、よくよく考えずとも当然と言えば当然──……アザトートが現れるという事は、ヒドラを始めとした四柱の邪神たちが自我を捨て一つになったという事なのだから。
ゆえに、その存在は誰も知らなかった。
女神たちさえ、うっすらと名を知る程度。
が、この世界で唯一その存在を明確に知る者がいた──それこそが、コアノルである。
彼女を生み出した女神たちすら知らない事を、どうして彼女だけが知り得ているのか?
それは誰にも分からない。
……何であれば、コアノル自身にすらも。
しかしながら、コアノルはその事自体に疑問を感じてはおらず、むしろ『愉しみが一つ増えた』としか思っていないのは、その昏い愉悦に満ち満ちた表情を見れば一目瞭然で。
(やはり面白い事になったのう──……さてはて、ミコは一体どの様に動くのじゃろうか?)
今、彼女の興味は『全なる邪神』にあの幼い召喚勇者が如何様にして抗うのか──という一点にしかない事もまた……明白だった。
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世界中の『水』に変化が起きる──直前。
『──……っ、間に合わなかった……』
ヒドラによる『
その球体の表面が、うねうね、ぐにぐにと波打つ様は到底観賞に耐え得るものでなく。
「何だあれは……
「ぅ、え……っ」
「! フライア、大丈夫かい!?」
本来、世界にとっての侵略者に他ならない魔族であるヒューゴさえ呆然とし、フライアに至っては悍ましさから吐き気を催す始末。
『今のうちに攻撃しちゃおうよ!!』
「いいぜ、手ぇ貸してやる!」
そんな状況にあり、この中でも特に好戦的な二人──フィンとイグノールは、どう見ても万全な状態ではないというのに戦いが始まる前と変わらない闘志を以てして牙を剥き。
「ぐ……っ、あたし、も……」
「ま、まだ動いちゃ駄目よ!」
「そうだ、あれは私たちが──」
カナタの治療術で両腕は再生済みとはいっても、まだ本調子とは程遠いウルを何とかしてカナタとレプターが制止せんとする中で。
「──……駄目だよ。 少なくとも今は」
「……我輩も推奨は出来ぬな」
「あ"ぁ!? 何でだよ!!」
静かに、されど力持つ声を発したのは。
女神たるサラーキアを除いて、ここにいる誰よりも事態を理解し、そして誰よりも事態を重く見ていたキューとローアであり、その言葉の意図を掴めないイグノールの怒声に。
二人が顔も見合わせず、ただ声を揃えて。
「「……もう、遅い──」」
示し合せるでもなく、そう呟いた瞬間。
『──う!? うわぁああっ!?』
空高く浮かんでいた漆黒の球体が絶大な破裂音とともに割れ、それに伴う形で発生した超巨大規模の暴風雨は、レプターの結界によって守られている筈の
しかし、そこは勇者の盾の腕の見せ所。
「っ、この程度でぇ……っ!!」
あわや結界ごと津波に呑み込まれんとしていた
(……っ!? 何だ、これは……!! 腕が、いや全身が『黒』に蝕まれているのか……!?)
ただ、それでも絶対的な防御力を誇っている筈の
(……いいや、そんな事はどうでもいい! この身がどうなろうと、ミコ様さえ無事ならば!)
とはいえレプター自身、最も優先しなければいけないのは何なのかという事は誰よりも自覚している為、最悪この身が滅ぼうとも望子さえ無事なら世界は救われる──……という絶対的な信頼から彼女は笑みを浮かべる。
……そんな事、望子は望んでいないのに。
それから、およそ数分程の大時化に襲われていた一行だったが、それも次第に収まり。
『……何、あれ……』
ちゃぷ、という波の音だけが──まぁ黒いのは変わっていないものの──支配する不気味な静けさの中、破裂を終えた漆黒の球体の中心に、いつの間にか浮かんでいた頭身が高いという事だけは分かる真っ黒で大きな女性の姿に、フィンが思わず疑問を声にした時。
『──……アザトート……?』
『!? どうして貴女が──』
この場では、まず間違いなく自分だけが知っているだろう筈の『全なる邪神』の名を。
いくら召喚勇者の所有物であり、おそらく何らかの特殊な力を備えているとはいえ、まさかハピが視抜く事が出来るとは思っていなかったサラーキアが目を剥いたのも束の間。
その真っ黒な女性は、ゆっくりと目蓋を開き、その目蓋の奥にある赤・青・黄・緑の四色が混ざった様な色彩の瞳を一行に向けて。
『漸く
『ぇ……? わ、わたし……?』
……否、望子一人に向けて静かに呟いた。
明らかに自分に瞳が向いている事も、『異界』『勇者』という言葉が含まれている事も踏まえれば当然、望子は自分に声をかけているものだと思って疑問の声を上げたものの。
(……違う。 あの言葉はミコに向けてのものじゃない──……あの瞳は、ミコに向いてない)
キューだけは、アザトートの言葉も視線も望子本人に向いていないという事に気づき。
(……やはり、知っているのですね──この小さな勇者の中に潜む『あの存在』の事を……)
そして、サラーキアに至っては誰も明かしていない筈の望子の中に眠る《それ》に紺碧の光を放つ瞳を向け、アザトートの真意を見抜いていたが──……それを口にはしない。
──……
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