第313話 今こそ一つに──
あと、もう少しだけ判断が早ければ──。
事の大きさを問わず、そんな風に悔やんでしまうというのはきっと誰しもあるだろう。
例えば──……そう、『ちょうど自分の番で欲しい物が売り切れた』とか、『夏休み最後の日に宿題が全く終わっていない』とか。
……こんなしょうもない例を挙げてしまうと、これから起こる現象の絶望感が霞んでしまうのでは──……と思うかもしれないが。
断じて、そんな事はない。
フィンやリエナが行使する様な普通の分身とは異なり、本体と微塵も変わらない力を持つ『もう一柱の自分』を吸収する事で、単純に水の邪神二柱分の力を手にするのは勿論。
かつては四柱で創造した
もし、これが現実となってしまったなら。
四柱の女神と小競り合いを繰り広げていた時や、
──『全なる邪神』が誕生する事になる。
サラーキアは、これを警戒していた。
……これのみを、警戒し続けていたのだ。
だが、もう遅い。
先に言ってしまうと──ヒドラは『全なる邪神』への覚醒を果たしてしまう事となる。
つまり、あれだけ必死に邪神を止めようとしていた女神や勇者一行、あちらから急いで戻ってこようとしていた勇者一行や魔王軍幹部、
これらの頑張りは水泡に帰したという事。
今回の場合、誰の判断が遅かったのか。
分かっていたのに止めきれなかった
帰還の
それとも──。
……いや、そんな事はもうどうでもいい。
避けられない事象についての言及など、それこそ遅く、それこそ何の意味も持たない。
……もう、全てが遅いのだ。
『『『クェエエエエッ!!!』』』
「──……間に合わなんだか」
『! ろーちゃん! みんなも!』
何しろ、ウルたちが
『あぁ……これよ、これさえあれば……!』
『っ、これだけは避けたかったのに……!』
見計らったかの様なタイミングで出現した青黒い神力の大渦が少しずつ少しずつ小さくなり、ヒドラの手元に舞い降りたのだから。
その青黒い──正確には赤や緑、黄色も僅かに混じっている──神力でのみ構成された球体が、どれだけ危険なものがという事自体は望子を含めた誰もが理解していたものの。
女神たるサラーキアを除き、それを真っ先に察した──……否、
(──……やっっっっば……)
既に戦闘不能のポルネと並び、『神』の名を冠する
キュー以外の一行が、『よく分かんないけど何かやばい』くらいの理解度だとすると。
キューの
事実、キューの憶測は考えすぎでも何でもなく、まだヒドラが『全なる邪神』への覚醒を遂げていないにも拘らず、ここら一帯の海域は既に邪な神力の影響を受け始めており。
『うわっ! 何か海がキモい感じに……っ!』
その証拠に、つい先程までサラーキアのお陰である程度は元通りになっていた筈の大海が、ヒドラが生やすそれと同じ様な触手を象った波を起こし、その波の不快さや一切の操作が効かない歪さに、フィンが呻く一方で。
「っ!? 魔獣どもからも触手が……!!」
『……色もおかしいわねぇ、あれ……』
飛行している兼ね合いか、そんな海に潜む多種多様な魔獣たちが、
「いやいやそれより! ウルも! イグ──まぁあれはいいけど! カリマもポルネも、こっち以上にボロボロじゃない! すぐ治すから!」
「っ、あたしはいい! こいつらを──」
周囲の環境の変化が気にならないと言えば嘘になるが、それよりも聖女として仲間たちの──魔王軍幹部は除く──傷の方が気になって仕方ないカナタもいるし、どう見ても誰より重傷なのにカリマたちを優先してやってくれと仲間想いな一面を見せるウルもいて。
「イグノール様……! 再生限界が……!」
「黙れ! それどころじゃねぇんだよ!」
「いっ、今は言い争いなど──」
ぱっと見は完治している様に見えても、ボロボロと羽や尻尾、角などが崩れてきている事から、魔族が持つ再生力の限界がイグノールに近づいている事を察して無駄とは思いつつも慮るフライアや、やはり自分の身体など気にもかけていないイグノール、そんな二体を諌めんと振る舞うヒューゴもいたりした。
が、しかし──。
それらは全て、ヒドラの覚醒と何の関係もない瑣末な事だというのは言うまでもない。
『──……やっと、やっと叶う……!』
何しろ、こんな風に一行がわちゃわちゃやってる間にも、ヒドラはその紺碧の瞳を爛々と輝かせ、手元に舞い降りた球体をさも宝物である様に優しく包み込んでおり、一行の動向になど見向きもしていなかったのだから。
そして、ヒドラはその球体を高く掲げる。
何某かに向けて捧げる様に──否、何某かに向けてその球体の存在を見せつける様に。
それが誰かなど、もう言うまでもなく。
『アグナ、ストラ、ナイラ……私たちの理想郷を勝手に壊してごめんなさい。 でも──』
既に、この世界にはいない事になってしまっている、火・風・土をそれぞれ司る三柱の邪神の名を呟いたかと思えば、ヒドラはおもむろに
その言葉に込められていたのは謝罪よりも遥かに強い、『決意』と『覚悟』の感情で。
『……積年の悲願を果たす為の仕方ない犠牲だった、きっと分かってくれるわよね……』
申し訳ないとは思いながらも、おそらく他の三柱が今の自分と同じ状況に陥ったなら。
十中八九、自分と同じ様に理想郷を犠牲にしてでも女神の消滅に全てを懸ける筈──。
そう信じてやまない──……というか、そうであってほしいと言わんばかりの表情だ。
もう、この世界に同胞たちは存在しない。
確認する
しかし、ゆえにこそヒドラは決意する。
女神と同時に、ストラの姿を分不相応にも写し取るあの幼い勇者を滅してしまえば、きっとストラは戻ってきてくれる筈だ──と。
そして、『全なる邪神』へと覚醒を遂げた自分とストラの二柱ならば、あの恩知らずな魔王さえも討ち果たし、アグナやナイラすらも取り戻す事が出来るのではないか──と。
そんな、そこらの子供が思い描いた夢物語よりも甘い考えの下、彼女は──覚醒する。
『さぁ皆……今こそ、一つに……!!』
『……っ!!』
高く掲げた球体を狂気的な瞳と表情で見つめていたヒドラの叫びに呼応する様に、その球体からドロドロと粘つく青黒い神力が広がっていく中、誰よりも強い危機感を抱いていたサラーキアは息を呑みつつも手を伸ばし。
『駄目ですヒドラ!
これまでの様な小競り合いならば幾らでも付き合う──……とまでは言わないが、『全なる邪神』への覚醒だけはしてはいけない。
そんな風に叫ぶサラーキアの瞳に込められていたのは『怒気』でも『焦燥』でもなく。
紛れもない──……『悲哀』だった。
そして、『全なる邪神』が姿を現す──。
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