第312話 夢幻の如く──
一方その頃──。
……そんな風にあっさり表現すると、そこまで大きな戦いじゃなかったのではと思うかもしれないが──……勿論そんな事はない。
ただ単純に戦いの規模だけで見ても、あちらの世界とは比べ物にならない程に
また、ヒドラや勇者一行がそれぞれ負っている傷に関しても、あちらのヒドラや勇者一行が負っている傷とは最早比較にならない。
片腕や片足の欠損などは勿論の事、漆黒の激流で眼球を斬られた事で目が見えなくなっていたり、漆黒の水弾で喉を貫かれた事で声が出せなくなるばかりか呼吸さえ難しくなっていたりと満身創痍を
「……っ、はっ!! まだまだぁ!!」
ちなみに、ウルはとっくに
「もっと愉しませろやぁああっ!!」
また、イグノールも顔の半分を吹き飛ばされてしまっていたが、それでも痛みなど知らないとばかりに狂気的な笑みで特攻し続け。
「……ポル、ネ……いる、よな……?」
「……っ、え"ぇ……」
先述した通り眼球や喉を潰された事で完全な戦力外となったカリマやポルネとは、やはり戦闘意欲からして違うという事が分かる。
(……全く、
……ローアだけは一見すると五体満足の様にも思えるが、それでも魔力は尽きかけているし、そもそも躱しきれなかった邪神の攻撃は確実に彼女の身体を内側から蝕んでいる。
こう聞くと、やはり大きな戦いであった様に思えるだろうし、これ以上の戦闘続行は不可能なのではないか──……と思うだろう。
だが満身創痍なのは一行だけではない。
(──……何でよ……っ、私は手を抜いてなんていないのに……どうしてここまで……!!)
今となっては
それでもウルたちよりは大きいが、力の消費に伴って身体自体も縮小しているのだろうというのは鈍いウルでさえ理解出来ていた。
だからこそ一行は決して諦める事も退く事もなく、ほぼ戦闘不能状態にあるカリマやポルネですら少しでも一行の力となるべく手や脚を伸ばし、ヒドラを倒す為に力を尽くす。
(私は邪神、女神から分裂したとはいえ正真正銘の神! こんな奴らに苦戦するなんて──)
そんな一行に手を焼いていたヒドラが今ある力全てを込めてでも、この中でも殊更に厄介なローアを始めとした一行を殲滅せんと。
──した、その瞬間。
『──はっ!?』
「「っ!?」」
突如、戦闘中だというのに目の前の強敵たちから視線を外し、どういう訳か何もいない筈の空間を睨みつけながら何らかの理由で驚きを露わにするヒドラに一行が困惑する中。
視線を外さざるを得なくなったのは、ヒドラへとかけられた──彼女と同じ声のせい。
そして、その声の内容とは──。
(あちらの世界にサラーキアが!? それを退ける為に一つに!? どうして今になって……!)
そう──……あちらの自分からの呼び声に込められた『水の女神が現れた』『退けたいが力が足りない』『一つに』という衝撃的な内容にヒドラはただ只管に目を剥くばかり。
……予想だにしていなかった訳ではない。
邪神の邪神による邪神の為の世界であるこちらならともかく、あちらは元より女神たちが創造した世界ゆえ、いつどこに現れたとしても何らおかしくはないとも分かっている。
しかし、どうして今なのか──。
他に幾らでも現れるタイミングはあった筈だというのに、よりにもよってこんな時に。
とはいえ、ヒドラにも女神が現れた理由は何となしに掴めていた──……あの勇者だ。
これまでも自分たち邪神が世界を闇に堕とそうとした事はあったが、その時は殆どの場合女神ではなく女神の
おそらくは確実に自分たちを討てるという確信がなかった為だろう──とヒドラは踏んでおり、それは実際のところ大正解だった。
つまり、こうして今になって女神自身が介入してきたという事は──……あの幼い勇者と、その一行の活躍によって漸く最後の邪神が討たれるという希望を
その思惑通りに今、自分は苦戦している。
仮に、こちらの勇者一行や魔王軍幹部を倒しても──女神の相手までする余裕はない。
そうすると、やはり向こうの自分が提案した様に完全なる邪神となって、サラーキアを含む一行を相手取るべきなのだろうか──。
……と、頭では分かっていた。
しかし、『理解』と『納得』は違う。
今でこそ彼女一柱だけが存在し、そして維持しているこの幻夢境だが、かつて四柱の邪神が文字通り『
幾ら積年の悲願を果たす為とはいえ、この理想郷を潰してまでする事か──と、あちらのヒドラの決断とは若干の差異がある様だ。
それもその筈、分身といってもフィンやリエナが行使する様な命令ありきの存在ではなく、あちらもこちらも真に水の邪神ゆえに。
しかし、だからこそ分かってもいたのだ。
(……分かったわよ、やればいいんでしょ?)
もう、『
『──何が女神よ、何が勇者よ! もうどうにでもなればいいんだわ! 全部、全部っ!!』
「何を突然ぎゃあぎゃあと……っ!!」
「どうにでもってんなら──」
ゆえにこそ、ヒドラは半ばヤケになった様な口ぶりで、あちらの自分からの提案を受け入れるとともに今ある神力全てを充填し、それを最後の一撃の前準備と捉えたウルとイグノールが満身創痍の身体を押して、ヒドラに引導を渡してやるべく特攻せんとした瞬間。
「──!! いかん……っ!!」
「「ぅおっ!?」」
これまでとは違う意思を感じ取ったローアは、ヒドラから模倣した力でウルたちを自分の傍へ転移させ、いきなり視界が変化した事で二人が驚愕を露わにしたのも束の間──。
「──っな!? 何だありゃあ……っ!?」
ウルたちから遠く離れた上空に出現したのは、つい先刻までヒドラがいた筈の場所に我が物顔で陣取った──……巨大な黒い渦巻。
黒の中に僅かな青が混ざったその渦巻は加速度的に回転を速め、それに伴い発生した超絶的な吸引力は空を割り、海を呑み込んで。
……ヒドラはもう、そこにはいない。
「魔力──……じゃねぇ、神力の渦か!?」
「
「どうにでもってのぁ、そういう……!」
一方、驚く事しか出来ていなかったウルとは違い、ローアは当然ながらイグノールまでもが渦巻の正体を看破しており、その身を犠牲にして発生させたものと漸く理解したウルが『最期の最期に……っ』と歯噛みする中。
「……おそらくは──」
「あ"!? 何か言ったか!?」
「……いや、何も」
そんなウルとは違う見解に辿り着いているらしいローアの呟きに、よく聞こえなかったウルが聞き返すも、ローアは首を振るだけ。
ウルに言っても理解してもらえるかどうか怪しいという事もそうだし、それ以前に自身の見解も正しいかどうか分からないからだ。
(……闇雲に吸い込んでいるというのならまだしも、吸い込んだ
その見解とは、ヒドラ自身が変化したと見られるあの渦巻から、どういう訳か吸い込んだ『完全な神力』を『どこかの誰かに譲渡する』様な意思を感じたというものであり、ローアとしても根拠はないと自覚しているが。
……それでも、その見解が正しかったとすると、あちらの世界も決して安全ではなく。
ローアが推測する『どこかの誰か』に『完全な神力』が渡ってしまったが最後、取り返しのつかない事態になってしまうのでは、と半ば確信めいたものを感じていた中にあり。
「……っ、このままだと俺らも呑み込まれちまうぜ……! どうなるか分かんねぇぞ!?」
「何っ、か……手は、ねぇのか──」
空高く陣取るあの渦巻は、やはりウルたちさえも呑み込まんとしており、魔族特有の再生力で傷は治っても力は不完全なイグノールや、満足に息をする事も難しくなってきたウルでは時間の問題か──そう思っていた時。
『『『──クェエエエエッ!!』』』
「へっ!? な、何だ……!?」
「おい、あいつら確か──」
突如、世界規模で吹き荒れる暴風雨にも負けずに響いた甲高い鳴き声に反応し、ウルとイグノールが揃って見上げた先にいたのは。
「そう、か……っ、ミコの……!!」
「あぁ、
望子が召喚した、数体の
そんな
(やはり……あちらにも水の邪神が……っ!)
何を隠そう、こうして
ハッキリ言えばローアが推測する『どこかの誰か』がもう一柱の水の邪神であり、あちらのヒドラが
つまり、このまま放っておいたら──。
──二柱分の力を持った邪神が誕生する。
……それはそれで見てみたいし、興味がないかと言うとあるに決まっているのだが、ローアだって流石に空気を読む事くらいする。
「ウル嬢! イグノール! 決して抵抗はせぬ様に! お主らも知っての通り、あれはミコ嬢の
「わぁってんだよ、んな事ぁ!!」
「ローア! カリマとポルネを頼むぞ!!」
「うむ!」
『『『クェエエ……ッ!!』』』
だからこそ、ウルたちも知っているだろう事を改めて認識させる為の声を発し、そんな事は分かりきっている二人は、かたや次なる戦闘に備え懲りずに爪を研ぎ、かたや知らぬ間に意識を喪失していたカリマたちの補助をローアに頼み──……そして、甲高い鳴き声とともに視界が黄緑色の風に包まれた瞬間。
ウルたちは直感的に、あちらの世界へ帰還する為の扉が開かれたのを感じ取っていた。
こうして邪神の邪神による邪神の為の世界である
文字通り、
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