第311話 つれてもどって

 ──私たちの理想郷を犠牲にしてでも。



 ヒドラの言う『私たちの理想郷』とは、まず間違いなく裏側の世界──幻夢境ドリームランドの事で。


 ヒドラにとって、かつての仲間たちとともに創り上げた文字通りの『理想郷』を、あろう事か犠牲にしようとはどういう事なのか。


 この場にいる誰もが抱いて当然の疑問に対し、望子を始めとした勇者一行や二体の魔族が困惑を露わにする一方、明らかに異なる反応を見せていた者たちが──……二人いた。



 一人──というより、一柱はサラーキア。



(……想定通りと言ってしまえばそれまでですが──……本当に、どこまでも……)


 女神だからというのもそうだが、そもそもヒドラと同一の存在である彼女には、その投げやりにも聞こえる言葉の真意が理解出来ていた──……理解出来てしまっていたのだ。


 ……とはいえ、『私ですね』という言い方は少しばかり卑下しすぎではと思うのだが。



 それにも、ちゃんとした理由わけがあった。



 何を隠そう、かつて女神たちが本気で邪神を討とうとした時に、こちらの世界を神力の塊に戻したうえで、邪神を討った後は幻夢境ドリームランドを基盤に世界を構築し直すという神々の規模での後始末を計画した過去があったからだ。


 結局、女神も邪神も中身や考える事は同じなのだという事がよく分かる挿話エピソードであった。



 ……では、もう一人は誰なのか。



「──っ、ミコ! 有翼虫螻ビヤーキー幻夢境ドリームランドに!!」

『きゅ、きゅーちゃん? なんで──』

「だっ、だからぁ……っ!」



 ──そう、キューである。



 海神蛸ダゴンと並ぶ『神』の名を冠する亜人族デミである彼女もまた、ヒドラの奥の手を看破してしまっていた様で、それを伝える時間も惜しいと判断した為、可及的速やかに実行しなければならない事だけを望子に向かって叫ぶ。


(びやーきーって、あのこたちのこと……だよね? なんでいま、あのこたちをあっちに……)



 しかし、やはり望子は分かっていない。



(こんな言い方じゃ伝わらないのは分かってるけど……取り返しがつかなくなる前にっ──)


 神樹人ドライアドに進化して以来、望子やカナタ以外には飄々とした態度を取りがちだった彼女からの焦燥感たっぷりな叫びへの困惑の方が大きいからかもしれないが、それはさておき。


「お願い、言う通りにして! じゃないと、ウルたちが──……!」

『え──』

「っ、そういう事か!!」


 そんな事に構っている場合ではないと言わんばかりに切羽詰まったキューの、『戻って来られなくなる』という言葉の意図を望子が掴めるかどうかという中、三人目の理解者となったのは一行でも殊更に聡明なレプター。


 流石に神樹人ドライアドとなったキューには劣りこそすれど、それでも彼女は気づく事ができた。


(分身ごと幻夢境ドリームランドを取り込むつもりか……!)


 幻夢境ドリームランドの維持に割いていた力、全く同じ力を持つ分身の維持に割いていた力──……その力を自分へ戻す為に幻夢境ドリームランドを崩すのだと。


 そして、レプターが自分の目的に気づいた事に──……ヒドラもまた、気づいており。


『はっ、気づいたから何だというの!? 止められるものなら止めてみなさいな……!!』

「く……っ!!」

『させませんよ、そんな事は!!』


 たかが亜人族デミ風情が──そう言わんばかりの嘲笑とともに叫び放たれたヒドラからの挑発は、残念ながら正論中の正論でしかなく。


 それを誰より理解していたからこそ、レプターが悔しげに歯噛みする中、邪神の目論見を阻止する為に神力を放出し始めたサラーキアと同時に動き出した者たちも確かにいた。


『キュー、ハピ! ボクらもやるよ!!』

「りょーかい!」

『これ以上、好きにはさせないわ……!』


 フィン、キュー、ハピの亜人族デミ三人組はサラーキア一柱では止めきる事が不可能だと見抜いたうえで、すぐさま支援の体制に移る。



 だが、それを易々と許すヒドラではない。



『──少しでも時間を稼ぎなさい!!』

『『『ギョオ"ォオオッ!!』』』

『あぁもう鬱陶しいなぁ!!』

『まだ出てくるの……!?』

「養分になるから悪くはないけど──」


 自分が動けない以上、眷属ファミリアに頼る他ないと分かっているからこそ、ヒドラはカナタたちと戦わせていた海神蛸ダゴンを盾、或いは壁とするべく召集し、その呼びかけに呼応する様に群がってきた海神蛸ダゴンたちを軽々と、されど面倒くさそうに三人が蹴散らしていた、その時。


『『『ギョエ"アァアアアア……!?』』』

『っ、どこまでも邪魔を……!!』

「大丈夫……っ、海神蛸ダゴンは私が止めるわ!」


 先程まで甲板の数ヶ所で煌めいていたものと同じ輝きを放つ光線が、またしても海神蛸ダゴンたちを浄化してしまった事で、もう誰の仕業か確認するまでもなく睨めつけられた邪神の視線にも、カナタは怯む事なく祈りを続け。


「我々もお力添えを……!!」

「えぇ、そうね……!」


 そんな聖女にフライアとヒューゴも手を貸して、もう迷わないとばかりの決意に満ちた表情を浮かべつつ、『似た立場の存在』だと言えなくもない邪神の眷属ファミリアを翻弄していく。


(皆、頼むぞ……! そして、ミコ様──)


 船の護りに集中せざるを得ないレプターを含め、この場にいる一行全員が邪神との戦いの最終局面に身を投じていく中にあり──。


『……っ、うん! みんな、おねがい! おおかみさんたちをつれてもどってきて……っ!』

『『『クエェエエエエッ!!』』』


 望子は漸く事態を理解し、もう一度その手から数体の有翼虫螻ビヤーキーを召喚するとともに、ウルたちを連れ戻る様に指示を出し、それを受けた眷属ファミリアたちは鳴き声を上げて飛んでいく。











 この時既に、崩壊寸前だった幻夢境ドリームランドへ。

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