第310話 魔王の出自

 人族ヒューマン亜人族デミ、邪神──……そして女神。



 あらゆる存在の敵にして、その全てを昏い闇の力で覆い尽くさんと目論む魔族、延いては魔族の祖とも言える魔王コアノルが──。


 かの四大元素を司る女神たちによって生み出されたという、まるで魔王や魔族が女神の眷属ファミリアか何かかとでも言う様な水の女神の言に驚きと困惑を隠せない二体の魔族に対して。


『──その認識でも間違ってはいませんよ』

「「!!」」


 当のサラーキアは、さも心を読んだかの如き余裕じみた表情と声音を以て二体の考えを肯定し、それを受けた二体は更に目を剥く。


 心を読まれた事もそうだが、それ以上に自分たちは本当に女神が元となって生まれた存在だったのかという事に驚愕していたのだ。



 ただ、それと同時に一つの疑問も抱いた。



 果たして、かの恐るべき魔王様は──。











 この衝撃的な事実を、知っているのかと。











 ……確認しておくべきだとは思っている。



 そして、もし魔王がその事実を知っているのだとしたら、どうして自分たちに隠していたのかという事も問わねばと分かっている。


 尤も、側近や三幹部たちとは違って単なるいち魔族でしかない自分たちになどわざわざ言う必要もなかったからだ──……と言われてしまえば何の反論もしようがないのだが。



 だとしても、問わずにはいられないのだ。



 何しろ、このたった一つの小さな疑問は。



 コアノルの力がなければ決して総数は増えないという、生物として欠陥だらけな新種の存在意義を大きく狂わせかねないのだから。


「「……っ、あの──」」


 と、示し合せるまでもなく全く同じ考えを持ち、そして同じタイミングで疑問を声に出すべく口を開こうとした二体を制したのは。


『……あぁ、コアノルは知っていますよ? というより、コアノル以外は知らない筈です』

「「……っ!」」


 魔王は全てを知っている──……という事実をあっさりと二体に突きつけたサラーキアの言葉であり、出来る事なら否定してほしかった二体は声を発する事も出来なくなった。


 自分たち魔族は魔王の命令に従って、この世界の全てを掌握する為だけに動いてきた。



 かつても、そして封印が解かれてからも。



 だが、もし女神の言が正しいとするなら。



 自分たちは『魔王しゅじん』の命令に従い、もっと上の『女神しゅじん』が創造した世界を手に入れんと暗躍していた──という事になってしまう。



 ……これでは、とんだ道化ではないか。



 元々女神の出現時から甲板に膝をついていた二体が、がっくりと肩を落とす一方──。


『……何でそんな事したの? 魔王を生み出す事が大問題だなんて、ボクでも分かるよ?』

『フィ──……いや、もういいわ……』


 相も変わらず敬語の『け』の字も使うつもりはないフィンが、そもそも魔王を生み出したのは何故なのかと問いかけようと試みて。


 そんな彼女の不敬を咎めんとしたが、するだけ無駄かと思い直すハピもいたりする中。


『……そうですね。 あまり時間もない様ですし手短に話しますか──……を』


 サラーキアは、ゆっくりと首を縦に振りつつ改めてヒドラへの水の拘束を強固にするとともに、フィンの──……もとい、この場にいるヒドラとキュー以外の全員が共通して持っているだろう疑問への答えを語り始める。


────────────────────


 それは、今から数万年以上も前の事──。



 具体的に言うのであれば、かの女神たちが邪神たちとの小競り合いに苦戦していた頃。


 元々自分たちと同一の神である四柱の邪神たちは、サラーキアを始めとする四大元素を司る女神たちと全く同じで、それでいて深く昏い闇の力をも有していた為、同程度の神力で放つ光の力を以てしても事態は好転せず。



 彼女たち四柱は、かなり困り果てていた。



 このままでは、ほんの少しばかりの変化を求めて植えつけんとした人族ヒューマンの悪意や、そんな人族ヒューマンに対抗する様に生み出された亜人族デミの悪意が、その奥に確かに存在する筈の善意を押し潰してしまうかもしれない──……と。


 おまけに最近、邪神たちはこの世界の裏側に自分たちだけの世界を創造せんと目論んでいる様だし、どうにかしなければならない。



 だが、神同士ではどうにも──。



 そう考えていた四柱の女神たちに、とある天啓が──天啓を授ける側だが──よぎる。


 人族ヒューマンに対抗して亜人族デミが生み出されたのと同じ様に、あの邪神たちに対抗し得る存在を生み出せば良いのではないか、という天啓。



 ……もう、お気づきかもしれないが。



 この四柱、割とポンコツである。



 そんな事をして、次はその存在が邪神より遥かに面倒な敵になるかもしれないなどとは夢にも思わない──否、のだから。


 そうして生み出される事となったのが、後に『魔王』と呼ばれる事になる存在、コアノル=エルテンスであり、まるで少女の様な見た目のその器へ邪神から採取した闇の力を込め、後はこれを邪神にぶつけるだけだ──。











 ……そう、ここまでは計画通りだった。



 自分たちの力──要は神力がこもってしまっては意味がないと判断して闇の力だけを注入した器には、まだ『自我』はなかった筈。


 ……筈なのに、その器は闇の力を注入し終えた瞬間に薄紫色の双眸をカッと見開き、ふわりと背から生えた一対の黒い羽で浮かぶ。



 そして──……こう口にした。



『其方らの願いは叶えてやろう。 尤も、それが其方らの想う形かどうかなど知った事ではないがの。 せいぜい指を咥えて眺めておれ』


 ぽかんと口を開ける女神たちを下目に、まだ名前すらないその器は既に自我を有しているかの様な口振りで、『いずれ願いは叶えるが、その後は知らん』と言い、姿を消した。


 それからすぐ、その器は自らの名を『コアノル=エルテンス』と名乗り始め、邪神と同等かそれ以上の闇の力を以て配下を増やし。



 誰もが知る、『魔王』となったのだ。



 異界より『勇者』が来たる、その時まで。


────────────────────


「……それじゃあ、私たち魔族は──」

「対邪神用の、駒……その更に下?」


 今の話が正しかったとするなら、この身は邪神に対抗する為に生み出された魔王──から生み出されたという、ハッキリ言ってしまえば『いてもいなくてもいい存在』であり。


 漸く声を出せる様になった二体は、その事実を否定してほしくて絞り出すが如き力ない言葉を発したが、サラーキアはそれを肯定するべく首を縦に振り、『言うまでもない事ですが』と何の遠慮も感じない前置きをして。


『それ以上でもそれ以下でもありません。 こうなってしまったからには、どちらもこの世界には不要。 消えてもらうしかないのです』

「そ、そんな……」

「今まで、何の為に……っ」



 最早、駒の役割でさえ与える意味がない。



 そう言わんばかりの冷たい表情と声音で告げられた女神からの言葉に、フライアとヒューゴは元より血の気を感じにくい褐色の顔を青白くさせて、これまでの時間を後悔する。


 確かに、コアノルが自我を持って行動し始めたのは予想外だったのだろうし、それによって自分たちが生まれたのは間違いない筈。


 だが、そうして生まれた自分たちの命には何の意味もなかった──強いて言えば、コアノルの我儘を叶える程度か──……と知らされたと考えると、こうなるのも無理はなく。


 恥も外聞もかなぐり捨て、その薄紫の瞳から涙を流してしまいそうになった、その時。











『──……そんなこと、ない』

『え?』


 小さく、か細い──……しかしながら確かに力ある声音での呟きが聞こえた方へサラーキアが顔を向けると、そこには未だに風の邪神の姿のままに水の女神を睨む望子がいて。


 この場にいる全員の視線が集まるのを待っていた訳ではなかろうが、ちょうどそれくらいのタイミングで望子は口を開きつつ──。


『そんなことない! おねーさんも、おにーさんも! できることを、せいいっぱいがんばってた! いなくてもいいなんてことない!!』

「「……っ!!」」

『……貴女は……』


 とうに、フライアやヒューゴの頑張りを認めていたのだろうか──……まるで二体を仲間だとでもいう様な心からの叫びに、もう驚きと感動の入り混じる魔族らしくない表情で息を呑んでいたフライアたちとは対照的に。



 ……女神は、よく分からなくなっていた。



 この少女は召喚勇者で、しかも全ての神々に愛された子供の筈であり、全ての神々に疎まれるこの魔族たちに、どうしてここまで。


 彼女がまぁまぁのポンコツである事を差し引いても、謎が深まっていく一方であった。


 ちなみにこの時は名を挙げなかったがローアの事は大切だし、イグノールもあれはあれで悪い人じゃないと思っている望子である。


「キューは別に魔族なんてどうでもいいんだけどね。 でもさ、ミコの言う事は間違ってないと思うよ。 魔族が生まれるきっかけ作っといて、それはないんじゃない? 無責任だよ」

「ちょ、キュー……!?」


 そんな中、勇者と女神の会話に割って入ったのは、この中では勇者に次いで神に近い力を持つキューであり、そもそもの発端は女神たちの浅慮による失態なのだから、魔族が悪だと分かっていても頭ごなしに存在を否定するのは如何なものか──とタメ口で反論し。


 先刻のハピとは違い、やはり神々への不敬は見過ごせないカナタが咎めんとする一方。


『確かにそうかもしれませんね。 ごめんなさい、神の愛し子。 真っ先に滅ぶべきは──』


 望子とキュー、二人からの正論を受けたサラーキアは意外にも素直に受け入れるとともに頭まで下げてみせ、そのまま後ろを振り返りつつ顔を上げた彼女の視界には、『真っ先に滅ぶべき存在』が実しやかに映っていた。



 半身にして邪神、拘束済みのヒドラが。



 その視線の意図をヒドラが理解出来ない筈もなく──……瞬間、水の槍が黒く染まる。


『──……ふざけないで』

『……ヒドラ?』


 そして望子の呟きと同じく、されど対照的に底冷えする様な低い声音を絞り出したヒドラから感じる違和感に、サラーキアが彼女の名前を呼びつつ二の句を待っていたところ。


『言うに事欠いて、この身だけが滅べばいいなんて言うつもり……!? ふざけんじゃないわよ! 邪神も! 魔族も! 全部あんたたちが生み出したんじゃない! そうでしょう!?』

『……ヒドラ、私は──』


 ドパンッ──という破裂音とともに水の槍と拘束が弾け飛ぶだけでは飽き足らず、その勢いのまま今までにない程の罵声を浴びせかけてきたというのに、サラーキアは動じず。



 寧ろ何かを言いたげに口を動かしたが。



『うるさい! あんたの言葉なんて聞きたくない!! もういいわ、終わらせてあげる!!』


 もう、サラーキアの言葉どころか声一つさえ耳にしたくなかったヒドラは、その美貌をかなぐり捨てる様にして叫び散らし、サラーキアの出現で元に戻っていた海の色を再び黒く昏い漆黒へ染めつつ──……叫んだ。











『私たちの理想郷を犠牲にしてでも!!』

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