第309話 水の女神の自白
邪神が創造した
こちらの世界を表と称するのは必然──。
ただ、それは単に
表となるこちらの世界を創造したのが、四大元素を司る四柱の女神たちだからである。
彼女たち四柱は全ての神々の祖であり、かの植物の女神ダイアナも彼女たちからすれば子供の様なものだと言っても過言ではない。
だが、それでも邪神だけは例外だった。
正真正銘、自分たちの身体を二つに割って生み出した存在である邪神たちは、ダイアナなどの後発の神々と全く違う鏡の様な存在。
秘めたる神力の色こそ違えど、その力が影響を及ぼす規模は殆ど女神たちと大差ない。
……そう、大差なかった筈なのに。
(いきなり現れた事はいい! 女神だもの、どこから出てきたって不思議じゃない──……でも! この力は……っ、この痛みは何……!?)
これまでの激闘の中でも負傷こそすれ、それ程の痛痒は感じていなかった──まぁ痛いと言えば痛かった様だが──というのに、どうして同じ実力しか持たない筈のサラーキアに、ここまでの痛痒を味わわされなければのらないのかと、ヒドラは疑念と怒りを抱く。
尤も、同じ実力を持つ者同士の戦いであるならば、よくよく考えずとも互いに痛痒を与えられて当然なのではと思うかもしれない。
だが、ヒドラとサラーキアは同じ実力どころか、そもそも同じ一つの存在であり──。
傷つけようと思っても傷つかず、殺そうと思っても殺せないからこそ、女神たちと邪神たちの小競り合い──神々の規模での──は数億年にも亘り繰り返されてきたのだから。
ゆえに、ヒドラは理解も納得も出来ない。
サラーキアが自分に痛痒を与えた事も。
既に興味を失くしたとでも言いたげに、あの幼い召喚勇者へと視線を向けている事も。
────────────────────
『──……かみの、いとしご……?』
そんな感じの混乱と怒気で、まともに思考が働かなくなっていたヒドラをよそに、サラーキアの口にした言葉を望子が反復すると。
『えぇ、そうですよ。 この世界の──……いえ、こことは違う全ての世界の神々から
『……のぞまれ、て……?』
未だ鋭く尖った槍の如き海に貫かれたままのヒドラから離れ、いつの間にか望子の傍へと近寄っていたサラーキアは、ストラにそっくりな望子の顔へ手を添えつつ、どこかで聞いた覚えのある言葉を望子本人へと伝える。
(……確か、ダイアナ様も同じ事を──)
そう、ほんの数日前に植物の女神が望子をそんな風に呼んでいた──……それを覚えていたカナタが、ハッと顔を上げたその瞬間。
『……あれも女神ですしね。 聖女カナタ』
「っ!? あ、は、はい……!」
気づけばこちらに視線を向けていたサラーキアは、さもカナタの心を読んだかの様な返しをし、カナタは驚きつつも『女神様ならそれくらいは』と思い直して首を縦に振った。
無意識のうちに膝をつき、そして手を組み祈る姿はまさに聖女といったものであった。
……が、それはそれとして。
『──ねぇ。 結局、君は何しに来たの?』
『!? ちょ、ちょっとフィン!?』
「それは流石に……っ!!」
戦いを邪魔されただけでなく、あんな風に望子の顔に手を添えて愛おしそうに見つめられてしまっては、こうしてフィンが機嫌を損ねてしまうのは半ば必然だと言えるが──。
──相手は女神。
正真正銘、世界の創造主の一角である存在に対する言葉遣いではない──……誰かに言われるまでもなく理解していたハピと、いつの間にか甲板に降りてきていたレプターが何とかして不敬な彼女を咎めんとする一方で。
(……どこまで怖いもの知らずなの……?)
カナタはただただ呆れていた。
……いや、ある意味では尊敬してもいた。
理解していないだけかもしれないが、かの女神を相手に敬語もなしに、しかも勇者や聖女との会話に割って入る──その不遜さを。
『……それは──』
そんな中、当のサラーキアはフィンのタメ口に対して怒りを抱くどころか、どうにも浮かない表情を湛えており、その形の良い唇を開いたり閉じたりを数回程繰り返してから。
何かを口走ろうとした──……その時。
「──けじめをつけに来たんでしょ? 自分たちが犯しちゃった
「っ、キュー……?」
いつの間にか音もなく移動していた──それこそ神々の様に──キューが口にした、まるで女神が咎人であるかの如き発言と、それを発した彼女の真剣味を帯びた表情に、カナタが普段のキューとの乖離に困惑する中で。
サラーキアは、それを否定する事なく緩慢とした動きで首ごと視線を邪神に向けつつ。
『……えぇ、そうですね。 こうして邪な分身を生み出してしまった事もその一つですし』
『っ、何を今更……っ!!』
あろう事か、そのままキューの言葉を肯定するとともに、ヒドラたち四柱の邪神の存在そのものもが罪であると断言した事で、そもそも『
『……そして、
邪神を生み出した事だけでなく、それに並ぶくらいの大きな罪を犯してしまった──と言わんばかりに表情へ影を落としたうえで。
『──……後の世で『魔王』と呼ばれる事となる存在を生み出してしまった事にも、けじめを
「は──」
──……そう、口にしてみせた。
魔王と呼ばれる事になる存在──つまり。
コアノル=エルテンスを生み出したのも。
四大元素を司る四柱の女神たちだと──。
「──は、え……っ!?」
「何、だと……っ!?」
真っ先に驚きの声を上げたのは、この世界の住人かつ、この一行の中では神々への信仰も篤いカナタとレプターの二人であり、かの巨悪である魔王が女神たちの産物だったと言われても到底信じられる筈もなく目を剥き。
『……んん? ねぇみこ、どーいう事?』
『ぇ? う、うーん……?』
そんな二人とは正反対に、ハッキリ言って神々の有り難みなど微塵も理解していないフィンや、何となくは分かっていても知識が追いつかない望子などは揃って首をかしげる。
『……貴女は驚いてないのね、キュー』
「知ってたからね。 進化した時にだけど」
また、その一方で唯一と言っても過言ではない程に落ち着き払っているキューや、そんな神樹人が口にした『言っとけばよかったかもね』という呑気な言葉で逆に冷静になってしまっていたハピなんかもいるにはいるが。
……そんな水の女神からの衝撃的な自白に最も驚いていたのは勇者一行の誰でもない。
「……何が、どうなって……魔王様が、あの女神から生み出された存在、だって……?」
「それじゃあ、魔王様は……いいえ、下手したら私たち全ての魔族が、女神たちの──」
そう、この場に居合わせていた魔族のヒューゴとフライアに他ならず、サラーキアの言葉が真実だったと仮定するのなら、まるで魔王が、いや魔族という種族そのものが──。
女神の
そう言わんばかりの女神の言に、フライアたちは薄紫の瞳を見開かざるを得なかった。
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