第307話 『 』が現れるまでの過程

 幻夢境ドリームランドにて、ローアを中心とした新たな戦いが始まろうとしていた──……その一方。


 あちらの世界──……望子たちがいる方の世界でもまた、それまでとは違う誰一人として予想していなかった事態が発生していた。



 その予想だにしない事態とは──? 



 邪神が発生させる漆黒の荒波で揺れる船の甲板で戦う望子やフィン、キューやハピだけでなく、カナタやヒューゴ、フライアまでもが純血の海神蛸ダゴンを含めた眷属ファミリアたちとの死闘を繰り広げる大海戦において、それは起きた。


『──……か、はぁ……っ!?』


 何らかの大技を繰り出す為、青黒く禍々しい光を充填していたヒドラの背中側から豊満な胸の中心辺りを貫く様に──


 ただ、ヒドラを貫いているその槍は人族ヒューマンが扱う様な普通の武器ではなく、つい数瞬前まで文字通り邪神の手足の様に動かされていた筈の海が、まるで破城槍の如く鋭く尖った破壊的な形状へ変化を遂げたものであり──。


「何、だ!? 何が起こった……っ!?」

「水の邪神が、海に貫かれて……!」

「……もう、何が何だか……」


 あくまで船の護りに専念していたレプターも、フライアの補助をしながらカナタの支援をも器用にこなしていたヒューゴも、どうにか足手まといにだけはならない様に上級魔族としての意地を見せていたフライアもが驚いていたり呆然としていたりする、その一方。


「……あの、光……ぬいぐるみのままで感じた、ダイアナ様のものと同じ様な気が……」

『……あー、確かに……?』


 ハピとフィンは、ヒドラを貫いている槍から──……そして、おそらくヒドラの背後にいるのだろう何某かが放つ紺碧の冷光からが帯びた力に、かの植物を司る女神と似たものを感じていた様だが、そんな一行をよそに。


『……何千、何万──……いいえ、もしかしたら何億年ぶりかもしれませんね、ヒドラ』

『……っ!! さっ──』


 冷光の主──甲板の僅か上方に浮かんでいたヒドラの背後から聞こえてきた妖艶な声の主に対し、ヒドラが『嘘でしょ』とでも言わんばかりの驚愕の表情を湛えて振り返ると。


 そこにいたのは、ヒドラとの下手をすれば何億年ぶりともなる再会を全く以て喜ばしく思っていない様子の、ヒドラと瓜二つな美貌を持ちながらも禍々しさはない大きな女性。



 ……ヒドラは、その正体を口にする。



『……あ"ぁぁ……っ!!』

「えっ!? サラーキア、って……!!」

「……やっぱり」


 その名を耳にして真っ先に反応を示したのは、『聖女』という役目を担っているからか自らが崇拝する医神以外の名も把握していたカナタと、そんなカナタよりも先に事態を把握していたらしく特に驚いていないキュー。


 火、水、風、土──四大元素を司る四柱の女神が一柱、水の女神サラーキアを見た事などあろう筈もないが、この中では望子に次いで神に近い力を持つキューには自明であり。


『……めがみ、さま……?』

『えぇ、その通りです──』


 名前どころか『女神』という概念さえ正確に知らされていない望子も、サラーキアの姿を見て即座に女神であると直感で理解していた様で、そんな望子の呟きに反応したサラーキアはヒドラに注意しつつも、それを肯定。


 そして、にこりと決して戦場に相応しいとは言えない慈愛に満ちた笑みを湛えて──。











『──やっと逢えましたね、

『……ぇ?』


 名前ではなく、こちらの世界でさえ呼ばれた事のない二つ名の様な何かで呼ばれた望子は、ストラによく似た姿で固まってしまう。


────────────────────


 時は少しだけ遡る──。



 勿論、先述した水の女神の出現前まで。



『『『ギョオ"ォ!! ギョオ"ァア!!』』』

「っ、一体どれだけ倒せば……っ!!」


 誇張表現抜きで半永久的に召喚され続けている海神蛸ダゴンの純血を、カナタは次から次へと聖なる光で消滅させてはいたものの、あまりのキリのなさにうんざりしていたのも事実。


『『『ギョオ"ォオオオオッ!!!』』』

「!? しまっ──」


 しかし、そんな彼女の思いなど知る由もないとばかりに海神蛸ダゴンたちは襲撃を続け、その勢いに圧されたカナタの隙を突いて押し寄せたきた海神蛸ダゴンに驚いていたカナタに対して。


「──聖女様! 伏せてください!!」

「えっ」

「斬り裂き、呑み込め──『闇爪両断ダクスラッシュ』!」


 背後からかけられた鋭い男声に反応したカナタが身を屈めつつ振り向くと、そこには既に薄紫の魔力の充填と詠唱を終えて魔術を行使せんとするヒューゴの姿があり、そんな彼の巨大化した薄紫の爪から放たれた斬撃で。


『『『ギョ!? ア"、アァ……ッ!?』』』

海神蛸ダゴンたちが、真っ二つに……!」


 横薙ぎにした事もあり、その殆どが上半身と下半身で分割する様な真っ二つとなった。


 尤も、この魔術は魔王軍幹部であるラスガルドも得意とする闇如翼劔ダクウィンガルの下位互換に相当する為、本来はそこまで強い魔術ではない。


 それでも邪神の眷属ファミリアをことごとく斬り裂けたのは、ヒューゴが中級でも特に優秀な為。


「……ありがとう、助かったわ」

「いえ、これくらいは──」


 それを知ってか知らずか、カナタは自分が聖女である事を一旦置いて魔族である彼に対して礼を述べ、ヒューゴが首を振った瞬間。


「っ、油断、しないで! 『闇中模索ダクブラインド』!」

「「!?」」

『『『ギョッ!? オ"、エ"ェエッ!?』』』

「聖女様! 今のうちに!!」

「っ、えぇ! 神聖光雨リーネライン!!」


 真っ二つにされてもなお絶命していなかった数体の海神蛸ダゴンに気づいたフライアは、その絶不調な身体を押して魔術を行使し、それらの瞳を闇で覆った事により錯乱し始めた彼らを、カナタが得意の聖なる光の雨にて滅す。



 先刻から、こんな感じの繰り返しだった。



 ……そんな一連の戦いを図らずも見下ろす形となっていた、レプターはといえば──。


(カナタたちは何とか戦えているが、どこまで保つか……やはり重要なのは、あちらの──)


 参戦出来ない事を心苦しく思いつつ、されど冷静に戦況を分析する心の余裕を持っており、このままではジリ貧だという事を理解していた為に、もう一つの戦いに望みを託す。



 元より本命ともいえる、ヒドラとの戦い。



 水の邪神に挑んでいるのは、フィン、キュー、ハピ、そして望子を含めた四人の強者。


 三素勇艦デルタイリスは大きく、その甲板も結構な広さがあるものの、その戦いの規模は大きく全く収まりきっていないというのが見てとれる。


 戦い始めてから互いに大きな傷こそ負っていないが──ハピの肩の傷は治療済みであるし──それでも互いの消耗は激しく、また戦闘の余波を受けるレプターの消耗も激しい。


 彼女が誇る最硬の武技アーツ一言之守パラディナイトによる結界が時々点滅しているのがその証拠である。



 当然、望子以外の三人は気づいている。



 早急に戦いを終えなければ──と。



 その絶望的な事実を邪神に悟られる前に。



 ゆえに、フィンなどは最初から全力全開フルスロットル



『噛み砕いてあげるよ!! 『牙流がりゅう』!!』


 甲板から少しだけ浮かび上がり、その位置から一方的に勇者一行への攻撃を加えていたヒドラに対し、フィンは真下から立ち昇る様にしてヒドラを喰らわんとする巨大かつ凶悪無比な紺碧の牙を出現させた──……だが。


 その牙は、どういう訳かヒドラに届く間もなく、ぴたっと動きを止めてしまった──。


『……よく考えれば不敬よね……この私に向かって、あろう事か水で攻撃するなんて!』

『ありゃ、止まっちゃった? でもまぁ──』


 それもその筈、彼女は水を司る邪神──そもそも、この世界に存在する全ての水を操る正真正銘の神なのだから。


 いくらフィンが召喚勇者の所有物であったとしても、それが先刻までの様な不意討ちでもなければ攻撃にさえなり得ないのである。



 しかし、フィンはどうにも焦っていない。



 通用しないと分かっていたからだ。



 ……それが普通の水の魔術であれば。



『──流牙それ、水だけじゃないんだけどね』

『なっ──……く、あぁっ!?』


 それを証明するが如く、フィンの魔術である流牙りゅうがは唐突に高速で回転し始め、ただ噛みつかんとするだけだった筈の水の牙は、まるで洗濯機かの様に邪神の肉体という名の穢れを根こそぎ落とす為、文字通りに牙を剥き。


 髪を、肌を、触手を容赦なく削っていく青との混ざる渦潮だったが、それでも邪神を倒し切る事は出来ず、ヒドラは脱出する。


 また、それと同時に『水だけじゃない』というフィンの言葉の真意をも見破っており。


『……貴女ね、鳥人ハーピィ──……っ!?』


 それが風の魔術──延いては、あの鳥人ハーピィの仕業だと気づいて、そちらへ目を向けると。


『……正直、使いたくはなかったのよ? あまりに良い思い出がなさすぎるんだもの。 けれど──あの子を護る為なら仕方ないわよね』

『その、姿は……っ!!』











 ──……恐化きょうか



 召喚勇者の所有物たる三体のぬいぐるみが共通して持つ、かつての地球の支配者たちの姿を借り受ける最強にして最恐の魔術──。



 ウルは陸の支配者──暴君竜ティラノサウルス



 フィンは海の支配者──海竜モササウルス



 そして、ハピは空の支配者──翼竜プテラノドン



 少し前まで、それぞれの恐竜を半透明な魔力の塊で再現し、それらを纏う事で戦闘力を高める魔術だったのだが──……今は違う。


 フィンが既に行使している様に、ハピもまた半透明な翼竜プテラノドンの全身骨格をさも鎧の如く纏う形となっており、ハッキリ言えば使いこなせていなかった今までとは違い、その圧倒的な力を完全に我が物とする事が出来ている。



 無論、風の邪神の力も込みで──だ。



(……これなら、この調子なら扱える……よかった、本当によかった──……っ、やっと望子の力になれる……っ! 私が望子を護るの!)


 これまでは何をするにも二人に──もう少し正確に言うならば、フィンに劣ってきた。



 だが、これからは──違う。



 自分が望子を護っていくのだ──と。



 まるで、それを異世界に知らしめる様に。



『──……ッ、キュアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……ッ!!!』

『……っ!! 上等よ……!!』



 大きく、そして甲高い咆哮を轟かせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る