第305話 空と海とが入れ替わり──
勿論、
しかし、二つの世界に存在するヒドラの置かれている状況は何もかもが異なっており。
如何に水の邪神といえど水の女神や海の神が存在するこちらの世界では、ヒドラの力も若干の制限がかかってしまう事は否めない。
津波の様に荒れ狂う
たった今この瞬間も行われている、あちらの世界での──
────────────────────
──……空が、暗い。
……いや、
曇天などという表現では到底足りない漆黒に彩られた空は、ぐるぐると渦を巻くだけでなく、うねうねと荒波の様に蠢いてもいる。
では、その下にある海はどうだろうか。
先刻までの状況を考えるなら、まず間違いなく邪神の影響を受けたままであり、あの空と同じく黒の中の黒となっている筈である。
しかし、どういう訳か今の海は先刻までの空の様に、どこまでもどこまでも際限なく落ちていけそうな程──青く透き通っている。
まるで、この世界の──
……
……
──……否。
「……まさか、こんな事まで……っ」
一行の中では比較的にとはいえ冷静な筈のポルネが呆けてしまうのも無理はない、その非現実な現象は比喩でも誇張でもなく──。
「く、くふふ……! くはははは!! 素晴らしい!! これが! これこそが! この世界でなければ発現する事も観測する事も叶わぬ邪神の真価! まっこと素晴らしいのである!!」
元より知的好奇心の昂りを抑えきれずにいたローアなどは、それが自分たちの生命を揺るがす事態と理解していてもなお、まるで悪の化身か何かかの様な笑いを止められない。
何しろ、この世界で起きているのは──。
「……世界が、ひッくり返りやがッた……」
カリマが呟いた通りの──世界の反転。
空が海に、海が空に──ほんの少しの時間差もなく重力ごと入れ替わった事によって。
ウル、ローア、イグノールの飛行可能組はともかく、カリマとポルネは重力に従わざるを得ず、そのまま空に落ちていく事に──。
──……なるかと思われたが。
「あ、ありがとうね、ローア……」
「不甲斐ねェな、アタシらは……」
「……む?」
いつもは望子やそれ以外に興味のある物にしか興味を示さないローアが、その細長い尻尾を器用に伸ばして二人を縛る様に受け止めており、それに対して礼を述べんとするも。
「何、気にする事はないのである。 そも、お主らに邪神を討てるとは思っておらぬゆえ」
「「……っ」」
当のローアは先程まで見せていた狂気的な笑みなどどこへやらといった無表情で、『不甲斐ない』も何も前提として二人を対邪神戦の戦力とは見ていないと吐き捨ててしまい。
否定しようにもその罵声を否定出来る要素がどこにもない二人は、ただ唇を噛むだけ。
そんな二人を見下ろしていたローアは、これといって申し訳なく思っていた訳でもなかろうが、おもむろにその小さな口を開いて。
「……だが、お主らが死ねばミコ嬢は哀しむのであろう。 お主らを見捨てれば我輩は嫌われるのであろう。 ゆえに
こちらの世界にはいない──あの幼くも可憐で勇敢な少女の笑顔を思い浮かべつつ、あくまでも『お友達』が哀しむのが、そして嫌われるのが嫌だから助けたのだと口にする。
その表情は、どこか優しげにも見えて。
「……そういうとこは魔族らしくないわね」
「あァ、全くだ……」
それを見たからなのかどうかは分からないが、つい先程の罵声に対する怒りも忘れ、ポルネとカリマは苦笑いを見せるに留まった。
そんな和やかな三人とは裏腹に──。
「凄ぇ!! 凄ぇなぁおい!! どういう理屈かさっぱり分かんねぇけど凄ぇって事ぁ分かるぜ!! どっちが空でどっちが海なんだ!?」
『うるせぇ! ちったぁ真面目にやれ馬鹿!』
突然の事態にも臆する事なく、どちらかといえばこの異常を愉しんでさえいるイグノールに対し、ウルはウルで赤熱する
『あらあら、喧嘩は良くないわよ? そんなんじゃ私を討ち取ろうなんて──……ねぇ?』
『「黙ってろ!!」』
それを空と海の狭間から見下ろしつつ、どういう力で浮かんでいるのかも分からないヒドラが嘲り嗤うと同時に、ウルとイグノールはさも息ぴったりといった具合に叫び返す。
しかしながら彼女の嘲笑は、イグノールはともかくとしても、ウルには刺さっていた。
(……
何を隠そう、そもそも陸上での戦闘にのみ長けている彼女──素の状態ならまだしも多大な魔力と鋭い集中力が必要な
『……っ、ただでさえ向こうの様子も気がかりなんだからな! 合わせろイグノール!!』
「お前が俺についてこれりゃあなぁ!!」
飛行ではなく滞空の為に最低限の魔力を割いたうえで、『喧嘩は良くない』という邪神からの忠告のみを真に受けつつ、イグノールとともに遠距離同時攻撃を仕掛けんとする。
互いに向ける物言いは、とても味方同士の物とは思えないが、それでもウルとイグノールの一挙手一投足には、ほんの僅かなズレしかない──……決して認めないのだろうが。
『──
「かあぁっ!!」
そして、ウルが放つ
「ほぉ……あれは中々……」
まず間違いなく、あまねく破壊し得る程の一撃──それこそローアさえ舌を巻いたが。
相手は紛れもなく──……邪神の一角。
『……どいつもこいつも舐めすぎだわ』
自分に有利な環境を整える事が出来たからか、すっかり余裕を取り戻していたヒドラは溜息を溢しつつ、人差し指をくるりと回す。
……すると。
『「……はぁっ!?」』
「「!?」」
ヒドラに向かって飛来していた筈の放射状の魔力の塊は、いつの間にか術者であるウルとイグノールの方へと向かってきており、その事実にカリマたちまでもが目を剥く一方。
(……成る程、力の方向を変えたか)
ローアだけは一瞬で力の方向が──つまりはベクトルが変えられたのだと看破し、『重力の操作が可能ならそれくらいは』と納得。
『さっさと
『っ、てめぇ──』
そして、あろう事かウルの心中まで読んだかの様な言葉を敢えて聞こえる様に呟いたヒドラに、ウルは驚きながらも手を伸ばすが。
……もう、遅かった。
悲鳴や断末魔を上げる隙さえ与えない程に高速で飛来した魔力の塊は、あっさり二人の絶対強者を呑み込み──……消し飛ばした。
……本当に、消し飛んだのだろうか?
──……否。
何故なら、この場にいる強者は──。
召喚勇者の所有物や、魔王軍幹部──そして水の邪神の三つ巴だけではないのだから。
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