第304話 邪といえど神は神
第二ラウンドとも呼べる戦いは──。
奇しくも二つの世界で同時に幕を開けた。
あちらの世界では、どうかというと──。
『──……っ、はなしてっ!!』
『っ!?』
『みこ!? 大丈夫!?』
それまで粘ついた触手に全身を絡め取られていた望子は、カリマとポルネを──お友達を馬鹿にされたという事を幼いながらに理解し、ヒドラの触手を斬れ味のある風で裂く。
助けるまでもなく自らの力で抜け出した望子を頼もしく思いつつ、それでもフィンが一途な心配によって望子の方へ飛んでいく中。
「……レプターは、そのままこの船の護りをお願いしていい? こいつは、キューとフィンとハピ──と、ミコの四人で倒すから。 ね」
「……だが──」
ふと顔を上に向けたキューが、さも司令塔かの様にレプターへ指示を出し、それだと自分は戦闘に加わる事が出来ないが大丈夫なのか──と心配からなる反論をせんとするも。
「──……いや、分かった。 頼む」
自分の力は攻めより守りに向いているという点、自分よりもキューが挙げた四人の方が強い点などを考慮すると、キューの指示通り護りに専念した方が得策だと判断し、了承。
これまでは、ヒドラを近づけない為に広く船を覆っていた
しかし、この一連の流れに腹を据えかねていた者がいた──……そう、ヒドラである。
『……倒す? 私を……? はっ、たかが数匹の
この一行に──というか、この幼い召喚勇者にストラが敗れたのは充分に理解しているが、それでも面と向かって倒すなどと宣言されてしまっては怒りを抱かない方が難しく。
啖呵を切るまでは、よかったのだろうが。
図らずも、ヒドラは逆鱗に触れてしまう。
……あちらの自分と同じ様に──。
誰の逆鱗かは──最早、言うまでもない。
『……グルルッ──』
『は──』
先の啖呵を言い切る前に、ヒドラの耳に届いたのは地を這う様な──……否、深海より浮上する様な低い低い唸り声であり、そちらへと顔を向けたヒドラの視界に映ったのは。
『ゴギャアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
『っ!?』
そして次の瞬間、二秒と待たずに充填を終えた魔力は放射状の激流となって、フィンの傍にいた望子には一切の被害を出さぬまま。
ヒドラのみを呑み込まんと襲いかかる。
当然ながら望子以外の勇者一行にも、フライアやヒューゴといった仲間ではない者たちにも特に被害は出ていなかった──のだが。
……その中で一人、顔を歪める者がいた。
(い、いきなりか……っ!!)
レプター=カンタレス、その人である。
何を隠そう、フィンの放つ激流の威力は尋常ではなく、ダイアナの神力により更なる強化を遂げた彼女の一撃は、その余波一つとっても文字通り必殺の威力が込められており。
多少なりとも魔術への耐性が付与されているとはいえ、その殆どが木製で造られている
(……飛べる者も多いが、それでも足場があるとないとでは段違いだ! 絶対に防ぎ切る!)
結界越しでも船を軋ませ、あわや破壊せんとする
「っ、く、はあぁ……っ!!」
どうにかこうにか、その破壊的な余波から
(流石だよ、レプター。
「……っ、あぁ……
そんな中、彼女の頑張りに気づく余裕があった唯一の存在、キューは一見すると非情な様にも思える称賛を目線のみで送っていた。
何故その様な冷たい事を──と思うかもしれないが、これはキューからの最大限の信頼の証であり、それを直感で理解したからこそレプターもまた、その首を縦に振ったのだ。
「も、もしかして……終わった、の……?」
「もう、どっちが魔族なんだか……」
「流石は、流石は勇者の──」
一方、完全に護られる立場となっていたカナタ、フライア、ヒューゴの三人は、もしや今の一撃で邪神が沈黙したのでは、という何とも楽観的な希望的観測を揃って口にする。
そのままよろしくね──……という、キューの言葉が三人にも通じていたのなら、この様な楽観視は決して出来なかった筈である。
──……あれで終わりな筈がないのに。
『……舐められたものね』
「「「!?」」」
それを証明するかの如く──あちらにそんなつもりはないだろうが──自身を呑み込まんとしていた
『素直に死んでればいいのに……ま、あんなので終わられても困るけどね。 みこを餓鬼だなんて言った落とし前、まだつけてないし』
最早、望子の前でも苛立ちを隠そうとせず舌を打ち、どうせなら噛み砕いてやるとすら考え海竜の頭骨から瞳を覗かせるフィンと。
「油断は禁物だよ、フィン。 あんなのでも相手は邪神、文字通りの神様なんだからね?」
『あ、あんなのあんなのってねぇ……!』
もう忠告しているのか煽っているのかも定かではないキューの言葉に、ヒドラはその美貌を歪めに歪めてぎりっと歯ぎしりをする。
尤も同じ『あんなの』でも指すものは違うのだが、そんな事などヒドラには関係ない。
──……邪といえど神は神。
その暗澹たる気迫だけで漆黒の大海だけではなく、空間までもが歪み始めていた──。
「え、は、ハピ……? もう動けるの……?」
「えぇ、私だけ何もしない訳には、ね……」
翻って、カナタに治癒を施されていたハピが身体を起こした事で心配そうにカナタが声をかけるも、キューが自分を戦力として数えてくれた以上、期待には応えなければならないし、そもそも望子を護るのは自分の役目。
そんな想いを胸に秘めて、ハピも少しずつ黄緑色の魔力を力強く充填し、フィンと同じ様に自分の身体を覆うかの如く纏い始める。
(どうなるか分からないから不安だ、なんて)
そんな事を言っている余裕はない──と改めて決意しつつ、その身に悠久なる古代の翼の骸を纏いて、かの水の邪神を退ける為に。
『……あちらでも派手にやってる様だし、もう話す事もない。 ここからは総力戦よ……』
一方、邪神たる自分に全く怯まない目の前の一行に痺れを切らすとともに、あちらの世界では既にもう一柱の自分と勇者一行との激闘が始まっている事も相俟って、いよいよとばかりに合図を出したヒドラの号令に従い。
『『『ギョオ"ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』』』
『『『ヴュアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』』』
──……その瞬間。
「──
『!?』
『『『ギョオ"!? ギョオ"ォオオオオエ"ェエエエエエエエエエエエエ……ッ!?』』』
『『『ヴュエ"アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』』』
『わ、私の
防御行動が間に合わなかったのか、それとも元より防ぐつもりがなかったのかはともかく、カナタが発現させた聖なる光のスコールは
もれなく邪神の
(結界越しでも……というか結界自体……っ)
(だ、大丈夫だよフライア、少しの我慢だ)
ちなみに、ヒドラや
「私じゃ邪神には勝てない……でも
『かなさん……』
『っ、聖女カナタ……! 忌々しい力を!!』
そしてダイアナの加護は確かに意味があったのだと実感出来たカナタは、それでも邪神本体には勝てないだろうと身の程を理解しており、そんな聖女の覚悟に望子がグッときていた一方、やはりヒドラの怒りは凄まじく。
ある程度は一掃出来たかと思われた
……他でもない、
しかし、もう望子は怯んだりしない。
『──みんな、いこう! あっちでがんばってる、おおかみさんたちにまけないように!』
『「うん!」』
「えぇ!」
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