第303話 最古の人魚
時と場面は、あちらとは比べ物にならないレベルでの津波が襲い来る中での激闘を繰り広げていた異空間──……
とても生物とは思えない動きで自分たちを呑み込まんとする津波──
ウルは
……ローアだけは、この世界や邪神の力自体の観察に集中しているのか、ほぼほぼ津波の急襲を紙一重で躱す事に専念していたが。
それが合図だったとばかりに
「──……今、何て言いやがッた……?」
カリマが思わず呆けてしまうのも無理はない、あの『信じがたい事実』を突きつける。
「私たちが、貴女や水の女神の娘……?」
そう、あちらの世界のヒドラが殆ど同じタイミングで口にし始めた、『カリマとポルネが自分と水の女神の娘』だという話を──。
確かに自分たちは、それぞれが別の海賊に拾われた身であり親の事など知る由もない。
だが、それでも邪神と女神の娘などと告げられても、そう簡単に信じられる訳もなく。
『えぇ、そうよ。 まぁ正確に言うと──』
疑問符が浮かびすぎて思考停止しかけていた二人をよそに、さも自分が告げた事実は衝撃的なものでも何でもないと言わんばかりの軽い声音を以て、ヒドラは一呼吸置き──。
『──……
「作品だと……?」
「一体、何を言って──」
娘ではなく、『作品』という無機質な表現の方が正しいかもしれないと妖しい笑みとともに告げてきたヒドラに、ますます謎を深めてしまった二人は更なる追求をせんとした。
「……その話は長くなんのか? お前らの無駄話に付き合ってやる程、俺ぁ優しくねぇぞ」
『右に同じだ、倒してからでもいいだろ』
「「……っ」」
しかし、そんな事はイグノールやウルからしてみれば些事ですらなく、そんな二人の言が残念ながら正論であるからこそ、カリマとポルネは一旦とはいえ口を噤まざるを得ず。
「……我輩は興味あるがなぁ、カリマ嬢とポルネ嬢の……
そこへ全く空気を読まない──……というか、そもそも読むつもりなどないローアが口にした『それはそれで気になる』とかそんな感じの何の気なしの言葉が差し込まれるも。
『「黙ってろ」』
「……」
それは、とても味方に向けるとは思えない鋭い眼光を放ってきた
取り付く島もないというのはこれまでの旅の中で、もしくは千年以上も前からの付き合いの中で充分すぎる程に理解していたから。
『せっかくだから聞いておきなさいな。 どうせ今、あちらでも同じ話をしているのだし』
『は……?』
翻って、そんな一行のやりとりなど如何にも興味ないとばかりに濃い緑色の手をひらひらと振ったヒドラの、よくよく聞いても意味の分からない諭す様な言葉にウルは疑問の声を上げたが、ヒドラは構う事なく話し出す。
────────────────────
そもそもの話、水の女神と水の邪神は。
……かつて、同一の存在であった。
これは何も水に限った話ではなく、およそ四大元素を司る女神と邪神は全て同一の神であり、ストラもかつては風の女神であるカルデアと存在を同じくしていた──
それらの存在が、かたや四大元素を司る女神のまま、かたや邪神へと分離する事となったのは千年どころか数万年前にも遡る──。
その頃はまだ、この世界に魔族などという種は存在しておらず、それどころか
それゆえか、もし
その様子を天界より俯瞰していた女神たちは、そんな世界を不満に思った訳ではないものの、
その要素とは──……『悪意』。
それまでに起きていたのは、せいぜいが互いの領土拡大を巡ってとか、どちらが強いか決める為の純粋な力比べ程度のものであり。
そこには、ほんの少しの悪意もなかった。
だからなのか、それまでの世界を生きていた
このままでは
そもそもの話、四大元素を司るこの女神たちは『善神たれ』と生み出された存在である為、具体的な『悪意』への理解を示す事が難しく、かなり頭打ちな状態であったという。
それが解決したのは、実に数千年後の事。
数千年もの長い間、今まで考えてもこなかった『悪意』なる感情についての思案を続けていた事が原因なのか──それは今もなお不明だが、ハッキリと分かっている事がある。
その時を境に女神たちが──分裂した事。
火の女神ヘスティナからは、アグナが。
風の女神カルデアからは、ストラが。
土の女神アティラからは、ナイラが。
そして水の女神サラーキアからは、ヒドラがそれぞれ分裂して一つの神として確立し。
その後、分裂し終えた四柱の女神たちは自らを『善神』の対となる『悪神』──ではなく、より邪な存在として『邪神』と称した。
それからは女神たちが頼んでもいないのに
最も簡単で、それでいて最も下劣な悪意であるところの──『差別』を生み出す為に。
中でも、その悪感情が表に現れやすいのは見た目、外見の差異によるものであると邪神たちは誰に言われるでもなく理解しており。
そんな邪神たちが話し合いの末に生み出す事と相成った存在こそ、この世界の
──
そう、この世界における
──……そして、
尤も、リフィユ山に棲まう
ちなみにその理屈で言うとウルやハピも邪神の娘になってしまうのではと思うかもしれないものの、どうやらそういう訳でもなく。
あくまでも
……つまり。
────────────────────
「……私たちが、最初に生まれた
「本気で、言ッてやがンのか……?」
ヒドラの話からカリマとポルネは自分たちが、この世界で最も古い
無理もないだろう、カリマたちからしてみれば自分たちが数万年も前に、それこそ魔族より前に生まれたなど信じられないからだ。
(まさか
その一方で、ヒドラの話を下手するとカリマたち以上に真剣に聞いていたローアは、よもや亜人族が邪神から生まれたとは思いもよらず、だとすると自分も属する魔族は何処から発生したのか──という疑問に駆られる。
起源を知るのは、コアノルのみだからだ。
『……本来、
「……じゃあ、本当に──」
翻って、ヒドラは自分の話に疑念を抱くローアにも構わず、あちらの世界と
『数千年ぶりに再会した時、恋人同士になっていた貴女たちを見て──……ふ、ふふふ』
「「……?」」
我が意を得たりとばかりに頷いたかと思うと、そのまま俯き顔を手で覆った彼女は何かを呟き始め、かと思えば今度は含み笑いをし始めるという彼女の動作に、カリマとポルネは全く理解出来ず首をかしげた──その時。
『姉妹同士で馬鹿みたい、って思ったわぁ』
「「……!?」」
ふと手を離した彼女の表情は、もう魔族などとは比べ物にならない程の邪悪が込められた昏い笑みであり、その言葉に秘められた嘲りを感じ取った二人は言葉を失ってしまう。
『同じ邪神から生まれておいて、まるで本当の恋人みたいに想い合って……ふふ、あははは! どうしたって恋人にはなれないのに!』
「て、めェ……ッ!!」
「ぅ、あぁ……っ」
それから捲し立てるかの様に、かつて恩人とさえ思っていた邪神からの極端なぐらいに嘲り嗤う言葉の応酬に、カリマは怒髪天を突く勢いで睨み、ポルネは絶望から涙を流す。
他の誰かからの言葉なら、こうはなっていなかっただろうというのは言うまでもない。
『これが悪意よ!! ねぇ、どんな気持ちかしら!? 何も知らないままなら幸せでいられたのに!
そんな二人の姿を見て、ますます愉悦を感じていたヒドラは『ゥぐッ!?』、『ぁ、うぅ……っ!』と苦しげに呻く二人を漆黒の波で締め付けつつ引き寄せ、あろう事か望子の存在にまで嘲りの感情を向けたものの──。
──……それは、またしても逆鱗だった。
『──い"っ!? あ"、
瞬間、ヒドラの肩を貫いたのは今までとは比較にならない──それこそ、ヒドラに明確な痛痒を与える程の熱量を誇る熱線であり。
奇しくも、あちらの世界でハピが受けたのと同じ部位に傷を負った彼女が顔を向ける。
『……もういいだろ? ここまで大人しく聞いててやったが──お前の話、つまんねぇわ』
「ウル……っ」
そこには、カリマたちを侮辱されたからなのか、それとも望子を侮辱されたなのかは分からないものの、とうに怒りを超えて無の表情を湛えたウルが赤熱した爪を向けており。
『減らず口を……っ!! いいわ、かかってきなさいな!! ここからは全力よ……っ!!』
「はっ、やっとかよ! 待ちかねたぜぇ!!」
かつて『
すっかり蚊帳の外だった事も構わずに。
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