第302話 二つの世界に在る邪神
水の邪神を名乗る、どう見ても普通とは思えない外見の大きな女性が津波の中から姿を現した事に、一行は呆気に取られていたが。
「──……ど、どういう事だ……?
そんな一行の疑問を代表してみせたレプターの叫び通り、たった今この瞬間も水の邪神ヒドラは
『こ、このこえって──……あれ? でも、このこえのひとは
それを証明──する為に発した訳ではなかろうが、その場にはいない望子が右手で右耳を塞ぎ、左手で左目を覆いながら『
「……取り敢えず
『う、うん……っ』
そんな望子とは対照的に全てを理解しているという訳でもなかろうに、どうしてか随分と冷静な様子のフィンは、とにかく声がする方に向かうべく望子を連れ立ち甲板へ──。
──……そして、そこから見えたのは。
『ど、どうして……どうしておなじじゃしんさんがあっちにもこっちにもいるの……?』
「っ、ミコ様──」
既に、あの超巨大規模の津波とともに船の近くまで迫ってきていた、あちらの世界にいる筈の水の邪神の姿であり、それを見た望子は風の邪神の姿のままに困惑を露わにする。
そんな望子の登場に真っ先に気がついたレプターは、『ここは危険です、そのまま船内に』とでも忠告をしようとしたのだろうが。
『──……その、姿は……っ』
『えっ──』
「「「「「!?」」」」」
瞬間、目にも止まらぬ速度で──いや、もしかすると何らかの方法で転移でもしたのかという程に一瞬で望子の背後に回っていたヒドラが、ストラの姿の望子を見てわなわなと怒りに震え、いきなりの事にフィンとキューを除く一行が驚きを露わにしたのも束の間。
『……っ、返しなさい!! それは……あの
『う!? あ"……っ!?』
「ミコ様!?」
おそらく下半身──にあたるのだろう無数の触手めいた何かを伸ばし、ほぼ風で構成されている筈の望子の身体を締め付け、そして絡め取ってきた事で望子が悲鳴を上げ、それを垣間見たレプターが翼を広げる間もなく。
『──言っとくけど、ボクは優しくないよ』
「フィン……!」
誰よりも早く望子の危機を察知したフィンが、もう出し惜しみなどする事もなく最初から
「大体、
『……
キューもまた、フィンに負けず劣らずの反応を見せており、この世界で最も鋭い荊を持つ植物、『
「そ、そっか……! だから、あっちにもこっちにも水の邪神がいるなんて事に……っ!」
そんなキューの指摘に対し、きょとんとふるヒドラに構わず、カナタはハピの治療を終えつつ納得がいったとばかりの声を上げた。
──……が、しかし。
『……ふふ、あはは──』
「「えっ」」
『あっははははははははははははははははははははははははははははははは……っ!!』
「「……!?」」
突如、狂ったかの様に──或いは何かが決壊したかの様に嗤い始めたヒドラに、キューだけでなくカナタまでもが怖気を抱く中で。
(……やっぱり、にてる……すとらさんに)
触手に締め付けられている事で相当に苦しい筈なのに、かつて見た風の邪神の笑い方と目の前の水の邪神の笑い方がよく似ている事を、ふと望子が思考を巡らせていた時──。
『はぁーあ──……貴女、
「……そうだけど、それが何?」
漸く嗤い終えたヒドラは、その濁った光を灯す瞳をキューに向けるとともに、キューの属する
『目の付け所が良いのは認めるわ。
実更に、同じ立場なら自分もそう判断しただろうと思うからこそ、キューの推測を頭ごなしに否定する事なく、ぱちぱちと軽い拍手をするとともに思ってもいない称賛を贈る。
まぁ、あれだけキューを嘲笑っておいて何を今更と思うだろうが──それはさておき。
『残念ながら、ここにいる私は──いえ、
「えっ──」
ヒドラは、すぐ後ろで二人の強者が自分の命を狙っている事実を感じさせない余裕の笑みとともに、こちらの世界にいる自分も、そして
キューとしては自分の推測が外れた事よりも、倒さねばならない邪神が二柱もいるという絶望的な事実に驚きを隠せていなかった。
だが、ヒドラにしてみれば全く同じ力を持った自分を生み出す事など些事でしかなく。
『そうでなければ、あんな数の
「「っ!!」」
そもそも分身程度では、それぞれが明確な意思を持つ無数の
それは、ヒドラの最も近くにいたフィンとキューに向けて、ヒドラと似た様な──或いは、どこか別のところで見た様な触手を伸ばして襲いかかるも、二人は即座に反応する。
そして一行は、それらの姿を直視した。
『『『ギョオ"ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……ッ!!!』』』
「な、何だ、こいつらは……っ!?」
怖気を抱かざるを得ない程に悍ましい咆哮を轟かせたのは、おそらく口にあたるのだろう部位から粘液を帯びた触手を生やし、そこから下の筋骨隆々な濃い緑色の身体と、その背に生えた飛び魚の様な翼が特徴的な怪物。
かつて住んでいた場所が海に面していなかったから──とか、そんな事は一切関係なく全く以て見た覚えのない怪物の姿に、レプターが困惑しつつも臨戦態勢を整える一方で。
「──……純血の、
「「「!?」」」
それまで、ヒューゴとともにキューに護られていたフライアの、ほぼ確信を持っているかの様な呟きに、キューを除く一行が驚愕。
その名は他でもなく、この場に居合わせていないポルネが属する上位種の種族名ゆえ。
『……へぇ、羽虫の中にもそこそこ目が肥えている者がいるのね。 その通り、この子たちは
「純血と混血でこんなに違うの……?」
そんなフライアの呟きを聞き逃していなかったヒドラは、さも当然の様に魔族そのものを下に見る発言をするとともに、フライアの見解自体は大正解だと告げたうえで、これら全てが自分の
それを受けたフィンが、ポルネとのあまりの違いに顔を顰めていた──……その一方。
(驚きはしたが相手は邪神……これといっておかしな点はない……しかし、だとすると──)
よくよく考えずとも自分たちが相手取っているのは邪神であり、もう一柱のヒドラがいる事も、『神』の名を冠する
それはそれとして、『とある疑念』の解消に至っていない事だけが引っかかっていた。
「……じゃあ、どうしてポルネを
「っ!」
とはいえ、その『とある疑念』を抱いていたのはキューも同じだったらしく、つい先程に襲いかかってきたばかりの
こんな風に吐いて捨てる程喚び出せる数がいるなら、ポルネは必要なかった筈なのに。
『……簡単な話よ』
至って真剣な声音を以てして疑問を投げかけてきたキューに、ヒドラは『ふっ』と小馬鹿にするかの様な──それでいて、どこか昔を懐かしむかの様な瞳を浮かべて口を開き。
『あの子が──……いいえ、
『私と、水の女神サラーキアの娘だからよ』
「「「……はっ!?」」」
『ぇ……?』
何でもないかの様にそう言ったヒドラの衝撃的な告白に、さしものフィンやキューまでもを含めた一行全員が驚いていた、その時。
幻夢境でも、ほぼ同じタイミングで──。
──ヒドラが同じ事を打ち明けていた。
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