第299話 願ってない乱入
運命に抗うだけの力を授けてくれた、カリマたちにとって恩人とも言える相手が、まさか邪神だったなんて──という特大のネタばらしを特大の火炎放射で邪魔されたヒドラ。
きゃあっ──などと露骨な悲鳴を上げた割に被害は少ない様であったが、それはそれとして可愛い可愛い元
『──……っ、貴女に用は無いと言ってあげたのに……! どこまでも邪魔を……っ!!』
本来なら相手取る必要もない筈の存在からの一撃という事も相まって、ヒドラの表情は美貌を保ちながらも憤怒に染まってしまう。
しかし、そんな事などウルには関係ない。
『邪魔も何も戦闘中だろうがぁ!! あたしを背にぺらぺら喋ってんのが悪ぃんだよ!!』
『……
『あ"ぁ!?』
『っ!?』
憤怒に染まる邪神の表情にも全く怯む事のない燃え盛る連撃を伴う
例えば、それが『
ヒドラが相手取っていたのがハピだったとしたら、これといった変化はなかった筈だ。
望子さえ絡んでこなければ、ハピもフィンも──勿論ウルも言う程心は動かないから。
だが、ウルに対しての『
──……地雷もいいところだった。
『
『ぐっ!? あぁもう鬱陶しい……っ!!』
半年程前にも、とある上級魔族から言われた『駄犬』なる罵倒にカチンときていた彼女は、それを言ったのは別にヒドラではないのに『駄犬』と言われた時の怒りまで乗せた更なる熱量の業炎で漆黒の海ごと邪神を焼却。
無論、何から何まで燃やし尽くせた訳ではないし、ヒドラ本体には大した痛痒も与えられていないが、だからといって無視出来る程度のものでもなく──……ゆえに煩わしい。
カリマとポルネの乱入は彼女にとって『願ってもない』ものだったが、ウルの乱入は彼女にとって『願ってない』ものなのだから。
ゆえに、ヒドラの迎撃もまた激しくなり。
『私の手駒は
『『『オ"ォオオオオオオオッ!!!』』』
そんなヒドラの言葉に対し、さも待ってましたとばかりに鮫や鯨、烏賊や蛸といった多種多様な巨大かつ凶悪極まりない魔獣──もとい
『っ、上等だ!! かかってこいやぁ!!』
太古の昔、地球を我が物顔で歩いていたのだろう暴君の力を借りて、爪で斬り裂き、牙で噛み砕き、そして業炎の息吹で焼き払う。
全ての個体が上級魔族以上の力を有しているのは明らかではあるものの、たった一人で既に百近くの
『……っはは! まだだ! まだいける!! あたしは最弱なんかじゃねぇからなぁ!!!』
『はぁ……!? さっきから何を……っ!!』
勿論、ウルが負っている傷も決して軽くはないが、その顔にはまだまだ余裕が見える。
……脳内麻薬が出まくっているのだろう。
イグノールの『最弱』発言が起爆剤になっている可能性も──まぁ否めなくはないが。
「……アタシら来た意味あンのかァ……?」
「……あ、あるわ、あるわよ……きっと」
そんな激闘を見せつけられたカリマは、ふと先程したばかりの決意や覚悟が薄まるくらいの衝撃的な光景に思わず消極的な呟きを漏らしてしまうも、ポルネはそれは否定する。
否定するというには随分と覇気のない声色だった気もするが──……それはさておき。
「──おっ、やってんなぁ」
「「っ!?」」
まるで屋台の暖簾をくぐってきた様な緊迫感の欠片もない声とともに降下してきたイグノールに、カリマたちがビクッとする一方。
「随分と出遅れた様であるな、イグノール」
「まだ自前の羽が本調子じゃねぇんだよ」
しばらくの間、邪神本体と
……本調子ではない、と彼は曰ったが。
それはあくまで彼自身を基準としての話であって、そもそも下級魔族がその身一つで大海原を飛んで渡るなどという事はまず不可能であり、やはり彼は異質中の異質と言えた。
「にしても、あいつ急に強くなってねぇか」
「む? あぁ、それは──」
そんな中、視線をローアから戦場へと移したイグノールが、ふと思い出した様な軽い口調で『ウルの急激な強化』についてを問いかけ、その問いに対する解答を持っていたローアは何でもないかの如く答えようとしたが。
「……お主、結局ウル嬢と
「いや? まぁ小競り合いぐらいはしたが、その直後に出てきやがったからな
「……そうであるか」
それよりも、この世界──
ローアの表情が失望と幻滅の色に染まってしまう一方、『あ〜……』と彼は唸りつつ。
「ただ、そうだな……あの邪神が『ミコを殺す』だの何だの言うやいなや、とんでもねぇ熱量を纏いだしたんだが──関係あるか?」
「……」
よくよく思い出してみると、ヒドラが『望子の命を奪う』的な事を言ったのを皮切りに強くなった気もするし、そう考えれば急ではなかったのかもしれない──といった旨の問いを投げかけると、ローアは顎に手を添え。
「……ウル嬢のみならず、ハピ嬢もフィン嬢も……ミコ嬢への想いの強さが、そのまま彼女たちの力の強さへと直結する──らしい」
「……ほーん」
らしい──という彼女にしては非常に珍しく何の確証もない『想いの強さ』とやらが関係している事実を告げたが、やはりイグノール側としてもいまいちピンときてない様だ。
……無理もないだろう。
そもそもからして種族が違うし、ローアやイグノールは愛だの何だのという特別な感情とは無縁な昏い生涯を送ってきたのだから。
だが、それはそれとして分かる事もある。
「じゃあ、
「うむ。 フィン嬢がいれば大抵の事は──」
想いの強さなる不可視の指標の差異が肝だと言うなら、あの幼い勇者に異常な程の愛情と執着を示している
『どいつもこいつも──……っ、くっちゃべってる暇があったら手伝え阿呆どもぉ!!』
「……こっちの心配は要りそうだな」
流石に余裕がなくなってきたのか、それとも単に全く働く様子のない増援に苛ついたのかは定かでないが、ウルは斬り裂き、噛み砕き、焼き払いつつ怒声──罵声? を飛ばし。
元より全てを譲るつもりなどなかったとはいえ、イグノールはそんなウルからの叫びに対して呆れた様な溜息を溢しながらも、ごきっと首や肩を鳴らして臨戦態勢に移行する。
ただ、イグノールはともかくローアは何もしてなかった訳でもなく、この世界や邪神の力を分析した先から潰していた為、一応ウルと同じくらいは働いていたと言えるが──。
当然ながら、そんな事などウルは知る由もないだろうというのは彼女も理解しており。
「……分析も大体は完了した。 カリマ嬢、ポルネ嬢。 支配されぬ様、後方支援に注力を」
「……わーッたよ──やるぞ、ポルネ」
「……えぇ、あの人に──……いいえ」
また、ヒドラの目的の一つが『カリマたちの支配権の奪還』にあるともローアは理解していた為、二人には自分たちの支援に努める様にと忠告し、それを受けたカリマは不服そうにしつつも十本の脚に魔力を充填させる。
そして、ポルネはポルネでウルと激しい戦闘を繰り広げるヒドラに目を向けつつ、カリマと同じ様に彼女自身の八本の脚に魔力を充填させていたが──その眼差しに込められた意思は、カリマのものとは明らかに異なり。
「水の邪神に、私たちの力を示しましょう」
カリマのそれを『敵意』とするなら──。
ポルネのそれは──『敬意』にも近く。
とても、これから命を賭して戦う相手に対して向ける眼差しではない事に、この時は誰一人として悟る事は出来なかったのである。
もっと言えば、その瞳の奥に──。
ヒドラに似た光が宿っている事も、カリマはおろかポルネ自身でさえ気づかなかった。
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