第300話 巨大津波、海棲魔獣を添えて

 場面は、ローアたち三人を幻夢境ドリームランドへ転移させた望子を始めとする勇者一行へと移って。


 邪神本体が姿を現した結果、広大な世界そのものが牙を剥く事となってしまった幻夢境あちらと違い、こちらは比較的マシな方だと──。



 ──……そう言えれば良かったのだが。



「──……わぁお」

「何よ、あれ……」


 そんな声を溢すフィンとハピの目に映ってきたのは、あちらと比べても遜色ない程の。


『『『ヴュア"ァアアアアアッ!!!』』』


 あまりに巨大な一個体なのか、それとも数えるのが阿呆らしくなるくらいの群体なのかの判断さえ許さない水棲主義アクアプリンシパルによる津波と。


『『『オ"ォオオオオオオオッ!!!』』』


 元の船より縮小されても、まだまだ大きな三素勇艦デルタイリスを呑み込んでしまうくらいの津波に便乗し、雪崩込まんとする無数の海棲魔獣。


 実際に直撃するまではまだ時間がありそうなのだが、それでも数分後には間違いなく一行ごと三素勇艦デルタイリスは粉々になってしまう筈だ。


「「「……!?」」」


 絶望的と称して差し支えない光景に、カナタ、ヒューゴ、フライアが言葉を失うも、そんな事は魔物や魔獣には全く以て関係ない。



 彼らは、ただ従っているだけなのだから。



 彼らが棲まう海を裏から統べる者のめいに。



『ふぅ──……うん?』


 そんな中、ローアたちを転移させる際の集中を解いていた望子が、ふとした瞬間に聞こえてきた大きな波の音と不揃いな船の揺れに違和感を覚え、何となしに視線を移した時。


「ミコ様、あちらを! もう間もなく超巨大規模の津波が襲来します! 船内へ避難を!!」

『えっ、つ、つなみ……? なにそれ──』


 バサッ──と、ハピと違い大きな羽ばたきの音を鳴らして降下してきたレプターが、あくまでも望子を庇護対象と認識したうえでの避難指示を出すも、そもそも『津波』というものを見た事がない望子にはピンとこない。


 それゆえ素直に、レプターが指差した方向へと視線を移した瞬間、望子の目には──。


『うわ、え? うみが、こっちに……?』


 先程から仲間たちが見ているものと全く同じ──されど津波なる現象自体が初見という事もあって、『海そのものがやってくる』としか思えず望子の表情は困惑の色に染まる。



 尤も、それは決して間違ってはいない。



 何せ、こちらへ向かってくる津波の規模は尋常ではなく、この船に到達するまで結構な距離がある筈なのに、しっかり見えている。


 間違いなく──……そう、まず間違いなく三素勇艦デルタイリスごと勇者一行は呑み込まれる筈だ。


 海そのものがやってきている──との望子の表現も、言う程おかしくはないといえた。


「ひゃー、凄いねぇ。 どれもこれも強い魔獣ばっかりだよ、せめて津波がなければなぁ」

「何を悠長な──」


 そんな危機的状況の中で聞こえてきた、およそ危機感を感じられない他人事の様な感想を口にしたのはキューであり、まるで魔獣だけなら何とかなるとでも言いたげな彼女の発言に、レプターは思わず声を荒げてしまう。


 とはいえ事実、遠くに見やる海棲魔獣たちが何十何百と襲ってきたところでフィンとキューが二人揃えば──もっと言うと望子とレプターを含めた四人揃えばどうとでもなり。


 一行の足場かつ移動手段でもある三素勇艦デルタイリスを沈めんとする津波さえなければ、というのは自意識過剰でも何でもないのである──。


 尤も、その事自体はレプターも自覚しており、だからこそ早急に津波を──というより水棲主義アクアプリンシパルを何とかせねばと焦っているのだ。


「この船、緊急加速が出来るんじゃなかったっけ? 取り敢えず、それ使って逃げたら?」

「っ! そ、そういえば──」


 そんな折、何でもないかの様にキューが呟き、そして目を向けた先にある船室──の更に下、寝室よりも低い場所に位置する『とある部屋』で可能な緊急加速ブーストについての言及に対し、レプターがハッと希望に取り戻すも。


「……それは出来ないわ」

「ハピ!?」

「あれ、そうなの?」


 望子の方へ飛んできていた最中に聞こえてきた彼女たちの会話に割り込み、そして唐突に否定してみせたハピの言葉にレプターは驚き、それを提案したキューは首をかしげる。


「この船──三素勇艦デルタイリスは『蒸気帆船』、緊急加速には蒸気が必要なの。 その蒸気を発生させる為の水はともかく、火がないのよ……ウルが、あっちの世界に飛んじゃってるから」

「く……っ! では、やはり護りを──」


 そんな二人に対し、ハピはこの船が改良される前の持ち主である、とある港町に住まう鬼人からの説明を思い返しつつ、それを簡潔に説いてみせた事により、レプターは改めて自分の役割を果たすべく踵を返そうとした。


 実を言うと、ウルが出す炎以外にも火の魔石はある程度確保しているのだが、ハッキリ言って魔石の火では緊急加速どころか通常速度での航行も短時間でしか行えないレベル。


 津波から離れる為の長距離かつ長時間の加速には、やはりウルのちからが必要だという事。


 それを分かってしまったからこそ、すぐにでも別の対策をと彼女たちが考えていた時。


『じょうき──……ってなに? おおかみさんがいないとってことは、あったかいもの?』

「え?」


 蒸気──という言葉自体は聞き覚えがあるものの、それが何なのか分かっていなかった望子の疑問の声に、ハピは呆気に取られる。


「……え、えぇ、そうね。 まぁ温かいものっていうか……水を温めたら湯気が出るでしょう? それを原動力エネルギーにして動かす、みたいな」

『みずを、あっためる……』


 しかし、『温かいもの』という事まで理解しているのであれば、そこまで難しく説明する必要はないだろうと判断し、ふわっとした言葉で理解させようと試みるハピの説明に。


 何となく、何となーく理解する事が出来ていた望子は、ふと顔を俯かせて思案し始め。


『……あっためるのは、じゃなくても?』

「ミコ様? 今、何か──」


 数秒の後、誰に聞かせるでもない声量にて呟かれた何らかの意図のこもる望子の言葉を聞き逃さなかったレプターが聞き返す一方。


、いいんじゃない? キューは上手くいく気がするし、フィン呼んできてあげるよ」

『……うん。 おねがい、きゅーちゃん』


 同じく聞き逃していなかったキューは、レプターとは対照的に聞き返すのではなく望子の呟きに込められた意図を先読みして肯定するとともに、その策に必要となるフィンを呼んでこようと踵を返し、また望子もキューが自分の考えを理解してくれたのだと察する。


「「……?」」


 ……だが、その場には完全に蚊帳の外となってしまった二人の美人な亜人族デミもいる為。


「……望子? 貴女、何を──」


 その内の一人、ハピが代表して『何をしようとしているのか』と不安半分、心配半分といった割合で問いかけんとした、その瞬間。


「みこ! ボクに用があるってほんと!?」

『う、うん、あのね──』


 やる気がない時の『ふわふわ』とした泳ぎではなく、『びゅんっ』という音が聞こえてきそうな程の速度で宙を泳いできたフィンに対して望子は拙い言葉で『策』を伝達した。


 時間にしてみれば、およそ三十秒弱。


 まだまだ津波は届かないが、それでも依然この船が沈没の危機に瀕しているのは事実。


「ふんふん、成る程ね。 うん、いいよ! みこの考えなら、きっと上手くいく! っていうか上手くいかなくてもボクが何とかするよ!」

『う、うん? ありが、とう……?』


 それを知ってか知らずか、いつもより理解力が自然と高まっていた──望子の言葉だからかもしれない──フィンは、うんうんと頷いて得意げな表情でサムズアップし、そんな彼女の仕草に望子は苦笑しつつも礼を言う。


 独特な言い回しのせいでちょっとよく分からなかったが、つまりは力を貸してくれるという事でいいのだろうと分かったから──。


「ミ、ミコ様? 一体どの様な──」


 その一方で、あまりにも話がスムーズに行き過ぎて会話に混ざりきれなかったレプターが、おずおずと二人の間に割って入ろうと。


「ハピはいつも通り風で舵取り、レプターは加速で発生する衝撃や風圧から船を守る。 キューはカナタと魔族たちの護衛──かな?」

「「えっ」」


 した、その時──混ざっていなくとも完全に流れを理解出来ていたキューの、フィンと望子以外の甲板での行動についてを語る言葉に、ハピとレプターは思わず目を点にする。


 あまりに流暢だったという事もあるが、それ以前に何も言われていないのに──との考えの下、二人は望子の方へと顔を向けるも。


『うん! そんなかんじでおねがい!』

「任せて! さぁ行くよ二人とも!」

「ちょ、ちょっと!?」

「まずは説明をだな……!」


 今この瞬間だけは殆ど同じ身長の──どころか望子の方が少し高いくらいの二人は、どちらからともなく互いに片手を掲げてハイタッチをして、お互いにお互いの健闘を祈り。


 未だ困惑真っ最中の二人の手を取り引きずっていくかの様に、キューは離れていった。


「──よーし! ボクとみこ、愛の共同作業の始まりだ! 気合い入れていくよ、みこ!!」

『うん!』


 その後、邪魔者はいなくなったと言わんばかりに満面の笑みを浮かべたフィンの、わざわざ『愛の』という枕詞まで付けた溌剌な宣言に望子は思いの外あっさりと頷いている。


 愛の共同作業──……この言葉を、たった八歳の少女が分かっているのだろうか……?











『──……うん?』



 ……残念、分かっていない様だった。

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