第295話 海路の異変
「──……何だ?」
最初に気がついたのは──ヒューゴだった。
曲がりなりにも
この船が往く海路に起こらんとしていた異変に。
(……この不気味な感覚は何だ……? 魔王様が放つものとも、あの
彼の視界に映る外観──魔族領へ向かう為の海路にはまだ大きな変化こそないものの、それでも一度感じた粘りつく様な感覚を拭い去る事は出来ず。
それこそ、ヒューゴの創造主たる魔王コアノルの物とも、あの小さな勇者の仲間の一人たる
(……伝える、べきか……? しかし何も起こっていない以上、信じてもらえるとは──)
この違和感を一行の──特に、この気配の主に対抗出来そうな強者たちに伝えるべきかを迷った彼だったが、されど自分が魔族である限り『何も起きていない海路』を見せたうえで『何かがおかしい』と伝えたところで信じてもらえる訳がないと思い留まり。
(……せめて、フライアに──いや、そうでなくともローガン様に伝えるくらいか……?)
同じ魔族間であれば気兼ねない情報共有も可能な筈だ──と踏んで踵を返しつつ、フライアかローガンに報告をしようと決めた、その瞬間。
「──気づいているか?」
「っ!?」
振り返った先に音もなく舞い降りたレプターの唐突な出現に驚いた彼は、その言葉の真意を理解するのが少しばかり遅れてしまったものの。
気づいているか──その言葉が、この場面で彼に向けて発せられた以上、今この瞬間も彼の肌をひりつかせている感覚に彼女も気がついているのだと察するのは容易であり。
「……と、いう事は──……貴女も……?」
「あぁ……何なのだろうな、これは」
おそるおそる問いかけるやいなや、レプターは一度首を縦に振ってから視界に映る大海原を見渡しつつ、その気配の主を探らんと試みている様だ。
「だが、それと同時に覚えがある様な気もする。 これと似た様な力の残滓を何処かで感じた気が──……何処で、だったか」
「……!」
その結果──なのかどうかは彼にも分からないが、どうやら彼女はこの気配に何らかの覚えがある事にも気がついたらしく、それを聞いたヒューゴは俄かに目を見開いた。
全く同じ事を考えていたからだ。
その事実を、『実は』──という前置きとともに共有しようとした彼の言葉を遮ったのは。
「「──っ!?」」
決して無視出来ない程の──大きな力の圧。
とはいえ、ウルとの戦いで望子が落とそうとした隕石に比べれば──比較対象がおかしいというツッコミは置いといて──まだ小さいとも言え、そこまで焦る程の事でもない筈である。
「今のは……っ、船室からか!? まさか、ミコ様や皆の身に何か……!! くっ──」
「ま、待っ──」
しかし、それが望子たちのいる船室からとなると話は別であり、レプターが一対の翼を広げて真っ先に飛び立とうとした事で、ヒューゴは思わず手を伸ばしかけたが。
「──うあ"ぁっ!?」
「「!!」」
その手と、そしてレプターの翼は唐突に二人の耳に届いた悲鳴によって動きを止める。
「い、今のはフライアの──フライアっ!」
「おい、ヒューゴ──……っ、いや……」
それが、もう一人の見張り──フライアの物であると気がついた途端、彼女の弟分であるところのヒューゴはレプターの制止も構う事なく羽を広げて船尾の方へと飛んでいく。
(魔族に構っている暇はない……私の役目はミコ様をお護りする事、ただそれだけだ!)
レプターは一瞬、立場がすっかり逆転してしまった彼を止めるかどうか迷ったが、そもそも望子と魔族の安否を天秤にかける事自体が間違いだと気がつき、そのまま翼をはためかせ。
「──どうした!? 何があった!!」
『え?』
「え、あ? ミコ様……?」
と、レプターが駆け込んでいったのが。
ウルとイグノールの二人が望子によって飛ばされた場所の名が、ローアの口から発せられたくらいのタイミングなのであった──。
────────────────────
「フライア! 無事、か──……っ!?」
翻って、フライアの悲鳴を聞いて救援に向かったヒューゴの視界に映ったのは、そこそこの傷を負わされている様に見えるフライアと。
『──ヴィ、ウ"ゥウウウウ……ッ!!』
以前、勇者一行が海上で遭遇した個体よりは遥かに小さいが、それでも尋常ではない程の奇妙な力を纏う、どうにも粘ついている様な見た目の
「
勿論その魔物についての知識は有していた為、倒れている彼女に駆け寄りながらも目を離す事なく冷静な分析を行おうとしたものの。
(……何だ、こいつは──……何故こんなにも禍々しい色をしている……!? こいつが違和感の原因とでも……!?)
今までに見た個体のどれとも明らかに異なる、ドス黒いという表現でも足りない程の漆黒に染め上げられた
「……ひゅ、ヒュー、ゴ……っ」
「! フライア! 大丈夫かい!?」
船上へ這い上がり、そして彼女の方へ這い寄ってきた
「けほっ、ごほっ──……私の事は、いいから……早く、これを倒せる人たちを……!」
「わ、分かってるけど──」
一方のフライアは、そんな彼の気遣いをよそに水棲主義から決して目を離さず、されど決して臆してはいない表情と声音を以て、この魔物を退けるのが最優先だと告げるも、ヒューゴとしては彼女の怪我の具合も心配な訳で。
どっちつかずな態度を見せていたところ。
「──……ほぉ、これはこれは」
「!?」
「ろ、ローガン、殿……!?」
突如、闇の転移魔術──
……彼女の瞳は、ヒューゴたちを見ていない。
「……何処ぞで感じた気配が随分と近場で漂っていると思えば──……ミコ嬢の力に呼応したと見るべきか? しかし、それならば
それもその筈、彼女の興味は最初から傷ついた同胞たちになどなく、そこには
その証拠に、ローアは船室にいながらにして感じ取ったらしい邪神の気配を今この瞬間もひしひしと感じていながらも、この場に邪神の姿がない事に疑念を覚えていた様で。
「ろ、ローガン様……?」
「……む? 何であるか」
明らかに自分たちを眼中に入れていない彼女に対し、おずおずと声をかけたヒューゴの方を漸く向いたローアの表情は、とてもではないが敵を目の前にした者のそれではない。
「そ、そんな悠長にしている場合では──」
「……悠長?」
ゆえに不敬だとは分かっていても『すぐに討伐を』と促さんとしたが、それでも彼女の態度は先程から全く変わっておらず、どちらかと言えば彼に対する疑問の方が強まった気さえする。
かと思えば、『あぁ』と何かを理解したかの様な声を発し──。
「悠長にもなるであろうよ、
「なっ!?」
さも当然の事だと言わんばかりに溜息を溢しつつ、その手に薄紫の魔力を充填し始めた彼女が口にしたのが、ローアの誇る超級魔術の一つであると知っていたフライアが驚いたのも束の間。
『──ギャジャアァアアアアッ!!』
『!? ヴュ、ヴゥ──』
以前の様に空間にヒビが入って──ではなく、この船の甲板を触媒とした木製の牙が生え揃った口が
あっという間に、その全てを呑み込んだ。
「さ、流石にございます……これで──」
しばらく呆けていた二人だったが、そんな二人を代表してヒューゴが彼女の戦果を称賛しようとしたものの、ローアはそれを手で制し。
「……今のは先触れであるぞ?」
「さ、先触れ……?」
「そう、これより始まる──」
何か勘違いしている様であるが──と前置きした彼女の口からは、もう役目を終えたとばかりに消えてしまった闇呑清濁が呑み込んだ水棲主義は先触れに過ぎず、まだ何も始まっていないという旨の言葉が発せられた。
いまいち要領を得ない二人を代表し、フライアが痛む身体を押して立ち上がりつつ一体どういう事なのかと問うと、ローアは海を指差し始め。
「は……っ!? う、海が──」
「黒く、染まって──」
彼女に釣られる様にして二人がそちらを向いた瞬間、一瞬で海一面がドス黒い色へと変色するやいなや。
『『『──ヴュアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』』』
『『『ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!』』』
「「……!?」」
突如、漆黒の海より姿を現したのは先程の個体よりも遥かに大きく、そして数えるのも馬鹿らしくなる程に無数の水棲主義と──。
そんな魔物たちに付随する様に──向こうにそんなつもりはないのだろうが──姿を現した、これでもかという程の海棲の魔獣たちであり、それを見た二人が呆気に取られる一方。
ローアは確かに微笑んで──こう呟いた。
「──水の邪神との戦いの先触れである」
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