第282話 終局、望子VSウル
──隕石。
望子が暮らしていた地球においては年間で何千個という数が落下していながらも、その姿を『火球』として視認出来たり、また大気圏で燃え尽きる前に落下して採取出来たりするのは極めて稀な流星の燃え残り。
ましてや、それが人間に被害をもたらすかどうかとなると更に確率は低くなり、もし隕石が直撃して命を落としたともなれば逆に強運なのではとさえ言える。
そして、それは異世界においても例外ではなく。
寧ろ、『隕石の落下』という一点だけに限定するのなら
何故なら、こちらの世界における年間での隕石の落下数は殆ど皆無であり、この世界に魔族が復活してからの百年という長期間においては──何と零である。
どうして、こんなにも隕石が落ちてこないのか。
それは、この世界の──もう少し正確に言うのであれば、この世界における宇宙の星々には意思があり。
大小の差異を問わず確かな意思を持つ星々は、それぞれの役目を終えて流星になるとしても敢えて他の星に落下して甚大な被害を出そうとは思わないらしく。
基本的には、そのまま広大な宇宙空間を光速で漂いながら、ひっそりと宇宙の塵になっていくのだとか。
……だが、そんな流星の中にも例外はある。
何処からか心の中に直接語りかけてくる様な声に惹かれ、その声がした星へ落ちてしまう事があるのだ。
しかも、その声は流星に対し『破壊』を求める場合が殆どであり、どういう原理か背く事さえ出来ない流星は元より光速であるというのに更に勢いを増して。
地球とは比較にならない程の絶大な被害を及ぼす。
当然ながら、その声の主と敵対関係にある存在だけでなく落ちた星に棲まう数多の生物や環境にさえも。
それこそが、この世界における『隕石』であり。
そんな隕石に呼びかける事が出来る存在こそが。
──
────────────────────────
勿論と言ってしまえばそれまでだが、そんな事を知る由もないウルは大気圏を裂き空気を震わせ落ちてくる太陽と見紛う程の眩さや熱量を伴う流星に、もう呆気に取られるでは済まないくらいに驚いており──。
『──隕石なんて、どうすりゃいいんだよ……っ』
以前とは比べ物にならない程に強くなっている自覚はあれど、だからと言って隕石を相手にする事になるとは思っていなかった──と誰に聞かせるでもない言い訳を溢していたものの、それも無理はないだろう。
何しろ、『隕石』といえば先述した様に流星の燃え残りであるというのが地球における常識だが、この世界では星そのものが落ちてくるのが『隕石』であり。
その事実自体は知っている、この世界で生を受けたレプターを始めとした者たちは大して驚いていない。
……訳でもない様で。
ウルが新たな力を得た
「あ、あんなの、どうしようも……メイドリアの皆さんも、それ以外の人たちも皆……死んじゃう……っ」
「だ、大丈夫よ! 大丈夫だから……きっと……!」
最早、漁村はおろか大陸そのものを滅ぼしてしまうのは確実だろう暴虐的な力に、それが勇者の力と分かっていても思わず絶望を露わにするファルマを、カナタは何とかして宥める為に彼女をそっと抱き寄せる。
……その感情も分からなくはないからだ。
「……ォ、おい、いくら何でもアレは……!」
「……逃げ場は、なさそうね……」
当然、上位種だとはいえ単なる
一応、彼女たちの中に眠る水の邪神の力が目覚めかけているという事も相まって、その命を賭す程の覚悟を以て臨めば止めるとはいかないまでも多少なり被害を減らすくらいの事は出来そうなものなのだが──そんな事を考慮する余裕など今の二人にはないらしい。
「……あれが落ちたら……この大陸は、どうなる?」
「……どうなるも何も──」
また、レプターもレプターで当初こそ自らが属する
「──この大陸の壊滅に伴って、この地に棲まう生物も全滅。 それ以外の結末が訪れる事は、決してない」
「ぐ……っ、ウル……!!」
その薄紫の双眸に赤熱する隕石を浮かべて段々と表情を妖しい笑みにしつつ、ほぼ確信めいた最悪の予見を何でもない様に告げた事で、レプターは視界の先で真紅の化石を纏うをウルに縋る様な眼差しを向ける。
奇しくも、カリマやポルネと同じ様に──。
「イグノール様……私たちは避難すべきでは……?」
「……」
「……そ、それが駄目なら少しでも勢いを──」
そんな折、一口に魔族と言ってもピンからキリまである事を証明するかの如く、あれはどうにもならないと諦めていたフライアの提言をイグノールが無視した事で、フォローする様にヒューゴが別案を立てつつ。
その手に薄紫の魔方陣を展開し、そもそもが中級ゆえ殆ど意味はないと分かっていても何らかの魔術を隕石に向けて放とうとした──まさに、その時だった。
「──っ!? な、あ……!?」
「ひゅっ、ヒューゴ!?」
彼の両腕に何かが喰らいついたかと思えば、それは土や骨肉で形成された二体の小さな龍であり、それに加えて彼をいつでも噛み砕ける様にと背後に出現した大きな龍も合わせて三体の龍が唐突に現れた事で、ヒューゴだけでなくフライアまでもが驚いてはいたが。
「……え? い、糸……? よもや、イグノール様──」
ふと、フライアの視界に映る三体の龍のところどころに注視せねば見えない程に細く、それでいて強大な魔力を帯びた薄紫の糸が繋がっており、その糸が他でもないイグノールの手から伸びていると視認した彼女が、あの幼い勇者の
「あぁそうだ──『
一週間前の戦いにて、カナタの聖なる光とともに直撃した望子の
「最悪、俺がこいつで止めりゃいいが──それより」
「そ、それより……?」
もし、イグノール自身にまで被害が及ぶ様ならこの力で何とかしてやると口にはしたが、それはそれとして彼の興味は望子と対面しているウルにあるらしく。
「──あの
「「な……っ!!」」
己が最弱と断じた
(……序列の修正が必要みてぇだな。 さっきまでなら間違いなく三位だったが──あれを止められるのが俺か、あの
つい先程、決めたばかりの召喚勇者一行の序列に変更の余地があると彼は考えており、この戦いが始まる前までであれば望子は三位だった筈だが、たった一つの覚悟で
──序列一位だと、イグノールは確信していた。
(どうする!? どうすりゃ──)
その一方、赤熱する巨大な隕石の影響で神樹林に植生する神々しい木々が吹き飛ぶばかりか焼け落ちていく中、何をどうしたら正解なのかと熟考するウルに。
「……無理そうなら代わってあげるけど?」
「キューたち二人なら多分いけるよね!」
『……っ、引っ込んでろ!!』
未だ余裕を保ったままのフィンとキューは、やっと果汁を飲み終わったらしくキューが即席で作った木製のコップを置きつつ『別に期待もしてないし』と告げてきており、それに対してウルは邪魔すんなと叫ぶ。
……正直、自分に何とか出来るとは思えない。
だが、それでも彼女には彼女なりの
この世界の
(──……思い出せ、これまでの戦いを……!!)
だからこそ、そんな時間は残されていないと分かっていながらも、これまでの戦いの中に隕石を攻略するヒントはなかったかと必死に記憶を漁り始める──。
(
リエナに力の使い方を教わって以来、百足だったり鳥の群れだったり風の邪神だったり海賊だったり、そして何より
もっと、もっと──と記憶を遡っていた時。
(……最初は、どうやったんだった……? あの……何とかっつー腐った犬をアドと一緒に討伐した時──)
そもそも、この暴虐的な力を──
思い出そうにも、あの時の記憶がない事に気づく。
それもその筈、『二人とは違う』と啖呵を切って行使したはいいものの、ウルも結局はフィンやハピ同様に正気を失ってしまっていたからに他ならない──。
それでも縋りつく様に何とかして自分の中に存在しない記憶を掘り起こそうとしていた彼女の脳裏に、どういう訳か
それは、あの時の
驚愕と困惑で揺らぐ視界には、その真紅に輝く凶暴な大牙で
(……っ、噛み、砕いた……のか? いや駄目だ、やっぱり砕いてんじゃねぇか……! あたしって奴は何で)
何故、今になってこんな記憶が──と疑問に思う余裕もないウルが、おそらく噛み砕き、そして焼き潰す事で勝利したのだろうと理解は出来ても、それでは今までと何も変わらないじゃないかと自分を恥じる中。
(……待てよ、もしかしたら──)
ふと、こうして自分が身に纏っている真紅の化石に目を遣りつつ、これまでの戦いの中で大抵の場面において自分が爪を巨大化させていた事を回想し、この状態でも可能なのかと試しに爪に魔力を込めたところ。
(っ! やっぱりだ、これならいけるかもしれねぇ!!)
彼女の推測通りに化石の右前脚にあたる部位に携えた爪が大きくなった事で、これが可能なら或いはと僅かにでも希望を見出したらしく、そのまま顔を空に向けようとした時、龍になった望子が口を開いて──。
『──……モウヤメル? ソレデモイイヨ? ワタシガツヨクナッタッテ、ワカッテクレタッテコトダモンネ』
『……やめねぇよ』
『エッ?』
無理そうなら言ってね──と憐れむ様な言葉をかけてきた事により、ウルは打開策が見つかった事も相まって引き攣った笑みを湛えつつ望子の提言を拒否し。
『……お前が、あたしより強いってのは分かった。 もう嫌ってくらいにはな。 だが……だからって、あたしがお前を護らなくていいなんて事にはならねぇ筈だ』
『……ン〜……』
細長い首をかしげる望子をよそに、もう自分などより遥かに望子が強くなっている事は嫌という程に理解したが、それはそれとして望子を護りたいという当初の気持ちは変わっていないと真摯に告げるも、それを受けた望子の表情にこれといった変化は見られない。
……それもその筈、望子は今──調整中なのだ。
本当に隕石を落としてしまったら大変な事になってしまう──というのは子供でも分かる為、話半分に告白じみた主張を聞きつつも落下速度を調整していた。
正直に言ってしまうと、これを何とか出来るなら出来るで早くしてほしい──というのが本音であった。
『見てろよミコ、お前らもだ。 最弱だ何だと言われようが関係ねぇ、あたしはミコの──
自分と望子の間に異常な温度差が発生している事にも気づかないウルは、そもそも目が眩む程だった真紅の光を更に強めた魔力の塊である
そして、とある部位──
『灼き潰せ──『
『──ルァアアアアアアアアアアアアッ!!!』
その真紅に煌めく半透明な頭骨は、まさに獲物を喰らう寸前であるかの様に大きく大きく口を開き、たった今この瞬間に思いついたにしては随分と大仰な魔術名とともに
何しろ、それは日本における火の神の名であり。
ウルが、それを知っているとは思えないのだが。
「う、ウル……っ!? まさか噛み砕くつもり!?」
その力の強大さを真っ先に翠緑の瞳で視抜いたハピは、おそらく噛み砕く事自体は出来るだろうが破片は大陸中どころか周辺の海域にも飛散してしまう筈だとの危惧を叫び放とうと試みるも──もう、遅かった。
『お、おぉ──……っ、おぉおおあぁああああああああああああああああああああああああああっ!!!』
「……成る程。 破片諸共、呑み込んで砕くか──」
轟音だけでなく熱波をも伴うウルの大咆哮とともに頭骨は更に巨大化していき、ローアの推測通りに上顎と下顎で分離した頭骨が隕石を呑み込む様にしてガブリと噛みついた瞬間、隕石とウルの大熱波が衝突し。
『『──……っ!!』』
「みこっ!?」
「うわぁっ!」
「な……っ!?」
「マジかよ!!」
「「「「きゃあっ!?」」」」
「「おおぉ!!」」
「「くぅ……っ」」
この場に居合わせた者たちが多種多様な反応を見せる中、全てを無に帰す程の魔力の大爆発が発生した。
それこそ、イグノールが使った
……この戦いの勝者は、どちらになるのだろうか。
最後の最後に、ほんの僅かでも一矢報いたウルか。
──それとも。
まぁ、とにもかくにも勇者と
ようやっと終局を迎える事と相なったのである。
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