第283話 全てが嘘であるかの様な

 最早、大陸どころか世界全土に響き渡ったのではないかという程の衝撃と轟音を伴う魔力の大爆発の後。



 生ける災害リビングカラミティの巣があった場所に漂っていたのは。



 先程までの出来事の全てが嘘であるかの様な静寂。



 尤も、あの巨大な隕石と暴君龍ティラノサウルスの一撃による魔力の爆発の衝撃は決して軽いものではなく、せっかく再生したばかりのディアナ神樹林は見るも無残となり。


 キューが、おそらく未だ神力が全快ではない筈のダイアナに代わって、その神々しいまでの淡い黄緑色の光を以て神樹林を中々のペースで再生してはいるが。



 それでも、やはり破壊の痕は非常に生々しく。



 望子が変異していた龍が狙いを定めていた標的であるところのウルが立っていた地点を中心とした半径一キロメートル程は最早、キューの神力どころか植物の女神ダイアナの神力を以てしても木や花はおろか草一本すら生えないくらいの焦土と化してしまっていた。


 ダイアナが見たら怒って天罰の一つも下してしまいそうな──というより既に、ダイアナ自身が再生を試みなければならないくらい真っ黒な焦土の中心では。


「──……まだ、おきないね。 おおかみさん……」


 およそ三十分程前に龍化ドラゴナイズを解除し、これといって身体に異常がない事を確認し終えた望子が、その焦土に横たわったままで目覚めないウルに膝枕をしていた。


 もう望子の攻撃が原因で傷ついていたウルの身体はカナタの治療術によって治ってはいたが、それでも精神的な疲弊が大きいのか一向に目覚める様子はない。


 たまに寝返りを打ったかと思えば望子の柔らかく良い匂いもする膝枕に顔を埋めて幸せそうな寝顔を見せており、それを見てイラッとしたフィンが『ほんとに寝てんの?』と確認するも寝ているのは間違いなく。


 取り敢えず、ウルが自然に起きるまでは待機する事に決めていた一行の何人かが──もう少し具体的に言えば、ウル、カリマ、ポルネ以外の亜人族たちと魔族たちが、ここに近づいている何某かの接近に気づき。


(……恩恵ギフト持ちが二人──……敵ではなさそうだけど)


 既にハピは、その何某かの姿を視通せてはいるものの、ちょうど望子の人形使いパペットマスターの力でぬいぐるみに戻っていた時に出会っていた者たちであった為、敵か味方かの判断も出来ずにいたところへ何某かが姿を見せ。


「──……クァーロさん? それに村長や皆さんも」

「……無事だったか、ファルマ」

「儂は視えておったがのぉ」


 その何某かが、メイドリアの村長であるウォルクや村長に次ぐ纏め役であるクァーロを始めとした漁村の民であると気づいたファルマの声に、クァーロは安堵や呆れの入り混じった溜息を溢し、ウォルクは遠視ルクファーで一行の無事は分かっていたゆえ微笑んでいるらしい。


「……貴方がたは、どうして此処に?」

「……どうしても何もねぇよ」


 一方、念の為にと構えていた臨戦態勢を解いたレプターが一行を代表して『何故この場に』と尋ねたところ、クァーロは極めて疲弊した表情で反応しながら。


「……金属がぶつかり合うみてぇな音が響いたかと思えば、ありえねぇくらいの魔力が風に乗って流れてくるし。 いきなり空の色が変わったから見上げてみりゃあ、でっけえ石の塊が空から降ってくるんだもんよ」

「それは……まぁ、そうか……」


 やはり村の方まで届いていたらしい、ウルと望子の壮絶な戦いの音や魔力のぶつかり合い──だけならまだしも、あんな超巨大規模の隕石が落ちてくるのを見てしまったら黙ってはいられないと口にする彼の言い分に、レプターは全く反論出来ず口を噤むしかない。


 此処は危険だから、すぐにでも戻って──などとは言える雰囲気でもなければ立場にもいないのだから。


遠視ルクファーで一部始終を視ておったが……あの隕石は、お主が落としたのじゃな? 確か、ミコというたかの?」

「え、あ……う、うん……ごめんなさい……」


 そんな折、未だにウルを膝枕したままの望子へ近寄っていったウォルクが、あの隕石を落としたのが龍へと変異を遂げた望子だったと遠視ルクファーで視ていたのだと告げた事で、それを受けた望子はしゅんとしてしまう。



 やりすぎた──と自覚しているのだろう。



「いやいや、叱るつもりはないんじゃよ。 あの隕石を見て儂らが焦燥や絶望を覚えたのは事実じゃが、こうして生き延びておるのじゃからな。 それに今は──」


 しかし、ウォルクとしては焦ったし絶望しもしたが生き残れているのだから気にしてはいないと心の広さを見せるとともに、そこまで怒っていないもう一つの理由と語る為に視線を望子から移そうとしたところ。


「先に話を聞きたい奴がいる──そうだろ」

「うむ、その通りじゃとも。 のう──」


 そんなウォルクの言葉を先読みしたクァーロが、ウォルクと同じ方向へ視線を走らせてから聞くまでもないといった風に確信めいた声をかけると、ウォルクは我が意を得たりとばかりに頷きながら一呼吸置いて。











「──生ける災害リビングカラミティよ」

「……俺か?」


 ヴィンシュ大陸を十年という長期間に亘り大規模で荒らし続けた魔王軍幹部へと投げかけられた声に、まさか自分に話が振られるとは思っていなかったらしいイグノールは、きょとんとした表情を浮かべている。


「儂は読唇術も会得しておるゆえ、お主らの会話も一言一句聞き漏らしてはおらん。 お主が、この者たちと協力して魔王を討たんとしておるというのはまことか?」

「……あぁ、その事か」


 そんな彼に構う事なく、ウォルクは遠視と読唇術を組み合わせる事で可能となる会話の傍聴によって、イグノールが望子たちと──召喚勇者と協力して魔王を討とうと目論んでいるというのが本当なのかと問い。


「マジだぜ、それは。 まぁ尤も、ミコの存在ありきだけどな。 こいつが首を縦に振らなきゃ何も始まらなかったが……なぁミコ、お前と俺の関係は何だった?」


 それに対してイグノールは、さも何でもない事であるかの様にウォルクの問いかけをあっさりと肯定しつつも、そもそも望子が賛同してくれなければ成り立たない関係を結んだからこそだと望子にも話を振るが。


「え? えーと……あ、あら……なんとか……?」

「……まぁ、そうだな。 同盟者アライアンスなんだよ俺らは」

「ふむ……」


 やはり覚えきれていなかった望子のあやふやな答えを聞いたイグノールは、ほんの少し呆れながらも苦笑いするとともに自分たちは同盟関係にあると回答し。


「……つまり、お主の中では既に魔王討伐こそが至上目的となっておる──と。 どうじゃ? クァーロよ」

「……嘘は、ついてねぇ」

「そうか……」


 生ける災害リビングカラミティからの話を総括して彼の目的を再び確認する様に口にした後、真偽トルフルを授かるクァーロへと話を振ると、ウォルクの意図を看破していた彼は目の前の魔族が嘘はついていないと正直に答えたものの──。


(……みてぇに真偽トルフルを掻い潜るすべを持ってる可能性もあるんだろうが……考えても分かんねぇしな……)


 真偽トルフルを掻い潜る事くらいは出来る──そう口にしていたローアを見遣りながら、もしやイグノールもと邪推してしまってはいた様だが、そんな事をいち人族ヒューマンでしかない自分が考えたところで無駄だと思い直した。



 そして、クァーロへの確認を済ませたウォルクは。



「……良かろう。 この瞬間を以て、ヴィンシュ大陸における生ける災害リビングカラミティの騒動は終息を迎えた事としよう」

「「「なっ!?」」」


 決して浅くない溜息を溢した後、生ける災害リビングカラミティが起こした全てを不問にした方が長い目で見れば利点が大きくなる筈だと踏んで独断で決めたところ、ウォルクやクァーロとともに来ていた三人の村民が目を見開き。


「そ、村長!? 何を言ってるか分かってますか!?」

「これまでの被害や犠牲を不問にするとでも!?」

「こいつは……っ、こいつのせいで……っ!!」

「ひ……っ」


 とてもではないが赦せる筈がない──と強い怒りや怨みの感情を乗せつつ主張する彼らの表情は、かなり鬼気迫るものがあり望子は若干の怯えを見せている。



 イグノールの方が、よっぽど怖い筈なのだが──。



「……まぁ待て、お前らの言いたい事も分かる。 けどな、そもそも相手は魔王軍幹部だ。 そんな正真正銘の化け物に食ってかかるつもりか? まずは落ち着けよ」

「そ、それは……けど──」


 そんな望子を気遣う意図は──おそらくないのだろうクァーロが、この瞬間にも怒りのあまりイグノールに食ってかかりかねない三人を宥めようとするも、その内の一人は納得がいかないらしく、『前と同じなら無理でも今ならば』と反論してこようとしたのだが。


「勘違いしておる様じゃがな。 此奴は弱体化なぞしておらんぞ? いや寧ろ、あの龍の姿をしていた頃より洗練されておる様にさえ見える──……そうじゃろ?」


 それを遮り諫め出したのは他でもないウォルクであり、イグノールの強さは間違いなく以前より増している事を年の功から看破したうえで当人へ話を振ると。


「良い目してんじゃねぇか、大正解だぜ」

「……小僧、小僧か──……ははは」


 年齢差を考えれば何も不思議ではないものの、あろう事か小僧呼ばわりしてきた目の前の魔族に、ウォルクは呆気に取られつつも軽く苦笑いを溢してしまう。


「お主らが何を言おうと、これは決定事項じゃ。 この後、儂が持っておる交信珠玉コルタルで大陸各地に伝達する」

「「「……っ」」」

「……ん?」


 そして、やいのやいのと言葉を交わしはしたが結局のところ意見を変えるつもりはなかったウォルクが口にした結論に三人が歯噛みしつつも頷く一方で──。


「……何故、貴方が交信珠玉コルタルを? それは各国の王族や貴族、或いは各ギルドのマスターでもなければ──」


 その性能を考えれば、もう国宝級と呼んでも差し支えない程の貴重さを誇る通信用の魔道具アーティファクト交信珠玉コルタルを何故いち村長の──かつては港町の町長だったのかもしれないが──ウォルクが所持しているのかと気になったレプターが問いかけると、ウォルクは微笑み。


「何、簡単な話じゃよ。 儂は、かつての港町メイドリアの町長であるとともに商業ギルドのマスターでもあったのじゃ。 その時の名残りと思うてくれれば良い」

「成る程、それで……」


 どうやら、メイドリアが漁村ではなく港町だった頃は町長と商業ギルドのマスターの二足の草鞋を履いていたらしく、マスターだった時に支給されていた様々な物の中に交信珠玉コルタルもあったのだと明かした事で、レプターは納得がいったという具合に独り頷いていた。


 尤も、その交信珠玉コルタルは先述した様に支給された物である為、本来ならばマスターではなくなった時点で返却義務が発生する筈なのだが、ヴィンシュ大陸の商業ギルドの本部が存在していた公国が生ける災害リビングカラミティにより滅亡したせいで返却しようにも出来なかったとの事。


「まだ目覚めておらぬ者もおる様じゃし、お主らも疲れておるじゃろう? ひとまず村へ戻らんか? まぁ流石に、そこの魔族たちを招き入れる訳にはいかんがの」


 その後、話が一段落ついたと判断したウォルクが一行へと──正確に言えば未だに目覚める様子のないウルへと視線を向けつつ、ひとまず村で休むと良いと提案したうえで、もう危険はないと判断していたローアを除く三体の魔族は無理だがと事実を突きつけると。


「じゃあ俺らは此処で待ってるからよ、そいつが起きて準備も出来たら魔族領に向かうとしようぜ。 ミコ」

「う、うん! がんばろうね!」

「おぉよ」


 自分に全く怖気付いている様子のないウォルクを気に入りでもしたのか、イグノールは怒る事もなく神樹林で待機していると告げてから右手を差し出し、それを見た望子は弱々しい力で同じく右手を差し出して。



 ──ぺちん。



 と、ハイタッチしてみせていた。



 つい先程、隕石を落としたとは思えない程の弱々しさを以て、まさに『ぺちん』とハイタッチした──。

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