第280話 突発、勇者VS人狼

 何の突拍子もなく望子から提案された一対一タイマン



 もう何度でも言うが、ウルという亜人族デミ──というより、ぬいぐるみにとって望子はあくまでも庇護対象であって、その強大な力を以て討伐せしめる相手ではないし、ましてや力を見せつける様な相手でもない。



 だから、ウルは望子の申し出を断るつもりだった。



 ……だったのだが。



「──……み、ミコ? マジでやるのか?」

「うん。 もう、きめたことだから」

「そ、そうか……じゃあ、しゃあねぇな……」



 ……結局、断りきれていなかった。



 愛らしい上目遣いを以てして『だめ?』と言われてしまった日には、『しゃ、しゃあねぇなぁ!』と返す他なかったというのもあるし、これに関してだけ言えば一行の殆どが抗う事は出来なかった筈であり──。



 そういう意味では、この一対一タイマンは必然と言えた。



 ……かも、しれない。



 とは言ったものの、やはり望子と戦うなどウルとしては本懐である筈もなく、せめて組み手程度に留めなければと限界まで加減した魔力を纏う──その一方。


(さっき、あの……ど、どら……なんとかを、つかっちゃったから……あれしか、つかえないんだよね……)


 今朝、一行が合流してくる前に龍化ドラゴナイズを使ってしまった為に、もう今日一日は龍化これしか使えないという制約をしっかり理解していた望子は、その首から下げている運命之箱アンルーリーダイスを握りしめて龍になった自分を思い描く。


 どうして龍にならないのか、どうして大きさも変わらないのかと気になる事はあるが、そんな事を考えたところで望子に分かる筈もなく、ただただ思い描く。



 イグノールとの戦いで見た、あの巨大な龍を──。



「みこー! 頑張れー! ウルなんて一発だよ一発!」

「ウル……貴女、分かってるんでしょうね」


 そんな折、今にも戦いを始めようという二人を囲む勇者一行の中でも特に二人と近しい──というか元は望子のぬいぐるみであるフィンとハピは、かたや望子を応援する為にこれでもかとウルをこき下ろし、かたや望子に怪我でも負わせたら絶対に許さないと脅し。


「ミコ様、お怪我だけはなさらぬ様に……!」

「まぁ最悪、私が治すから……ね?」

「わ、私もお手伝いします!」


 この二人の次に近しいと言えるレプターは当然ながら望子の力を信じてはいるものの、ウルの強さも知っている為に大きな怪我だけは避けてほしいと祈り、それを見たカナタやファルマは神官としての務めを果たすべく戦いが終わり次第すぐにでも治せる様に備え。


「これ、どっちが勝つンだろうなァ。 どう思うよ?」

「……どうでしょうね。 まぁ見てれば分かるわよ」


 一見すると物見遊山かと言わんばかりに気を抜いている様にも思えるカリマとポルネは、これから起こる戦いの勝敗の行方を他人事の様に遠巻きから見守り。


「実に……実に興味深い。 植物を司る女神ダイアナの加護を得た人狼ワーウルフと、そもそもからして神々の加護厚き召喚勇者の戦いとは──はてさて、どうなるか……」


 一行で唯一の魔族であるローアはローアで、どうやら勇者と勇者の所有物ぬいぐるみとの戦いがどういった結果になるのか、その結果に至るまでの過程も込みで気になりすぎて愉悦を堪えきれないがゆえに昏い笑みを湛え。


「ん〜……やっぱ俺も戦いてぇなぁ。 駄目か?」

「そ、それは流石に……よろしくはないかと」

「じ、自制していただけると助かります……」


 同じ魔族ではあれど勇者一行には属していないイグノールが、うずうずとした様子で二人の戦いに乱入したそうにしているのを、どうにかフライアとヒューゴが宥めすかして止める中──最後の一人、キューは。


(──……ミコが負ける要素ある? これ)


 望子は既に新たな超級魔術を使いこなし、そしてウルは望子を相手に全力は出さない、この条件で一体どうすれば望子が負けるというのか──と呆れていた。


 尤も、キューとしても勇者一行の仲間同士が戦うのを見るのは初めてである為、面白そうという興味の方が勝ってしまったゆえに止めるつもりはなかったが。


「……では僭越ながら私が合図を。 よろしいか?」

「うん、おねがい」

「あ、あぁ。 頼む」


 それから、お互いに覚悟を決めて一定の距離を取った後、一行では数少ない常識人であるレプターに審判を任せた事で彼女が合図を出さんとし、この場が緊迫感漂う静寂に包まれる中、レプターは深く息を吸い。


「──……開始!!」


 そう叫んだ瞬間、一も二もなく何歩か後退する。


 勿論、二人の邪魔にならない様にと。


「ん〜……っ、しょっと』

「……それが、龍化ドラゴナイズか」


 そんな彼女の気遣いをよそに望子は、ぎゅっと握った運命之箱アンルーリーダイスに魔力を込めて龍化ドラゴナイズするも、やはり今朝と同じ龍人ドラゴニュートの様な姿となり、それを初めて見るウルは娘の成長を感じたかの如き表情を浮かべていたが。


『いくよ、おおかみさん──ほんきでいくからね』

「お、おぉ……まぁ、それなりに──」


 感慨深ささえ抱いているウルの心情など知った事ではないとばかりに声をかけてきた望子に、ウルは思わず面食らいながらも『全力の十分の一』くらいの力を込めつつ戦闘態勢に移行しようと──した、その時。


『──とうっ』

「……?」


 ふわっと小さな翼で浮かび上がってから、くるんと可愛らしく望子が横に回転したのを見ていたウルは望子が何をしているのか分からなかったが、それはそれとして何やら嫌な予感を伴う匂いを感じ取った為に。


(……一応、防御を──)


 もしかしたら攻撃に繋がる行為なのかもしれないと判断して、ダイアナの加護により更に洗練された真紅の爪──勇爪いさづめを展開して防御を兼ねた迎撃をせんと。



 ──した、その瞬間だった。



「っ!? ぅ、お──」


 突如、大した長さではなかった筈の望子の尻尾が彼女の目の前まで伸びてきたかと思えば、その尻尾は真紅に輝くウルの勇爪いさづめと衝突し、それでも勢いは殺せるだろうと踏んでいたウルの余裕は僅かな鍔迫り合いの後、一方的に勇爪いさづめが弾かれた事で消え失せてしまい。


 どうにか、その衝撃を後ろに逃がす事だけは出来たウルが、その勢いのままにバッと背後へ振り向くと。


「──は……はぁっ!? 何だそりゃあ!?」


 そこには、やっと再生しかけていた神樹林の一部を望子の尻尾が薙いだ事による大破壊の跡があり、ダイアナへの申し訳なさもそうだが『もし躱しきれていなかったら』と考えると驚愕で目を見開かざるを得ず。



 殺す気か──そう苦言を呈すべく視線を戻すと。



『おおかみさん! まだまだこれからだよっ!』

「っ、この……! やりゃいいんだろやりゃあ!!」


 いつの間にか目の前まで急接近してきていた望子が戦いはこれからだと口にし、そこらの武器より遥かに斬れ味の良い爪や尻尾、翼などを用いて攻めてきた事によって、『手加減してる余裕はない』と漸く悟ったウルは爪を研ぎ牙を打ち鳴らし望子との戦いに臨む。


 真紅の爪を以て龍の爪を弾き、真紅の火を以て紺碧の火を相殺する、そんな激闘を見守っていた一行は。


「何と凄まじい破壊力……! 私でも似た様な事は出来ようが、あれを修得したのが数日前と考えれば──」

「うむ、やはりミコ嬢は勇者に相応しい」


 レプターやローアの様に望子の勇者性や能力、才覚センスに見惚れつつ、うんうんと頷き合う者たちもいれば。


「……ダイアナ様から天罰が下ったりしませんか?」

「だ、大丈夫じゃない? あの子、勇者だし……」


 ファルマやカナタの様に望子が薙ぎ払った神樹林を見て、ダイアナからの天罰を恐れる者たちもいるし。


「……これ、アタシらいらねェンじャねェか……?」

「……そんな事はない……と思うのだけど……」


 カリマやポルネの様に、『もうあいつ一人でいいんじゃないかな』と実力不足を痛感する者たちもいて。


「く〜! いいじゃねぇか! たった数日で練り上げてやがる! 今ならもっと良い戦いが出来そうだなぁ!」

「い、イグノール様! 抑えて下さい!」

「今は駄目です! せめて、もう少し──」


 ヒューゴやフライアの様に、もう戦闘意欲が限界の幹部を何とか抑えようとする者たちもいたりする中。


『──……えいっ!!』

「くっ、お……!!」


 断頭刃ギロチンが如き斬れ味を持った翼の一撃を、どうにか足に展開した勇爪いさづめで相殺しつつ距離を取ったウルは。


(洒落んなってねぇぞこれ……! こんなもんまともに喰らったら死ぬじゃねぇか……! ミコ、お前は──)


 今の一撃もそうだが、その全てが必殺の威力を有している事を嫌でも理解しており、どうやら『本気でいく』というのは冗談でも何でもなかったのだと改めて悟っていた時、唐突に望子の動きがぴたっと止まった事に違和感を覚えてウルが望子の方を向いてみると。


『──……おおかみさん』

「っ、あ、あぁ。 どうした? もう終わりに──」


 望子が、かなり真剣味を帯びた──それでいて昏い感情がこもっている様にも見える表情とともに自分の名を呼んできた事により、もしやもう終わりにしてくれるのかと息をついて安堵しようとしたのも束の間。


『──まじめにやって』

「ぇ──」


 結構な距離を取っていた筈なのに、ほんの少しの音もなく目と鼻の先まで肉薄してきていた望子の、どう聞いても怒っている様にしか思えない低い──低いといっても可愛らしいが──声音での親が子を叱るかの様な言葉をかけられた事で、ウルが面食らった瞬間。


「ぅ──ぐ、あ"ぁああああああああああっ!?」

「「ウルっ!?」」


 大きさはそのままに、されど威力は桁違いの両爪を交差させて斬り払う一撃が襲ってきた事により、ウルは碌に反応も出来ない状態で斬撃をまともに喰らい。


 イグノールが屠ってきた者たちの骨や血肉で形作られた巣の外壁に叩きつけられ、そしてドサッとうつ伏せで地面へ落ちたウルの惨状に、ハピとフィンは先程まで望子の応援をしていた事も忘れて彼女を憂いた。


 望子が最も大切だというのは変わらないが、それでも同じぬいぐるみとしての絆もまた不変なのだろう。


「ど……っ!? 龍如ドラガ爪撃クロス……!?」

「……に似せた一撃であるな」

「っ、そ、そうなのか……?」


 一方、望子の放った一撃が自分も扱う武技であるところの龍如爪撃に酷似していた事でレプターは驚いていたものの、おそらくレプターが行使していたのを見て真似たのだろうというローアの見解に、レプターは納得した様な、していない様な微妙な反応を見せる。


「い、今のは相当……っ! 大丈夫かしら……!?」

「わ、私、欠損なんて治せる自信は……!」


 そんな二人の隣では、『単純な威力だけなら、これまでの旅で見てきた技の中でも最上級の筈』と、ある程度は目が肥えていた事によりカナタがウルの被害状況を分析し、また『もし欠損してたら』と神の加護を得てもそこまでの自信はないファルマが慄いていた。


 そして、この戦いの当事者の片割れであり魔族以外の全員が心配する程の一撃をその身に受けたウルは。


「……がっ、げほっ……み、ミコ──……っ!?」


 おそらく内臓がいくつも潰れているのだろう、せり上がってきたドロドロの血液を口から吐きつつ、ズタズタになったお腹の辺りを苦しそうに押さえながらも段々と赤みがかっていく視界に望子を映して名を呼ばんとした瞬間、望子は再び音もなく彼女の前に現れ。


『……わたし、おおかみさんのこと──すきだよ』

「──……へぁっ!? ぅ、って……」


 先程の様な強烈極まる一撃を見舞った少女が浮かべるものとは思えない、とても朗らかな笑みとともに告げられた、プロポーズの如き言葉にウルは思わず痛みも忘れて驚いてしまい、そのすぐ後にやってきた文字通り身を裂く様な痛みに整った顔を歪めてしまうも。


「……ぇ、えーっと……そりゃ、あたしも──」


 大怪我によるものなのか、それとも気恥ずかしさによるものなのかは分からないが、ウルは傷まみれかつ紅潮した頬を掻きつつ『あたしも好きだ』と応えようとしたものの、それを遮ったのは他でもない望子で。


『……とりさんも、いるかさんも、とかげさんも、ろーちゃんも、かなさんも、きゅーちゃんも、いかさんも、たこさんも──みんなのことが、だいすきなの』

「……そっ、そりゃそうか……それが、どうした?」


 これはウルに限った話ではなく、ハピの事も、フィンの事も、レプターの事も、ローアの事も、カナタの事も、キューの事も、カリマの事も、ポルネの事も。


 分け隔てなく皆の事が大好きなんだと語った望子の言葉に、ウルが僅かに気落ちしながらも『望子ならそう言うだろうな』と納得したうえで先を促すと──。


『だからね? わたし──えっと、なんていったら』

「……?」


 何故かは分からないが途端に言葉に詰まりだした望子に、ウルが望子と同じく首をかしげていた一方で。


「──……対等になりたい、って事だよね。 きっと」


 これまで沈黙を貫いていたキューは、どうやら一行の中でただ一人、望子の真意を見抜いていたらしく。


 望子の頭に思い浮かびそうで思い浮かんでこなかった『対等』という言葉を、あっさりと挙げてみせた。


『……それだ。 ありがとう、きゅーちゃん』

「んーん、どういたしまして」

「対、等……?」


 どうしても、その言葉が出てこなかった望子が礼を述べた事で、ひらひらと片手を振って応えるキューをよそに、いまいち理解していないウルが問いかける。


 元から、あたしらは対等だろ──と、そう思っていたのは自分だけだったのかという強い疑念を込めて。


『まえに、いったよね……まもられてだけじゃ、いやだって──わたしも、みんなをまもりたいんだって』

「あ、あぁ……そんな事も言ってたな」


 すると望子は、もう随分と前に三人のお友達と魔術の師匠であるリエナに告げた自分なりの決意について触れ、それを覚えていたウルが数ヶ月前の出来事を回想しつつ望子の言葉を聞き逃さない様に耳を動かす。


『だから、おおかみさんに──うぅん、みんなにみてほしいんだ。 わたし、こんなにつよくなったよって』

「……ミコ……つっても、あたしは──」


 そして望子が主張するところの、『これからは、わたしもみんなといっしょに』という意見を聞いたウルは、もし望子の主張を聞き入れるとしても望子を護りたい気持ちが消える訳じゃないと反論せんとしたが。


『しってるよ、おおかみさんはやさしいから。 わたしが、ほんきをだせないんだよね……?』

「……いや、あたしは──……ん?」


 またも彼女の言葉は望子によって遮られてしまったものの、ウルにとっては遮られた事よりも望子が何やら意味深な発言をした事の方が気になり、やたらと強調して聞こえた『ちいさいから』の部分について問おうとするも、その問いかけをする事は叶わなかった。


『おおかみさん……ここから、ほんきでいくから。 おおかみさんなら、だいじょうぶだとオモウケド──』

「っお、おい……?」


 何故なら、そんな彼女の目の前に立っている望子の姿が少しずつ、されど確実に何かへと変わっていき。


 姿だけでなく、およそ人族でもないのに人族の言葉を無理やり話そうとしている様な雑音混じりの声に変わっており、ウルが違和感を覚え手を伸ばすも──。



 ──もう、全てが遅かった。











『──シンジャッタリ、シナイデネ?』

「う、嘘だろ……!?」



 そこにいたのは、かの生ける災害リビングカラミティが今の魔族の姿を見せる前まで閉じ込められていた、あの亡龍が──。



 少しばかり小さくなった様な、そんな龍だった。

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