第279話 生ける災害から見た序列

 ……別に、ウルは自分が強いとは思っていない。



 これまでの旅の中でも、ラスガルドやストラといった強敵を相手に遅れを取った事もあるし、そのせいで望子を危険な目に遭わせてしまった事もあるからだ。


 そして何よりも、どういう訳か同じ望子の所有物ぬいぐるみである筈なのに自分より遥かに強い──フィンの存在。


 これらの事実が、ウルの自信を削いでいたのだが。


 それはそれとして、ウルたち三人が亜人族デミとして覚醒した理由である筈の『護るべき存在』より自分が劣ると言われたからには黙っている訳にもいかず──。


「──……あたしが、ミコより弱ぇだと……?」

「ちゃんと聞こえてた様で何よりだぜ」


 ゆえにこそ、ウルは普段なら望子の前で絶対に見せないであろう怒気を纏った表情と声音で威嚇じみた再確認をするも、イグノールは何の気なしに首肯する。


 ……何処吹く風といった具合に。


 しかし、その後すぐに彼は一行全員に視線を向け。


「……あぁ、でも勘違いすんなよ? 別に、お前だけがミコより弱ぇって言ってんじゃねぇ。 お前らの中の大半は魔術ありきのミコより劣る、って話をしてんだ」

「オマエらッて事ァ……アタシらもか?」

「そりゃあ──……あぁ、そうだ」


 何も、ウル一人だけが望子よりも弱いという訳ではなく、あくまでも代表として彼女を矢面に立たせただけだと明かし、それを受けたカリマがこれまた不満そうに自分も含まれてるのかと問うと、おそらく『当然だろ』と返そうとした彼の言葉が途中で止まる──。



 ……?



 と、この場にいる全員の頭に疑問符が浮かぶ中。



「折角だし、この俺から見た勇者一行の序列を発表してやるよ。 当然だが魔術に武技アーツ、魔力量に体力に精神力まで含めた総合力で判断した序列だ──聞くか?」

「……さえずってみろよ」


 さも妙案だとばかりに膝を叩いたイグノールが『一行の序列をハッキリさせて、どいつが望子より弱いのか』を教えてやると提言したところ、それを受けた一行は互いに顔を見合わせた後に頷き合い、そんな一行を代表──した訳でもなかろうが、ウルが先を促す。


 そして、イグノールはわざとらしく咳払いしつつ。


 自分が思う、召喚勇者一行の序列を発表し始めた。


「まず序列一位だが……どうせ自分でも分かってんだろ? 自分こそが一番だって──なぁ、人魚マーメイドよぉ?」

「……ふん、当然でしょ」


 まず序列一位は、おそらく自覚があるだろうと踏んで彼が話を振ったフィンであるらしく、おおよそ彼の予測通りに彼女自身も己の強さを自分していた様で。


「見たところ武技アーツは使えねぇみてぇだが……それを補ってなお余りある魔術と、その魔術を際限なく扱える程の魔力量。 基本的にゃあひ弱な奴らの多い人魚マーメイドとしちゃあり得ねぇくらいの体力と精神力もあるときた」

「「「「……っ」」」」

「……」


 その強さを裏付ける要素を語れば語る程、彼を除いた二体の魔族や二人の神官が人魚マーメイドに怯える一方、当のフィンは『キミに褒められても』的な顔をしており。


「俺じゃなくても、お前を一位に据えるだろうぜ」

「……ぜんっっっっぜん嬉しくないけどね」


 序列一位に対する評価を締め括る様に、『自分でなくとも、お前への評価は誰がやっても同じだ』と、さもフォローするかの如き発言をする彼にも、フィンは如何にも素っ気なく返答して片手をひらひらと振る。


 ……が、しかし。


「いるかさん、やっぱりすごい……!」

「えへへ! そんな事ないよぉー!」

((((えぇ……))))


 次の瞬間、望子がフィンを褒めた事により途端に彼女は上機嫌となって望子を抱きしめ、そのあまりの変わりっぷりに先程まで怯えていた筈の者たちは毒気を抜かれてしまい何とも言えない表情を浮かべていた。


(やはり、か……しかし、どうしてああも強い……?)


 一方で、フィンの変わり身は今に始まった事ではない為に特に驚いてはいなかったレプターは、その強さが結局のところ何処から来ているのかが未だ謎めいている事実に気づき、その整った顔を悩みで歪ませる。


 フィンに言わせれば『みこへの愛の大きさだよ! ウルもハピもまだまだだよね!』との事らしいのだが。


「で、序列二位は……お前だ──」


 そんな彼女の苦悩をよそに、イグノールがフィンに向けていた指ごと視線を逸らし、お次はとばかりに指差したのは──ウルでもハピでもレプターでもなく。


「──神樹人ドライアド。 キューっつったか?」

「え? キューが二番目なの?」

「あぁ……まぁ、つっても──」


 ほんの少し前に神樹人ドライアドへと進化を遂げたばかりのキューであり、その事に一番きょとんとしている様に見えるキューが可愛らしく首をかしげて問いかけると。


「……俺ぁ、そこまで亜人族デミに詳しい訳じゃねぇ。 だから神樹人ドライアドってのが本来どんな種族なのかも知らねぇが……お前から感じる力は、女神のそれと大差ねぇ」

「へー、そーなんだぁ」


 イグノールは一見老人のものとも思える白髪を掻きながら、どうにも自信なさげに神樹人ドライアドという亜人族デミとの交戦経験が浅い事を明かすとともに、キューが纏う力は神樹林を破壊した時に感じた女神ダイアナの力と何ら変わりなく、そう考えると二番手に据えない理由がない。


 ……と、そこそこ重大な事実が彼の口から語られた筈なのだが、キューは相も変わらず呑気にしている。


(三番目か四番目だと思ってたのになぁ、びっくり)


 尤も、キュー自身も自分が賜った力の大きさは理解していた様だが、それでも二人か三人くらいは自分の上に来るだろうと思っていたらしく割と驚いていた。


「次に三位だが……ここでお前だ──ミコ」

「さ、さんい? さんばんめに、つよいの?」


 それから、イグノールがまたも指と視線を移動させて次にと示したのは他でもない我らが小さな勇者であり、いきなり名を呼ばれた事に驚きつつ望子が反応して信じがたいのか『ほんとに?』と確認せんとする。


「そりゃそうだろ? 魔道具アーティファクトありきとはいえ、お前は四つの超級魔術を扱える。 しかもだ、お前らん中じゃ最も魔力量が多い上に覚えたての超級魔術を数日で使いこなしちまう圧倒的な才覚センスもある。 お前が三位だ」

「ん、んん……?」


 そんな望子の不安と対照的に『当然だ』と言わんばかりの表情を浮かべた彼は、リエナから授かった力を始めとした超級四つをその膨大な魔力を以て並以上に扱えている時点で、およそ魔術なしでは戦力になどなりえないという事実があっても三位だと言い聞かせ。


「妥当であるな。 魔道具アーティファクトがなければ比較するまでもなく最下位であろうが、そんな物言いに意味はない」

「……そっ、かぁ……」


 どうやら、ローアもイグノールと同じ考えだったらしく、いまいち納得いってなさそうな望子に対して補足する様に解説した事で、それとなく理解する一方。


「そういうこった──序列四位」

「……それも妥当であろうな」


 そんなローアこそが、イグノールの思う序列四位なのだと明かすもローアは特に驚いている様子はない。


 ……おそらく、ほぼ同じなのだろう。


 イグノールと、ローアがそれぞれ考える序列は。


「魔王だデクストラだ俺らみてぇな三幹部だを除きゃあ、お前が一番強ぇ──つーか厄介だってのは、ラスガルドもデクストラの奴も似た様な言ってたしなぁ」

「……厄介であったとて、その面子に手は出せぬが」

「……ちっ」


 その後、イグノールはいつか何処かで聞いた気がするローア──もとい、ローガンへの評価を愚痴の様に吐くラスガルドやデクストラの話を思い返して愉しげに口を歪めるも、ローアは暗に『その期待には応えられぬ』とイグノールとの戦闘を事前に回避していた。


 ……彼は、とてもつまらなさそうにしていたが。


「で、五位はぁ……お前だな、鳥人ハーピィ

「……そう。 それで?」


 それはさておき──と言わんばかりに続けて五位に据えるらしいハピに声をかけたものの、これといってハピも驚いてはおらず五位になった理由を尋ね出す。


「随分と前に……千年前だったか。 そん時に戦った風の邪神と似た力を感じるんだよなぁ。 合ってるか?」

「……えぇ、まぁね」

「じゃあ、やっぱお前だ。 呑まれてる感じもねぇし」


 すると、イグノールは薄紫の双眸を妖しく光らせながら彼女の奥底にある風の邪神の──ストラの力に覚えがあった様で、その悍ましくも何処か神々しい力に呑まれるどころか使いこなしてさえいる事を指摘された事により何となくだが理解を示した、その一方で。


(……呑まれてた事もあったけれど)


 正直あまり覚えていないが、この力に呑まれたせいで邪神の支配下に置かれた事もあったし、この力を使いこなせていなかったせいで戦いに参加出来なかった事もあった為、『もっと下でもいいけれど』と自嘲。


(……折り返し……あたしの名前が──っ、いやいや)


 そんな中、半分まで来たのに一向に自分の名が呼ばれない事に苛つきを覚えていたウルだったが、よく考えると何故魔族の戯言に一喜一憂しなければならないのかと我に返りつつも、やはり気にはなってしまい。


 恨みがましい視線を向けたが、それは彼に届かず。


「……正直こっから三つは似た様なもんだ。 そこの蛸が六位、龍が七位、烏賊が八位だ。 ほぼ差はねぇよ」

「……七位か……ミコ様の為に、もっと精進せねば」

「烏賊だの蛸だの……種族名で呼びやがれってんだ」


 六、七、八位を一気にという何とも雑なイグノールの発表に、かたや割と自分の力に自信があったらしいレプターは真剣に落ち込みながらも更なる研鑽を積む事を決意し、かたや魚市場みたいな呼ばれ方にややイラッとしたカリマが舌を打ちつつ頬杖を突いていた。


(私、カリマどころかレプターより上なの……?)


 翻って、ポルネは自分の評価を七位か八位──何なら下にはカナタしかいない九位くらいなのではと踏んでいた様で、イグノールからの評価とはいえ六位というそこそこの序列の理由が分からずに疑問を抱く中。


「──……おい」

「あ?」


 突如かけられた底冷えする様な低い声にも驚かずにイグノールが振り向くと、そこではウルが真紅の双眸をギラギラと輝かせて嫌という程に睨みつけており。


「……あたしと聖女こいつが一行で最弱の二人だって言いてぇのか? いくら何でも納得いかねぇんだがなぁ……」

「……最弱の二人っつーか──」


 ここまで名が挙がっていない二人──自分とカナタが、イグノールにとって勇者一行最弱の二人だとでも言いたいのかと、カナタを親指で指差しながら脅迫かの如き物言いで食ってかかるも、イグノールはイグノールで何やら言わなければならない事があるらしく。



 ガリガリ、と長い白髪を掻いてから──一言。











「総合力で見りゃ、お前が最弱なんだよ──人狼ワーウルフ

「……は、はぁ……???」


 ウルとしては絶対に認めたくない、あろう事かカナタよりも下の『一行で最弱』という称号を強制的に授けられた事で、あまりに理解の及ばない展開に怒りを通り越して疑問符の乱立が止まらないウルだったが。


「ちょ、ちょっと待って……! どうして私が、ウルより上になるの……? 魔術も体力も、魔力や精神力だって私なんかより上の筈なのに……なのに、どうして」

「そりゃ簡単だ──も分かってんだろ?」

「えっ?」


 いまいち納得がいっていないのはカナタも同じであった様で、あたふたとしながら何がどう転がっても自分がウルに勝る部分の方が少ないに決まっている、とフォローするかの如く主張してみせたはいいものの。


 イグノールとしては特に不思議な事でないのか、おそらく同じ様に考えているのだろうローアに向けて話を振った事により、カナタがそちらを向くやいなや。


「──『希少性』、であるか」

「き……何だって?」


 ローアが『希少性』なるワードを以て彼の発言に賛同する旨を示すも、ほんの少しも彼女の言葉にピンときていないウルはまたしても疑問符を浮かべている。


「希少性。 我らの中で癒しの力を有しておるのは聖女カナタと……まぁ、ついでに言えばフィン嬢の二人」

「……カナタ様は聖女ですから。 稀だと言うなら、これ以上の存在はいません──それこそ勇者と並んで」


 そんな彼女に言い聞かせるかの如く、このメンバーの中で傷や病を治す事が出来るのがカナタと、あまり数はないが蜂蜜水玉ハニースフィアという回復薬ポーションを生成可能なフィンの二人しかいない以上、希少価値が高いのだと語り。


 ここまで蚊帳の外だったファルマも、その片割れを担っているのが世界に一人の聖女だという事も望子が世界に一人の勇者であるという事に並んで拍車をかけている筈だと、いち神官の視点から補足してみせた。


「キューも! キューも癒せるよ!」


 一方、進化によって癒しの力さえも獲得しているらしいキューが、『はいはいはーい!』とこの状況には正直似つかわしくない元気な声で主張したのを聞き。


「……あぁ確かに──だがそれでも三人。 我らが十人である事を考えれば希少性は極めて高いと言えよう」


 そういえば、とキューがフィンを魔族の力の呪縛から解き放った時の事を思い出したローアは成る程と頷きながら、だとしても十人中三人である以上は希少性が高い事に変わりないのだと話を締め括ってみせる。


「そういうこった。 もう分かったろ? ──最弱」

「……っ」


 そして、いよいよ現実を突きつけるかの様にイグノールが愉悦を感じさせる表情を湛えて『お前こそが最弱だ』と告げた事で、ウルが悔しげに顔を歪める中。


「……おおかみさん」

「っ、あ、あぁ、どうし──っ!」

「……おおかみさん?」


 突如かけられた望子の声に、それでも即座に反応したウルの脳裏を何かがよぎり、そんな彼女を心配そうに望子が覗き込む一方、ウルが思い返していたのは。


(ま、まさか、この状況は……あの時、想像した──)


 もう随分と前、ガナシア大陸の港町ショストにて捕獲依頼に勤しんでいた時、レプターに比べて何も出来なかった事により自分の無能さを実感して悲観していた、およそ自分たちぬいぐるみにとって最悪の──。



 ──じゃあね、おおかみさん♪



 最も大切な人からの、あまりに無情な別れの言葉。



「ま、待ってくれ、ミコ! あたしは、まだ──」

「おおかみさん──」


 尤も、この状況で『♪』までつけて望子がそんな事を言う筈もないと頭では分かっていたが、もう今のウルには余裕などなく恥も外聞も捨て縋りついてでも。



 ──まだ強くなれる、だから見捨てないでくれ。



 そう言おうとしたウルの叫びを遮ったのは他でもない望子であり、たった今この瞬間にも泣いてしまいそうなウルに向けて、とある提案をしてくる事となる。


 それは、『望子より弱く、もっと言えば最弱だ』という衝撃の発言を更に凌駕する一言だったのだ──。











「──わたしと、たたかってみない?」

「……へっ?」

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