第278話 決を採る
それから望子は一旦ぬいぐるみを地面に置き──。
──『おはよう、みんな』。
と、やはり二重に聞こえる声で目覚めを促した。
すると、ぬいぐるみたちは以前までより更に神々しい黄緑色も含めた閃光を放ちながら形を変えていき。
「──……ん、んぁ……?」
何とも眠たげな真紅の瞳を擦りつつ──ウルが。
「ぅ……ここ、は……」
いつも以上に悩ましい雰囲気を纏って──ハピが。
「……ぽ、ポルネ……どこだァ……?」
霞む視界に映らぬ恋人に手を伸ばし──カリマが。
「か、りま……そこに、いるの……?」
その掠れた女声が耳を叩いた事で目を向ける──ポルネを含めた四人の
「……っ、おおかみさん! とりさん! いかさん! たこさん! よかった、ほんとに、よかった……っ!!」
「ぅおっと! み、ミコ……!?」
瞬間、涙を堪えきれなかった望子が四人の名を呼びながら、ウルの豊満な胸目掛けて飛び込んでいった事で、ウルは驚きつつも傷つけない様にと抱き止める。
およそ一週間ばかりという短期間であっても、あの敗北によって二度と逢えなくなってしまったのかもしれないと思っていた望子としては、もう嬉しさと感動とウルの温もりで涙も嗚咽も我慢出来なかったのだ。
「な、何が、どうなって──っあ!? い、イグノールは!? あの爆発は!? というか、ここはどこ!?」
「お、落ち着いてくれ、ハピ!」
「も、もう大丈夫だから……!」
一方、望子が無事だったのは良い事だというのは間違いないが、それはそれとして
「ふむ……ポルネ嬢、少し失礼するのである」
「えっ、な、何を……ひゃっ!?」
「おいこらテメェ! 誰の許可取ってアタシの──」
既に意識をハッキリと取り戻していたポルネに対して、そうやって声をかける前にローアが音も立てずに接近しつつ薄い服の下にある水分多めの肌にぺたぺたと触れ始め、その手つきにポルネが思わず艶声に近い喘ぎを上げたのを聞いたカリマが掴みかかるも──。
「……成る程。 やはり──」
「ゥおッ!? わ、悪ィ……」
「だ、大丈夫よ、カリマ」
二本の手も十本の足も何の気なしに躱してみせたローアを掴み損ねたカリマは、そのままの勢いでポルネの方へと飛び込んでしまい、もつれてしまっていた。
……満更でもなさそうだ。
「ねぇねぇ、ローア。 やはりって、もしかして?」
「……ほぉ、お主も看破しておったとは」
「うん! きっと、ウルたちも──」
そんな中、何かを調べ終えたらしいローアの顔を覗き込んだキューが、ローアの行動の意図を見抜いたうえで自分なりの推測が正しいかどうか確認せんとしたところ、ローアが意外そうな表情を浮かべるとともに感心を覚える一方、キューは視線を四人の方へ移し。
「
「「……は?」」
「「え……?」」
先程までの
(まだ、イグノールの存在に気づく程の余裕はないらしいが……このままでは、また戦いが始まりかねないな)
本当なら、ここで一から十まで事の顛末を話してやるべきなのだろうが、この場に
「……手短に話すが──」
元々は四人だった異世界からの勇者一行にとっての最初の友人である彼女が、ここまでの出来事を語る。
────────────────────────
時間としては、およそ三十分弱くらいか──。
レプターが話し始めた辺りで、ローア以外の魔族の存在に漸く気がついた四人が臨戦態勢に移行したり。
明らかに前よりも強くなっている事を勘づいていながらも、イグノールが愉しげに迎え撃とうとしたり。
かと思えば、もう絶対に勝てないところまで引き離されたと悟ったフライアとヒューゴが怯えていたり。
と──まぁ色々あったが、どうにか話も纏まって。
「──……そろそろ本題に入りたいのであるが」
「……わぁったよ」
漸く全員の注目が声をかけて集まる程度には落ち着いたと判断したローアの、つい三十分程前にも口にしたばかりの多数決を採る為の談合を始めたいと口にしたところ、ウルやハピ、レプターといったイグノールへの敵対心を強く持つ者たちは渋々了承していたが。
「では単刀直入に問う。 イグノールの同行を認めるか否か、その理由も併せて各々方の意見を仰ぎたい。 まずは──うむ、ミコ嬢。 改めて、お主の答えを皆に」
「う、うん……」
それはともかく、ローアとしても再び
ローアから話を振られた望子は、ウルの膝に座ったままの姿勢で、どうにか涙を拭いつつ口を開き──。
「わたしは、いぐさんもいっしょがいい……と、おもう。 おともだちでも、なかまでもないけど……でも」
「
「う、うん……!」
その吸い込まれそうな黒い瞳でイグノールを射抜きながら、この魔族は別に友達でも仲間でも何でもないが、イグノールが言う様に自分たち二人が同盟を結んだ以上、それを無碍にしたくないと主張してみせた。
「だから……だめ、かな?」
「「「うっ……」」」
「あぁ、かわいいぃぃ……」
そして、ウルを見上げながら上目遣いでお願いした事で、ウルだけでなくハピやレプターも望子の愛らしさにあてられる中、何故かフィンまでもが望子にメロメロになってしまっていたものの、それはさておき。
「っと、ボクは別にいいよ。 そいつ連れてっても」
「……はっ!? おいフィン! お前、何を──」
思わず口から垂れていた涎を拭いたフィンが唐突にイグノールの同行に賛成した事に、『こいつは十中八九あたしと同意見の筈だ』と考えていたウルは心底驚いきながらも決して望子を落とさぬ様に詰め寄った。
「だって、そいつも魔王倒したいんでしょ? まぁ動機は違うだろうけど、目的が同じなんだしいいじゃん」
「そ、それはそうだけれど──」
「ていうかさぁ──」
「「「!?」」」
されど、フィンはウルの大声に対して鬱陶しそうにするだけで声を荒げる事はなく、おそらく動機は違えど目的は一緒なのだろうから断る理由もないし、もっと言えば多分もう自分の方が強いから何も問題はないと告げるも、ハピとしては安易に首を縦に振る訳にもいかない為、自分の意見を伝えんとしたのだが──。
「何でキミたちは、みこの言う事に反対してんの? レプターはともかく、ウルとハピはボクと同じで──」
それを遮ったのは他でもない、とてもではないが勇者一行のメンバーとは思えない何とも輩みたいな表情を浮かべたフィンであり、ウルとハピ、ついでにレプターにも深く青い紺碧の瞳を向けつつ『望子の言う事は絶対だ』という彼女にとっての不変の真理を述べ。
「みこの
「「……」」
それが自分と同じ望子の所有物であるぬいぐるみなら尚更──と、さも正論であるかの様に告げた事により、ウルとハピは視線を逸らして口を噤んでしまう。
それも尤もだ──と思う気持ちもあるからだろう。
「……それは、ミコ様を大切に思っているがゆえだろう? ミコ様の全てを肯定する──と言葉にするのは容易いが、それを実際に為してはミコ様の為にならないと思ってもいる。 ミコ様は、まだ八歳なのだからな」
そんな二人をフォローする──というより、どちらかと言えば自分の意見を伝える事を主とするつもりのレプターが、『全肯定は必ずしも、その人の為になるとは限らない』との持論を、まだ望子が八歳児であるという事実も含めてフィンに言い聞かせんとする中。
(八歳、ねぇ……)
望子が八歳児──というところに未だに強い引っかかりを覚えていたイグノールは、レプターたち四人の話に割って入ったりはせずに胡座を掻いたままの姿勢で思案に耽っていたが……まぁ、それはそれとして。
「ふーん……キミたちは?」
「え? あっ、えっと──」
レプターの言い聞かせを理解したのかしていないのか、それとも興味がないのか、かなり微妙な反応を見せたフィンは、そのまま視線をカナタとキューの方へ移動させ二人の意見も一応聞いてやる姿勢を見せる。
「……わ、私も反対……だったけど、ミコちゃんが信用してるのは目を見れば分かるし……一応、賛成で」
「キューも! キューも賛成! 面白そうだし!」
「……じゃあ、そっちの二人は?」
すると、カナタはフィンの圧に若干の怯えを見せながらも、レプターと同意見だったが望子とイグノールの間に奇妙な信頼関係が出来ているのは何となく分かっていた為に賛成の意を示し、キューはキューで元気一杯に明らかな興味本位で賛成すると主張してきた。
「アタシは、フィンと同じだ。 こんなアタシらを受け入れてくれたミコに反論する気は起きねェよ。 なァ」
「……そうね。 あまり過保護なのもどうかしら」
その後、話を振られた訳ではないが意見は伝えておきたかったカリマたちも、あの海で海賊なんてやってた自分たちを忌憚なく受け入れてくれた望子が出した答えにどうして反論が出来ようかと述べつつ賛成し。
ポルネに至っては、ウルとハピが少し過保護すぎるのではないかという旨の忠告までしてくる始末──。
「だってさ、どうすんの?」
「「「……」」」
いつの間にか七対三の形となってしまったが、これといって得意げな顔をしている訳でもなく、ただ単に今ある事実を突きつけてくる無表情のフィンに、ウルやハピ、そしてレプターまでもが再び口を噤む一方。
「……なぁ、俺からも一個いいか?」
「……構わぬが」
口を挟んだのは望子と並び議題の中心と言って差し支えないイグノールであり、この議題の議長であるローアは彼の意見も必要かもしれぬと考え許可を出す。
「俺ん中にはな? 『弱ぇ奴が強ぇ奴の言う事に従うのは当然だ』っつー考えが生まれつきあんだがよ。 そんで、ミコに聞いたら……あー、何つったっけか……」
「じゃくにく、きょうしょく……?」
「あぁ、それだ」
それを望子に話した時に、どうやら望子の世界に似た様な意味を持つ言葉があると教えてもらっていた様で、それを微妙に思い出せずにいたところ望子が助け舟を出した事で得心がいったという風に指を鳴らす。
(ちょっと違う気もするけれど……)
そんな折、正確には『弱い者は強い者の餌食にしかなり得ない』という意味の筈──とハピが苦笑いするのも束の間、『要は』とイグノールは望子を指差し。
「こいつの住んでた世界にもそういう言葉があるんなら、ミコより弱ぇ奴がミコに意見する資格なんてねぇってのが分からねぇのか? ってのが俺の意見でなぁ」
「ミコより、弱ぇ……? 誰の事言ってんだ」
「あ? 誰って──」
その持論を前提とするのであれば、そもそも望子より弱い者が望子に意見する資格はないだろうと告げたのはいいが、ウルとしては『誰が望子より弱ぇって言ってんだ』と当然の疑問を抱いており、イグノールはそんなウルの疑問に答えるべく望子を差していた指を少しだけ上の方へとスライドさせながら口を開いて。
争いの火種にしかならない、その言葉を吐いた。
「お前だよ、お前──
「……は?」
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