第273話 勇者と魔族たちの囲む朝食

 今日の朝食は、この数日間でイグノールの好物が肉だという事が分かった為か肉要素多めのミートパイ。


 元々お菓子作りが望子の得手であるという事も相まって──それも母親の柚乃ゆのの教え方が良かったのもあろうが──かなり出来栄えの良い一品となっており。


「お、美味しい……! これまで食べた何よりも……」


 これまでの様々な気苦労もあってか、ヒューゴにとっては今までに食べた──それこそ千年以上前に食べた物まで含めても美味しさで上回る程であった様で。


「……朝からお肉? って思ったけど……そんなに重くない……上手に作られてるからなんでしょうね……」

「ほんと? よかったぁ……」


 そんな彼の隣で細々と力無い手つきでミートパイを手に取り、おちょぼ口と言えないまでも小さく齧って食べていたフライアも、どうやら自分の手料理を気に入ってくれたのだと分かった望子は安堵の息を吐く。


「ねぇ、はどう?」

((いぐさん!?))


 その後、二人から目を離した望子がイグノールの方を向きつつ、おそらく彼の愛称にあたるのだろう『いぐさん』なる名前を呼んで出来を確認する一方で、まさか愛称で呼んでいるとは思わなかった二人は『ごほっ!』と咳き込んでしまう程の衝撃を受けていたが。


「……! ……!」


 当の『いぐさん』──もとい、イグノールは無心でミートパイを次から次へと頬張っては咀嚼して飲み込み、また次へというのをただ只管ひたすらに繰り返しており。


「……きくまでもなさそう、だね。 よかったよ」

「「あ、あはは……」」


 その光景を見れば口に合ったのだろうという事は望子でさえ分かるところであった為、若干の呆れとともに自分の分を食べ始めた望子の呟きに対し、フライアとヒューゴは何とも言えず苦笑いするしかなかった。



 それから、およそ三十分程が経過した後──。



「──……くはぁああ……いやぁ、美味かった! やっぱ食い出があるもんはいいよなぁ! 昼も楽しみだ!」

「はいはい……それじゃあ、かたづけるね?」

「あ、私も手伝い──」


 ぽんぽんと腹を叩いたイグノールが満足そうに笑いながら、もう次の食事にあたる昼食へと思いを馳せているのを見た望子が苦笑いしつつも片付けを始めようとし、フライアは望子を手伝うべく立ち上がったが。


「──待て。 お前らには、いくつか聞いときたい事がある。 悪ぃが、ここの片付けはミコおまえ一人に任せるぞ」

「うん? うん、いいよ」

「「……」」


 途端に真剣味を帯びに帯びた表情へと切り替えたイグノールの制止にフライアとヒューゴは身体を強張らせ、イグノールの言葉に反応し頷いてから片付けを始めた望子が動き始めるまで二人は硬直せざるを得ず。


「……で、お前らが言ってた王命ってのは──」

「え、えぇ。 ミコ様を城まで──」


 望子が少し離れて無限収納エニグマから取り出した綺麗な水で洗い物をし出したタイミングで、イグノールが口を開いて二人の目的である『王命』とやらについて何らかの問いかけをしようとした為、代表してヒューゴが食い気味に『王命の内容』を伝えようとしたものの。


「あぁ、それくらいは分かってる。 それが分かってたから『中級二体に任せやがったのか』って、に呆れてたんだよ。 ミコは仮にも勇者だってのに」

「「えっ……?」」

「ん?」


 どうやら彼も『王命の内容それ』自体はおおよそ理解していた様で、そんな事よりも内容の重大さに反して強さとしては微妙な中級二体を遣わせてきた魔王の側近の考えが分からない──と告げたのだが、ヒューゴとフライアはそれ以上に別の事が引っかかってしまう。


(見抜いてる、のか……? デクストラ様の命令だと)


 それもその筈、『王命』だと──つまりは魔王コアノルの命令だと伝えてあるというのに、イグノールは二人を遣わせたのがデクストラだと見抜いていると言わんばかりの発言をしたからであり、『あれは単なる阿呆じゃからな』との魔王の言葉を疑いたくなった。


「大体よぉ、デクストラは魔王の奴と違って城を離れる事も出来るだろ? なら自分で来りゃいいのに、お前らみたいな雑魚に任せるってのぁどういう了見だ?」

(ざ、雑魚って……)


 そんな風に困惑する二人をよそに、イグノールは級位で上回る筈の二人を雑魚呼ばわりしたうえで、とうとうデクストラに対する愚痴までも溢し始め、それを止めようにも下手に口を挟めずヒューゴが俯く一方。


「……デクストラ様は、『出来る限りコアノル様と離れたくはないですから』と仰っておりましたが……」

「……あの魔王狂いが」


 僅かに顔を上げ、どこか不満げな表情を湛えたフライアは、デクストラが口にしていた『自分が出向かない理由』をそのまま伝えると、その理由に納得がいってしまった事自体が気に入らないといった様子で忌々しげに、もしくは呆れた様にイグノールが舌を打つ。


「ふぅ……ねぇねぇ、なんのはなししてるの?」

「おぅ、ミコ。 こいつらはなぁ──」


 そんな折、洗い物と片付けを終えたらしい望子が戻ってくるやいなや皆で何の話をしていたのかと聞いてきた為、表情をスッと戻したイグノールは改めて二人の目的を望子に教えてやろうと──したのだろうが。


「……み、ミコ様。 改めて、お伝えします……どうか私たちと共に、かの恐るべき魔王──コアノル=エルテンス様の待つ城へと招かれては下さいませんか?」

「え……そ、それは、ちょっと──」


 フライアは、よろめきながらも望子の前まで歩いてから、まるで王の御前であるかの様に跪きつつ、あの時──奇々洞穴ストレンジケイヴにて告げた時よりも畏まった姿勢と口調で勇者を招かんとするも、ここで皆を待ちたい望子としては断らないとと考えて首を横に振ろうとする。


「おいこら、フライアっつったか? 俺に許可も取らずに連れてこうとすんじゃねぇよ。 そいつと俺は──」


 その時、空気を読まずに割り込んできたのは他でもない生ける災害リビングカラミティであり、フライアを鋭く睨みつけながら望子を指差した後、何やら一呼吸置いた彼が──。


「──同盟者アライアンスなんだからな」

「「あ、同盟者アライアンス……!?」」


 同盟者アライアンス──という名の関係にあるのだと望子の黒髪に手を置きつつ明かした事によって、その言葉の意味を知っていた二人は同時に反復して顔を見合わせる。


(……まさか、デクストラ様が危惧されていた事態が本当に……!? そんな事が起こりうるのか!?)



 そう、これこそがデクストラが危惧していた事態。



 何しろ、その言葉が指すのは取りも直さず『協力関係』であって、もう言うまでもない事ではあるが召喚勇者と魔王軍幹部の間に成されていい関係ではない。


 だが既に、ローガンという厄介な前例があるからこそ、イグノールまでもが召喚勇者の味方となってしまうかもしれないという最悪の事態をデクストラは想定しており、ヒューゴは漸くそれを真に理解していた。


「あぁ、一応言っとくが俺とミコは仲間でも友達でもねぇぞ? あくまで利害の一致からなる文字通りの同盟関係だからな、それが済んだらまた敵同士って訳だ」

「で、ですが──」


 翻って、ヒューゴやフライアが何を考えているのか察したらしいイグノールが、どうあっても勇者と魔族という絶対的な敵対関係は変わらぬままに、とある目的を達成するまでの一時的な共闘関係だと告げたはいいが、それでも納得出来ない──というより立場上そう簡単に納得する訳にもいかないヒューゴが反論を。



 ──しようとした、その瞬間。



「──ですが?」

「「っ!!」」


 地面に胡座を掻いたまま──という何とも怠惰な姿勢であるにも拘らず、そんな彼から放たれた絶対強者特有の覇気を直に受けた二人は咄嗟に跪いてしまう。



 既に、これまでの巨龍の姿ではないというのに。



「何か勘違いしてねぇか? お前ら。 今、俺がしてんのは『頼み』でも『お願い』でもねぇ──『命令』だ」

「「……」」


 その光景に対して特に言及する事もなく、イグノールは先の自分の発言が『命令』だと念を押して、『お前らが何を言っても譲る気はない』──と暗に告げてきたのを悟った二人は言葉を失ってしまっていたが。


「……王命、なのですよ?」

「!? ふ、フライア!」


 これ以上、望子を巻き込みたくはないという本心はあっても、『魔族』という枠組みから逃れきる事は出来ないと分かっていたフライアが非難する様な言葉を投げた瞬間、ヒューゴは即座に彼女の口を押さえた。


 下級でも、イグノールは紛う事なき魔王軍幹部。


 仮に彼女が本調子だとしても、どれだけ卑劣な手を使ったとしても勝利する事は出来ない相手だからだ。


「はっ、なーにが王命だ。 デクストラの奴が勝手に言ってるだけだろ? あいつらは魔族領を目指してんだから、どうせ待ってても向こうから来るってのによぉ」

「そ、それは……」


 しかし、フライアの狼藉とも思える発言など何処吹く風といった態度を見せたイグノールの、デクストラの行動理念そのものを──コアノルに対する敬意や情愛そのものを否定するかの如き嘲笑混じりの言葉を聞いたフライアは、どうにか反論を試みようとするも。


「まだ納得いかねぇってなら──っ、かぁああ!!」

「「なっ!?」」

「ぅわぁっ!?」


 それを感じ取ったイグノールはおもむろに真上を向き──望子の腐化モルドナイズの影響で殆ど残っていない巣の天井に向けて口を開いて息を吸ったかと思えば、そこから異常な程の薄紫の輝きを纏う極大な光線が放出され。


 僅かに残っていた巣の天井は光線により一瞬にして塵と化し、そんな危なっかしいものを目の前で放ったイグノールのすぐ近くにいた二体の魔族と望子は似た様な驚きの反応を見せつつ銘々防御手段を行使する。


 それから数瞬の後、耳をつんざく様な轟音も漸く収まり、あわや巣が崩壊してしまうのではという程の揺れと衝撃も弱まってきた頃、フライアが顔を上げて。


「だ、闇光染影ダク・レイ……!? 何故、下級あなたがそれを──」

闇光染影ダク・レイぃ? バーカ、今のは──」


 先程イグノールが放った光線を闇光染影ダク・レイだと──かつてのルニア王国王都を襲撃した魔族の中の一体、シルキアと呼ばれた魔族とその眷属の魔合獣が行使した事のある魔術ではないかと、いくら幹部とはいえ下級が扱える魔術ではないと問い詰めようとしたものの。


 当のイグノールにとっては、フライアの言っている事全てが的外れであり、またも彼女を嘲笑いながら。


「──単に魔力を口から吐いただけだっつーの」

「「は……っ!?」」


 先の一撃は、ただ体内で集めて圧縮した膨大な闇の魔力を光線として吐き出しただけであり、あれは魔術でなければ武技アーツでもなかったと明かした事で、フライアだけでなくヒューゴまでもが驚きを隠せなくなる。


(そ、そんな馬鹿な事が……! 単なる魔力の放出が上級魔術かそれ以上の力を持つというとでも……っ!?)


 それもその筈、闇光染影ダク・レイは正真正銘の上級魔術であり、その力は中級程度では扱えず制御する事も出来ないというのに、まさか単なる魔力の塊が闇光染影ダク・レイを凌駕するなどとてもではないが信じられなかったから。



 ……信じたく、なかったから。



「……そうだ、ミコ。 ちょっと龍化ドラゴナイズしてみろよ」

「……え? な、なんで?」


 驚愕、困惑、嫉妬──といった様々な感情が、ぐるぐるとヒューゴやフライアの脳内を駆け巡っている中で、どうやら何かを思いついたらしいイグノールが望子に声をかけ、つい先日に習得した龍化ドラゴナイズを行使してみろと曰うも、その理由が望子には分からず聞き返す。


「手合わせじゃねぇよ、お前も龍になれんだから息吹ブレスの一つぐれぇ吐けんじゃねぇのって思ってな。 そいつが上手くいきゃ、こいつらも諦めるかもしれねぇぞ」


 すると、イグノールは望子が『また手合わせするのか』と考えていると思った様で、それを否定するべく手を振りつつ龍化ドラゴナイズの理由が『フライアたちを諦めさせて、ここで共に待つか一旦帰還するか』を選ばせる事にあるのだと語ってから望子の返答と二の句を待つ。


 要は、『連れていきたいなら好きにすればいい、ただし生ける災害リビングカラミティと同格の力を持つ勇者を敵に回す事になるぞ』──という事を二人に告げんとしていたが。


「ぶれす……あの、『ぐぁーっ』てかんじの?」

「あぁ、そんな感じの奴だ」


 当の望子は『息吹ブレス』という言葉にピンと来てはいなかった様だが、すぐに『怪獣っぽい』可愛らしいポーズを取りながら自分なりの息吹ブレスの解釈を──イグノールとの戦いの終盤で見た海龍モササウルスの一撃を脳裏に浮かべて確認したところ、イグノールは即座に首を縦に振る。



 この二人、感性だけは瓜二つであるらしかった。



「でも、それって……えっと……あー、つ……?」

「おぅ、龍の固有武技アーツだな。 それがどうした?」

「わたし、あーつはつかえなくて……」

「……あ? そうなのか」


 それはそれとして、イグノールの言う息吹ブレスとやらが武技アーツだという事は何とか理解していた望子が自信なさげに尋ねると、またも首を縦に振った彼は望子からの問いに込められた考えを聞く為に問い返し、それを受けた望子が武技アーツを使えない事を明かしたところ、イグノールは心底意外そうな顔を浮かべて首をかしげる。


 何せ、あれだけの威力や規模を誇る超級魔術を扱えるのに、まさか武技アーツ一つ扱えないとは思わないから。


「まぁでも、やるだけやってみようぜ? この前も言ったが、これが駄目なら他を伸ばしゃいいんだからよ」

「う、うん……それじゃあ──」


 とはいえ、それならそれで今回は駄目元の挑戦だと割り切ってしまえばいいのだし、とにかくやってみろと勧めてくるイグノールが再び粗野な手つきで撫でてきた為、望子も取り敢えず首肯して首元に手をやり。



 その首に下げられた小さな箱──運命之箱アンルーリーダイスという名の魔道具アーティファクトを、ぎゅっと握って龍化ドラゴナイズを行使しようと。











 ──していた望子を見た、フライアは。



(……え? あ、あの魔道具アーティファクトは、まさか──)



 露骨な程に、その小さな魔道具アーティファクトに見覚えがあると言わんばかりの反応を、どうにか脳内で留めていた。

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